EP 4
【丸投げ】のオーバードライブと、消えた霊峰
ポポロ村の広場は、前代未聞の熱狂に包まれていた。
「うおおおおっ! なんだこの美味さは!? 涙が出てきやがる!」
「ファング・ウルフの肉って、こんなに柔らかくて臭みがなかったのか!?」
村人たちが歓喜の声を上げながら頬張っているのは、アラトが【家庭科】スキルを駆使して作り上げた『ファング・ウルフの特製生姜焼き定食(大盛りご飯と人参の味噌汁付き)』である。
エプロン姿のアラトは、日本から召喚した巨大な中華鍋を豪快に振りながら、次々と料理を完成させていく。彼の脳内に憑依している元社畜SEのタナカも、『完璧だ! 食堂のオペレーションが最適化されている! これぞインフラの勝利!』と謎の感動に咽び泣いているのが、俺のスキル越しに見えた。
「ん〜っ! おいちい! アラトくんのご飯、最高だね、トーヤくん!」
隣に座るキャルルは、両頬いっぱいに生姜焼きを詰め込みながら、幸せそうに兎の耳をパタパタと揺らしていた。彼女の分だけ、特製の甘い人参グラッセが山盛りに添えられている。
俺は日本茶(アラトが小銀貨で召喚した急須で淹れたもの)をすすりながら、大きく息を吐いた。
「ああ。これでとりあえず、村の食糧問題と士気の低下は解決だな。最高のキックオフだ」
前世でPMとして数々の炎上案件を経験した身からすれば、初動でメンバーの胃袋と信頼を掴むことは、プロジェクト成功の絶対条件だ。
前村長が予算を持ち逃げし、倒産寸前だったポポロ村。
だが、超絶物理アタッカーのキャルルと、最強主夫のアラト。この二人のリソースを俺の【丸投げ】で適切に配分した結果、たった一日で村は「黒字化」の兆しを見せ始めていた。
しかし、この異世界(ブラック環境)が、俺たちに平穏なスローライフを許してくれるほど甘くないことは、すぐに証明されることとなる。
ズズン……ッ!!
突如として、村全体を揺るがす局地的な地震が発生した。
お茶が入った湯呑みがカタカタと音を立て、村民たちの悲鳴が上がる。
「なんだ!? 地震か!?」
俺が立ち上がると同時、村の防見櫓に立っていた自警団の若者が、顔面を蒼白にして叫んだ。
「き、北の山から……超大型の魔獣が来ます!! あれは……『ロック・ベヒーモス(岩石巨獣)』だァァァッ!!」
「ロック・ベヒーモスだと?」
俺の網膜に展開されたステータス可視化画面が、遠く北の山裾から姿を現した巨大な影を捉えた。
体高およそ15メートル。全身が強固な岩盤と鉱石で覆われた、歩く天災のような超大型魔獣。本来は霊峰の奥深くに生息しているはずだが、縄張り争いにでも敗れて緩衝地帯に迷い込んできたのだろう。
「アラト! トラップで足止めは可能か!?」
「……(ガリィッ!)」
アラトは口の中で飴玉を噛み砕き、瞬時に脳内の算盤を弾き出した。
「ダメです、トーヤ補佐。質量と装甲が規格外すぎます。俺の『木の根』や『油』では、数秒の足止めが限界。あの巨体が村の畑を踏み荒らせば、せっかくの農作物が全滅……損害額は金貨100枚を下りません。完全なる大赤字(プロジェクト崩壊)です!」
「チッ、物理防御に極振りしたレイドボスかよ」
通常の冒険者なら、高火力の魔法使いを数十人集めて一斉掃射するか、大国の正規軍が魔導大砲を引っ張り出してくるレベルの災害だ。
だが、俺たちの村には、そんな面倒な手続きをすっ飛ばせる「最強のバグキャラクター」が存在する。
「トーヤくん」
キャルルが俺の服の袖をちょこんと引っ張った。
彼女のルビー色の瞳は、先ほどまでの無邪気なものから、冷徹な戦士のそれへと切り替わっていた。
「あれ、私がやろうか? でも……あの硬さだと、手加減したら私の足が折れちゃうかもしれないし、かといって本気を出したら……」
「素材が粉々になる、か」
俺はニヤリと笑った。
「構わん。今回は素材の回収は度外視だ。村のインフラ(畑)を守ることが最優先のミッションだ」
「えっ、いいの?」
「ああ。俺の【丸投げ】で、お前のリミッターを完全に外してやる。防衛のタスクはお前に『丸投げ』だ。一切の出し惜しみは不要。あの岩の塊を、塵も残さず消し飛ばしてこい」
俺の言葉を聞いたキャルルの耳が、ピクリと反応した。
心音聴取。俺の指示に一片の迷いもないことを確認した彼女は、花が咲くような満面の笑みを浮かべた。
「うんっ! トーヤくんがそう言うなら、私、全力で行くね!」
俺はキャルルの背中に手を当て、スキルを発動した。
「【丸投げ(タスク・デリゲーション)】発動! 対象:キャルル・ムーンハート。業務:村の絶対防衛および対象の完全破壊!」
バキィィィン!!
キャルルのステータス画面で、筋力と敏捷の値が天文学的な数値へとバグり、限界突破の光が彼女の体を包み込んだ。
物理学における運動エネルギー E_k は E_k = \frac{1}{2}mv^2 で表される。
俺のスキルによって彼女の「敏捷(速度 v)」が10倍に跳ね上がれば、その破壊エネルギーは速度の二乗、すなわち「100倍」に膨れ上がる計算になる。
「行くよーっ!」
キャルルは陸上競技のクラウチングスタートの姿勢を取った。
タローマン特注の安全靴が、大地を強く踏み締める。
ドォォォォンッ!!!
彼女が地を蹴った瞬間、爆発的な衝撃波が周囲の空気を薙ぎ払い、キャルルの姿が完全に消失した。
いや、違う。あまりの速度に、俺の動体視力が追いついていないだけだ。
「はぁぁぁぁぁぁッ!!」
上空200メートル。
月明かりを背に、銀色の髪をなびかせたキャルルが空中で鋭く一回転する。
位置エネルギーと遠心力、そして俺の【丸投げ】によって10倍に増幅された闘気が、彼女の右足に全て収束していく。
「流星脚ッ!!」
隕石。
いや、神の槍が落ちたのかと錯覚するほどの光の筋が、ロック・ベヒーモスの脳天へと突き刺さった。
ピカァァァァァァァァァァッ!!!
直後、音が消えた。
あまりに巨大な破壊エネルギーが衝突したことで、一時的に周囲の音が飽和し、無音の世界が訪れる。
そして――。
クワァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!
遅れてやってきた衝撃波が、突風となってポポロ村を襲った。
「うわああああっ!?」俺は吹き飛ばされそうになるのを、アラトが展開した魔法の障壁に守られてなんとか耐えた。
土煙が晴れた後、そこに広がっていた光景に、俺は言葉を失った。
体高15メートルのロック・ベヒーモスは、文字通り「原子の塵」となって消滅していた。
それだけではない。
ベヒーモスの背後にそびえ立っていた「北の霊峰(標高1000メートル級の山)」の山頂から中腹にかけてが、巨大なすり鉢状に**「綺麗に消し飛んで」**いたのだ。
「……やりすぎだろ、常識的に考えて」
前世でPMとして数々のトラブルを見てきた俺だが、部下が山を一つ吹き飛ばしたという報告書はどう書けばいいのか分からない。
空からふわりと舞い降りてきたキャルルは、服の砂埃を払いながら、小走りで俺の元へ戻ってきた。
「えへへ、トーヤくん! どう? 私、ちゃんと村を守れたよ!」
「お、おう……。守れたというか、地形が変わってるんだが……」
俺が引き攣った笑いを浮かべていると、隣で沈黙していたアラトが、突如として猛烈な勢いで算盤を弾き始めた。
「……トーヤ補佐。これは、革命です」
「は?」
「北の霊峰が吹き飛んだことで、ルナミス帝国へ抜ける『最短の交易ルート』が開拓されました。さらに、山が削れたことで村の農地への日照時間が20%増加。農作物の収穫量が劇的に向上します。地形改変にかかる莫大な土木工事費用(金貨数万枚)が、キャルル村長の蹴り一発でゼロになったんです!!」
アラトの目が、完全な$マーク(黒字)になっていた。
彼の脳内のSEタナカも、『すげえ! 不要なレガシーシステム(山)が物理削除されて、インフラが最適化されたぞ!!』と狂喜乱舞している。
「……結果オーライ、ってやつか」
俺はため息をつきつつ、キャルルの頭をポンポンと撫でた。
「よくやった、キャルル。お前のおかげで、村の未来はさらに明るくなったぞ」
俺が純粋な称賛を向けると、キャルルはビクッと肩を震わせた。
彼女の特異体質である心音聴取が、俺の言葉に微塵の嘘(打算)もなく、ただ純粋に彼女の力を頼りにし、認めていることを感じ取ったのだ。
「あ……ぅ……。トーヤくん……」
キャルルの顔が、耳の先まで真っ赤に染まる。
彼女は両手で自分の胸をギュッと押さえ、トロンとした熱を帯びた瞳で俺を見つめ上げてきた。
「トーヤくんの心音……すごく、力強くて……私のこと、ちゃんと『見て』くれてる。……私、トーヤくんのためなら、世界中の山、全部壊しちゃうかも……♡」
「いや、山はもう壊さなくていいから! 怒られるから!」
聖母のような笑顔の裏で、ヤンデレのパラメーターが確実に一段階上昇したのを感じながら、俺は冷や汗を拭った。
かくして、ポポロ村の防衛力(物理)は俺のマネジメントによって完全に制御され、村はかつてない黄金期へと突入していく。
しかし、この「地形が変わるほどの爆発」を、近隣の大国が指をくわえて見逃すはずがなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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