EP 5
崩壊する帝国部署と、最強の村長補佐就任
その頃、ルナミス帝国・宮廷魔導省の執務室は、文字通りの『地獄』と化していた。
「どういうことだッ!? なぜこの程度の書類処理に3日もかかっている! 魔法陣の定期メンテナンスはどうした! 予算の申請書に不備だらけではないか!!」
恰幅の良い上司――ボガート部門長は、デスクに積み上がった未決書類の山を前に、豚のような鼻を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。
彼こそが、トーヤを「無能」と見なしてポポロ村へ左遷した張本人である。
「も、申し訳ありません! しかし、誰がどの作業を担当すればいいのか、全く連携が取れておらず……!」
「以前はこんなことなかったはずだ! なぜ急に業務が回らなくなった!」
部下の一人が、泣きそうな顔で進言した。
「そ、それが……以前は全て、トーヤ殿が『お前はこれだ』と仕事を割り振ってくれていました。彼が指示した通りに動けば、なぜか信じられないほど仕事が捗っていたのですが……彼がいなくなってから、皆の作業効率が10分の1以下に落ちておりまして……」
「馬鹿な! あいつは他人に仕事を押し付けるだけの寄生虫だったはずだぞ!」
ボガートは現実を直視できていなかった。
トーヤの【丸投げ】スキルは、単に仕事を押し付けるものではない。「相手の適性を見抜き、一時的に能力を10倍に限界突破させる」という規格外のバフスキルだ。
つまり、この部署が優秀な成績を収めていたのは、部下たちが有能だったからではなく、**「トーヤのバフによって凡人が天才に底上げされていた」**からに過ぎない。
最強のプロジェクトマネージャーを失った部署は、もはや烏合の衆。
炎上プロジェクトの火の手は、すでに部署全体を焼き尽くそうとしていた。
「ええい、役立たずどもめ! とにかく今日中に終わらせろ! 私は少し休む!」
ボガートが苛立ち紛れに執務室を出ようとした、その時だった。
帝国軍の伝令兵が、血相を変えて飛び込んできた。
「ほ、報告しますッ!! 緩衝地帯のポポロ村付近にて、超局地的な地震を観測! さらに……」
「さらに何だ! 勿体ぶるな!」
「北の霊峰の山頂が……『物理的に消滅』しました!! 原因は不明ですが、巨大な爆発による地形改変が起きたものと推測されます!」
「……はぁっ!?」
ボガートは間抜けな声を上げた。
山が消えた? 魔王軍の侵攻か、それとも伝説の古竜でも目覚めたというのか。
「ポポロ村だと……。確かあそこは、あの無能のトーヤを左遷した村ではないか……?」
ボガートの背筋に、得体の知れない悪寒が走った。
まさか、あの無能が何かをやらかしたのか? いや、そんなはずはない。
だが、事態はルナミス帝国上層部も無視できない異常事態へと発展しつつあった。
一方その頃、当のポポロ村・村長室。
「……完璧だ。まさか異世界で、ここまで美しいガントチャート(工程表)と貸借対照表を見ることになるとはな」
俺は、村長室のデスクに広げられた分厚い紙の束を見て、感嘆の息を漏らしていた。
そこには、日本の大企業も真っ青になるレベルで完璧に整理された、村の財務状況と今後のインフラ整備計画が記載されていた。
「トーヤ補佐の『丸投げ』による演算バフのおかげですよ。俺の【家庭科】スキルと、相棒の仕様策定能力をフル稼働させました」
エプロン姿のアラトが、得意げに眼鏡(伊達)をクイッと押し上げる。
彼の脳内にいる元社畜SEのタナカも、俺のスキル越しに『うおおおおっ! 予算が潤沢にあるプロジェクトの要件定義、最高に気持ちいいぃぃ! 納期にも余裕がある! ここは天国か!?』と、感動の涙を流して狂喜乱舞していた。
「北の霊峰が吹き飛んだことで、ルナミスとアバロンを結ぶ新たな『ポポロ街道』が開通しました。すでに耳ざとい商人たちが、この安全なルートを通り始めています。彼らから通行税と、村の特産品(ファング・ウルフの肉や人参)の販売益を取れば、今月の村の利益は金貨500枚(約5,000万円)を軽く超えます」
「たった数日で超優良企業に大化けしたな。これも全部、うちの『物理最強村長』のおかげだ」
俺がそう言ってソファの方に視線を向けると、キャルルが兎の耳をピコピコと揺らしながら、お盆に紅茶とクッキーを乗せてトコトコと歩いてきた。
「トーヤくん、アラトくん、お仕事お疲れ様! はい、休憩にしてお茶飲んで!」
彼女は俺の隣にぴちゃん、と密着するように座り込むと、自らクッキーを一つ手に取り、俺の口元へと運んできた。
「はい、あーんしてっ♡」
「い、いや、自分で食えるから……」
「だーめ。トーヤくん、昨日からずっと書類仕事してて疲れ溜まってるでしょ? 私が癒やしてあげるの。ほら、あーん!」
キャルルのルビーのような瞳が、有無を言わせぬ圧を放つ。
俺が渋々口を開けてクッキーをかじると、彼女は「えへへ」と花が咲いたような笑顔を見せた。
「あのな、キャルル。俺はお前の部下(村長補佐)になったんだぞ。上司が部下にこんな世話を焼く必要は……」
「トクン、トクン……」
キャルルは俺の胸にそっと耳を押し当て、至近距離で見つめてきた。
「嘘だ。トーヤくんの心音、ちょっと早くなってる。『恥ずかしいけど、本当はちょっと嬉しい』って音がしてるよ?」
「なっ……! お前、そのウソ発見器をセクハラに使うのはルール違反だろ!」
「ふふっ。私はトーヤくんのことなら、全部お見通しなんだから。……ずっと、私のそばで私だけをプロデュースしてね?」
俺の腕にギュッと抱きつくキャルル。
彼女から漂う甘い香りと、柔らかな感触に、俺はPMとしての冷静な思考を奪われそうになる。
このウサギ姫、俺が『命を削る回復』を禁じたせいで、その分の愛情(執着)の矢印が全部俺に向かってきている気がする。ヤンデレのゲージが着実に蓄積されているぞ。
「コホン。村長、トーヤ補佐といちゃつくのは業務時間外にお願いします。俺の算盤のノイズになりますので」
アラトが飴玉をガリッと噛み砕き、冷ややかなツッコミを入れた。
キャルルは「むーっ」と頬を膨らませて俺から離れた。助かった。
「……で、アラト。今後の懸念事項は何だ?」
俺が仕事の顔に戻って尋ねると、アラトも真剣な表情で資料の一枚を指差した。
「問題は、この異常な『黒字』です。何もない辺境の村なら大国も見逃してくれますが、巨大な利益を生む交易ルートの要衝となれば話は別です。ルナミス帝国、あるいは西のアバロン魔皇国が、村の利権を狙って『不当な税の取り立て』や『武力併合』を仕掛けてくるのは時間の問題でしょう」
「なるほど。美味しいところだけを掻き攫いに来るクソクライアントみたいなもんか」
俺は腕を組み、ニヤリと笑った。
「戦争をする気はない。だが、ナメられたまま搾取される気も毛頭ない。奴らが手を出そうとした瞬間に、『この村に手を出すと大赤字になる』と骨の髄まで理解させてやる」
「……具体的には?」
「アラトには、俺の【丸投げ】バフをかけた状態で、村の周囲に『エグい防衛トラップ』と『料金所』を構築してもらう。キャルルには、いざという時のための『見せしめ用の大技』を準備しておいてもらう」
俺の指示を聞き、アラトはエプロンのポケットをポンと叩き、キャルルはトンファーをクルリと回した。
「フッ……分かりました。侵入者を合法的に身ぐるみ剥ぐ『地獄のピタゴラスイッチ』を用意しておきましょう」
「私、トーヤくんと村の平和を脅かす悪いヤツは、全員アゴ砕いちゃうからね!」
最強のバグキャラクターたちを束ねる、俺のマネジメント。
大国からの理不尽な圧力を、経済力と圧倒的な暴力(物理)で完封するための防衛戦の準備が、今ここに始まった。
――そして数日後。
アラトの予測通り、西の大国『アバロン魔皇国』の紋章を掲げた、ガラの悪い武装徴税部隊がポポロ村の門前に姿を現すこととなる。
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