EP 3
ソロバン主夫と社畜の魂、完璧なるマネジメントの幕開け
ポポロ村の入り口に、一人の青年が立っていた。
動きやすい上質な革装備に、牛一頭が丸ごと入るという高価な「魔導魔法ポーチ」を腰に下げている。背には弓、腰にはショートソード。見た目は整った顔立ちの、育ちの良さそうな若手冒険者だ。
「初めまして。冒険者ギルドから地域応援隊として派遣されました、アラト・バレンタインと申します」
丁寧にお辞儀をする彼を前に、俺の網膜には【丸投げ】のパッシブ効果であるステータス画面が展開されていた。
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【対象】アラト・バレンタイン(20歳)
【種族】 人間(バレンタイン伯爵家・三男坊)
【戦闘適性】 弓術:A / 剣術:B / 罠術:A / 魔法適性:B / 闘気:B
【ユニークスキル】家庭科(SSS)
エプロン着用時、料理・裁縫・整理整頓・家計管理・栄養監理が神域に到達。
ゴールドを消費し、異世界(日本)の物品を召喚可能。
【特殊付与(憑依)】
『元社畜SE(日本人)の魂』が脳内に同居中。
(……マジかよ)
俺は心の中で盛大にツッコミを入れた。
没落貴族の三男坊というラノベの王道設定の裏に、まさかの「日本の元社畜SEの魂」を相棒として飼っているという特大のイレギュラー。しかもスキルが戦闘用ではなく【家庭科】だ。
「アラトくん、遠いところからよく来てくれたね! 私、村長のキャルルだよ。長旅で疲れたでしょ? はい、これ食べて元気出して!」
キャルルは満面の笑みで駆け寄ると、ポケットから自作の「人参柄の刺繍入りハンカチ」に包まれた、特製のイチゴ味のクッキーをアラトに差し出した。さらに、彼女自身の魔力(生命力)をほんの少し込めた、疲労回復のハーブティーも添えている。
一切の下心も、見返りを求める打算もない。
『星の王子様』のように純度100%の無償の愛と優しさ。
その瞬間、アラトの表情がピクリと凍りついた。
『――アラト! 警告だ! このウサギ姫のやってることは、完全なるボランティアという名のデスマーチだ! 己のリソースを削って無償提供するなど、仕様書のどこにも書かれていない大赤字だぞ! 今すぐ労基(家庭科)を介入させろ!』
アラトの背後に、メガネをかけた疲労困憊の日本人SEの生霊が幻影のように浮かび上がり、凄まじい勢いで叫んだのを俺のスキルは確かに視認した。
「……村長。このクッキーとハーブティー、原価と人件費の計算はどうなっていますか?」
「え? げんか? ううん、私がみんなに元気になってほしいから、タダで作ってるの!」
「……タダ、無償の愛……だと……?」
アラトの手が小刻みに震え、彼はポケットから一つの飴玉を取り出した。
そして、それを口に放り込むと――。
ガリィッ!!
凄まじい音を立てて飴玉を噛み砕いた。
それが、彼の脳内の算盤が弾き飛んだ合図だった。
「このド天然お姫様ウサギ……命の損益計算書がめちゃくちゃだ。こんな無防備な優しさを振り撒いてたら大赤字だろ! 俺が絶対にトントン、いや、黒字にしてやる!!」
アラトの目の色が変わり、彼は魔導ポーチから純白の『エプロン』を取り出し、素早く身につけた。
その瞬間、彼から発せられるオーラが「冒険者」から「完璧な主夫」へと劇的に変貌した。
「よし、役者は揃ったな」
俺は二人の前に進み出て、不敵に笑った。
「アラト。俺は村長補佐のトーヤだ。お前のその『帳尻合わせ』の精神と家計管理能力、高く評価する。お前をこの村の『財務・インフラ担当』に任命する」
「……トーヤ補佐。あなた、俺のスキルが見えているんですね?」
「ああ。そしてキャルル、お前は今後一切の回復行動と内政を禁止する。お前は『前衛の物理防衛』のみに専念しろ。ただし、獲物(魔獣)を木っ端微塵にするのは禁止だ。素材が売れないからな」
「ええっ!? でも私、手加減とか苦手で……」
「問題ない。俺が完璧にマネジメント(丸投げ)してやる」
俺は深呼吸をし、かつてプロジェクトを統括していた時の声色で、最強のタスク委譲スキルを発動した。
「【丸投げ(タスク・デリゲーション)】発動! 対象:アラト・バレンタイン。業務:村の防衛トラップ構築と戦後処理!」
「対象:キャルル・ムーンハート。業務:拘束された敵の精密打撃!」
バキィィィン! と、二人のステータス画面の限界値が音を立てて砕け散った。
俺の【丸投げ】バフにより、二人の指定された適性能力が一時的に『10倍』へと跳ね上がる。
『おおおおっ!? なんだこの処理速度の向上は!? 脳内のメモリが無限に増設された気分だぞ!』
脳内のSEタナカが歓喜の声を上げる。アラト自身も、自身の思考が極限までクリアになっていることに驚愕していた。
キャルルもまた、自身の内に眠る闘気が、かつてないほど精密にコントロールできることに気づき、赤い瞳を輝かせている。
「おい、トーヤ! お前が女の子ばかり見つめてるから……私、ちょっとヤキモチ焼いちゃいそうなんだけど♡」
「今は仕事中だ! 来るぞ!!」
俺が指差した村の入り口から、土煙を上げて10頭ほどの「ファング・ウルフ(牙狼)」の群れがなだれ込んできた。
先ほどのアーマード・ボアの血の匂いに引き寄せられたのだ。
「アラト! CCで足止めだ! 毛皮に傷はつけるな!」
「了解しました。納期(迎撃)まで残り3秒。トラップ展開!」
アラトはエプロン姿のまま、見事なステップで村の入り口に自然魔法を放った。
「伸びよ!」
地面から太い木の根が一瞬で隆起し、ウルフたちの足を次々と引っ掛ける。
「さらに――魔法ポーチより『滑りやすい油』と『麻痺の撒菱』を散布!」
ツルッ!
木の根につまずいたウルフたちが、油で完全にバランスを崩し、見事なピタゴラスイッチの如く、アラトがばら撒いた撒菱のど真ん中へと顔面からスライディングしていった。
麻痺毒が回り、10頭のウルフが一瞬で完全に無力化される。
「見事なハメ技だ。キャルル、トドメ! 脳天だけを正確に狙え!」
「任せて、トーヤくん! 月影流――『顎砕き(ライトバージョン)』!」
限界突破バフを受けたキャルルは、トンファーを構えたまま残像を残してウルフたちの間を駆け抜けた。
ドッ、ドッ、ドッ!
最小限の闘気を込めた膝蹴りが、麻痺して動けないウルフたちの顎だけをピンポイントで粉砕していく。毛皮にも肉にも一切のダメージを与えない、神業のような精密打撃だった。
戦闘開始からわずか10秒。
傷一つない最高品質のファング・ウルフの素材が10体分、村の入り口に積み上がった。
「ふぅ……。トーヤくん、どう? 私、ちゃんと手加減できたよ!」
「ああ、完璧だ。よくやったキャルル」
俺が頭を撫でてやると、キャルルは耳をパタパタとさせて「えへへ♡」とだらしなく頬を緩めた。
「さて、ここからは俺の『家庭科』の出番ですね」
アラトはエプロンのポケットに手を入れた。
「小銀貨1枚(約1,000円)、チャージ」
彼がゴールドを消費した瞬間、エプロンから実体化したのは、地球の関孫六(高級包丁)と、巨大な業務用サランラップだった。
限界突破した【家庭科】の解体スキルが火を噴く。
目にも止まらぬ包丁さばきで、ウルフたちは最高品質の毛皮と、部位ごとに完璧に切り分けられた精肉へと一瞬で加工されていく。
「……計算完了しました、トーヤ補佐」
血のついた包丁を拭いながら、アラトが算盤を弾くように指を鳴らす。
「この傷一つないA級毛皮と精肉を冒険者ギルドに卸せば、金貨5枚。前村長が持ち逃げした今月の村の維持費を差し引いても、お釣りが来ます。さらに、今夜の村民の夕食は『ファング・ウルフの特製生姜焼き』で栄養価も満点です」
「素晴らしい。たった1日で、村の財政が黒字化したな」
俺は前世のPM時代にも味わったことのない、圧倒的なタスク完了のカタルシスを感じていた。
「アラトくん、すごいすごい! お料理もできるの!? 私、甘いニンジン添えてほしいな!」
「ええ、村長。あなたの異常なまでの自己犠牲(無償の愛)への恩返しです。この村の家計とあなたの胃袋は、俺と相棒が完璧に管理してみせますよ」
物理最強で回復を丸投げしようとする狂気のウサギ姫と、完璧なマネジメントで世界を算盤で弾くエプロン主夫。そして、彼らを裏で操る【丸投げ】スキルの俺。
大国に見捨てられた緩衝地帯のボロボロの辺境村は、この日を境に、世界で最も強固で豊かな「最強の黒字国家」への第一歩を踏み出したのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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