EP 6
アバロンの徴税部隊と、地獄のピタゴラスイッチ
ポポロ村の入り口――新たに整備された真新しい石畳の街道の先に、西の大国『アバロン魔皇国』の紋章を掲げた三十人規模の武装部隊が立ち塞がっていた。
「……おい、話が違うぞ。なんだこの小綺麗な村は」
部隊を率いる小隊長ザングは、目の前の光景に顔をしかめた。
彼の事前情報では、ポポロ村は「村長が逃亡した、今にも潰れそうな貧乏村」のはずだった。そこを適当に脅し、新しく開通した街道の利権と通行料を根こそぎ奪い取るのが今回の任務である。
しかし、目の前にあるのは、強固な防壁、綺麗に耕された巨大な農地、そして関所のような立派な『トールゲート(料金所)』だった。
「まあいい。豊かになったのなら、搾り取る金が増えるだけだ」
ザングは下劣な笑みを浮かべ、トールゲートの前に立つ二人の青年に向かって大声で凄んだ。
「おい、そこの村人! 我々はアバロン魔皇国・辺境警備隊だ! この街道の警護をしてやるから、通行税の80%と、毎月金貨100枚を『保護費』として納めろ! 嫌とは言わさんぞ!」
完全なヤクザの論理である。
だが、門の前に立つ黒髪の青年――村長補佐のトーヤは、一切動じることなく、手元のクリップボード(アラトが召喚したバインダー)に何やら書き込んでいた。
「通行税の80%に、毎月金貨100枚……。なるほど、とんでもない悪徳クライアント(クソ仕様)だな」
「あぁ? なんだお前は。さっさと村長を呼べ!」
「あいにく、うちの村長は今、お昼寝(待機)中だ。交渉は俺が預かっている。……お前らの要求だが、完全に『要件定義』から外れている。よって、契約は棄却だ。さっさと帰れ」
トーヤが冷たく言い放つと、ザングの顔が怒りで朱に染まった。
「辺境のゴミ共が……ナメるな! アバロンの武力で、その生意気な口ごと村を焼き払ってやる! 野郎ども、やっちまえ!!」
ザングの号令で、三十人の武装兵が一斉に武器を構え、トールゲートへと突撃を開始する。
普通なら絶望的な状況だ。だが、トーヤの隣に立つ、真っ白なエプロンを着た青年――アラトは、ポケットから取り出したイチゴ味の飴玉を口に放り込み、不敵に笑った。
ガリィッ!!
飴玉が砕ける鋭い音が響く。
同時に、トーヤの【丸投げ】スキルが発動した。
「【丸投げ】発動! 対象:アラト・バレンタイン。業務:不法侵入者の無力化および、違約金の回収!」
バキィィィン!!
アラトのステータス画面で、【罠術】と【家庭科】の数値が限界を突破して光り輝く。
同時に、彼の背後に幻影のように浮かび上がった『元社畜SEタナカ』が歓喜の雄叫びを上げた。
『悪意あるトラフィック(物理)を検知! セキュリティ(防衛罠)の自動応答スクリプト、起動します! 完璧なファイアウォールで弾き返してやれ!!』
「納期(迎撃)まで残り1秒……防衛システム、起動」
アラトが指を鳴らすと、突撃してきたアバロン兵たちの足元で、急速に『何か』が成長した。
自然魔法によって操作された強靭な「木の根」である。
「うおっ!?」
「足が……絡まってっ!」
先頭を走っていた兵士たちの足に木の根が絡みつき、彼らは勢いよく前のめりに転倒した。
「慌てるな! ただの植物魔法だ、切り払って進め!」
ザングが怒鳴るが、アラトの罠はそんな単純なものではない。
「【家庭科】ポケット課金――『極潤・業務用ローション(特大)』&『魔導着火油』散布」
転倒した兵士たちが立ち上がろうと手をついた地面は、アラトがばら撒いた強烈な滑り成分を持つ液体でツルッツルになっていた。
「つるっ!? ぎゃああああっ!」
「止まらん! 後ろから押すな!」
後続の兵士たちが、転倒した前の兵士に次々と重なり、巨大なボウリングのピンのように滑っていく。
そして、彼らが滑り落ちた先(完璧に計算された座標)には――。
「仕上げです。――『麻痺毒入り特製撒菱』」
「「「ぎにゃあああああああああっ!!?」」」
綺麗に滑っていった三十人の兵士たちは、アラトが敷き詰めていた無数の撒菱の海へ、顔面から美しくスライディングを決めた。
即効性の麻痺毒が回り、三十人の武装兵はたった数十秒で、剣を一度も振るうことなく完全に沈黙した。
一切の無駄がない、流れるような戦場支配。
それはまさに、アラトとSEタナカが組み上げた『地獄のピタゴラスイッチ』だった。
「なっ……馬鹿な……!? 魔法も使わずに、我が精鋭たちが……!」
唯一、後方にいて罠を免れた小隊長ザングは、膝をガクガクと震わせていた。
アラトはエプロンの埃を優雅に払いながら、一枚の紙をザングに差し出した。
「はい、こちらが『不法侵入によるトラップ清掃費』および『トーヤ補佐の精神的苦痛に対する慰謝料』の請求書です。しめて金貨50枚。一括払いでお願いしますね」
「ふ、ふざけるな! 誰がそんなもの払うか! くそっ、こうなれば俺の炎魔法で、お前らごと焼き払って……!」
ザングが血走った目で杖を構え、呪文の詠唱を始めようとした――その瞬間だった。
ゴッ……!!
鈍く、重い音が響いた。
ザングの杖の先端が、いつの間にか現れた「トンファー」によって、根本からへし折られていたのだ。
「……え?」
ザングが視線を上げると、そこには、銀色の髪をなびかせた兎耳の少女――ポポロ村長キャルルが立っていた。
彼女は愛らしい首をコテッと傾け、聖母のように優しい、しかし目の奥に底知れぬ暗い光を宿した笑顔を浮かべている。
「ねえ、おじさん」
キャルルの甘い声が、ザングの鼓膜を撫でる。
だが、その足元――彼女がタローマン特注の安全靴で軽く地面を「トンッ」と叩いただけで、強固な石畳に蜘蛛の巣のような地割れが走った。
「今、トーヤくんに向かって炎を向けようとしたよね? トーヤくんの心臓の音、少しだけ早くなっちゃったじゃない。……トーヤくんを脅かす悪い口は、私が顎ごと砕いてあげようか?」
ゾクリ。
ザングは、目の前の可憐な少女から発せられる「本物の殺気」に当てられ、その場で情けなく尻餅をついた。
心音聴取を持つキャルルの前では、一切のハッタリや嘘は通用しない。彼女は「こいつはトーヤの敵だ」と100%の確信を持って、ダブルトンファーをクルクルと回し始めている。
「ひ、ひぃぃぃっ!! ば、化け物ォォォッ!!」
「ストップ、キャルル。そこまでだ」
キャルルの肩に、トーヤの手がポンと置かれた。
「トドメを刺す必要はない。生かして帰し、『ポポロ村には手を出さない方がいい』という生きた広告塔になってもらう」
「えー? でも、こいつらトーヤくんに酷いこと言ってたよ?」
「構わん。それより、俺は今夜、アラトが作る『煮込みハンバーグ』を早く食べたいんだ。こんな奴らに時間を割くのは無駄だろ?」
トーヤがそう言って微笑むと、キャルルの兎耳がピコーンと立ち上がり、ヤンデレのオーラが瞬時に霧散した。
「うんっ! トーヤくんがそう言うなら、私、我慢する! 早く帰ってご飯にしよっ!」
キャルルはトーヤの腕にギュッと抱きつき、幸せそうに頬擦りをした。
その様子を見ていたザングは、恐怖のあまり腰を抜かしたまま、懐から金貨の入った袋を震える手で放り出した。
「も、持ってけ! 悪かった、俺たちが悪かったぁぁぁ!」
麻痺から少しだけ回復し始めた部下たちを引きずりながら、アバロンの徴税部隊は涙と鼻水を撒き散らして逃げ帰っていった。
「さて、今日の売上(賠償金)は金貨50枚か。悪くない利益率だ」
トーヤはバインダーに数字を書き込みながら、ニヤリと笑った。
「見事なトラップだったぞ、アラト。キャルルの威圧も完璧なタイミングだった」
「トーヤ補佐の仕様(指示)が完璧だったからです。俺は言われた通りにスクリプト(罠)を組んだだけですよ」
「えへへ、私、ちゃんと我慢できたでしょ? 偉い?」
「ああ、偉い偉い」
トーヤがキャルルの頭を撫でると、彼女は喉をごろごろと鳴らすように目を細めた。
第一の刺客は、一切の被害を出すことなく完封した。
ポポロ村の防衛システムと経済力は、トーヤのマネジメントによって盤石のものとなりつつあった。
だが、これで終わるはずがない。
小隊を一つ潰されたアバロン魔皇国、そして村の異常な発展に気づき始めたルナミス帝国。
大国のプライドをへし折られた彼らが、次に送り込んでくるのは「軍隊」という名の大規模トラフィック(暴力)であることは明白だった。
そして――次の大軍がポポロ村に迫る日は、奇しくもキャルルのリミッターが完全に溶解する『満月の夜』と重なろうとしていた。
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