EP 2
ワンオペ限界集落と、命を削る最強のウサギ姫
アーマード・ボアを一撃で粉砕し、俺の折れた肋骨を自身の血と引き換えに完治させたキャルル村長。
彼女は俺に『月光薬』を飲ませた直後、ふらりと糸が切れたようにその場に倒れ込んだ。
「おい、キャルル! しっかりしろ!」
俺は慌てて彼女の華奢な体を抱きとめた。
体重は羽のように軽い。だが、彼女の口元やパーカーの胸元は、先ほど吐き出した鮮血でべっとりと赤く染まっていた。
「あわわ、村長がまた倒れられたぞ!」
「早く村長室のベッドへ! 陽薬草の備蓄はあったか!?」
集まってきた村人たちが、手慣れた様子で指示を飛ばし合う。
……手慣れた様子?
俺は前世のプロジェクトマネージャー(PM)としての直感で、この村の『異常性』を即座に察知した。
村人たちはキャルルを心配してはいるが、「彼女が血を吐いて倒れること」自体には慣れきっているのだ。
(ふざけるな……。トップが毎回命を削って現場を回すなんて、最悪のブラック現場じゃないか!)
俺はキャルルを抱き上げたまま、村人に案内されて村長室へと急いだ。
村長室の粗末なベッドにキャルルを寝かせた俺は、改めて自身のユニークスキル【丸投げ】のパッシブ効果――『ステータスと適性の完全可視化』を発動した。
他人に最適なタスクを委譲(丸投げ)するためには、まず相手のスペックを正確に把握しなければならない。
俺の網膜に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。
==========
【対象】キャルル・ムーンハート
【種族】 月兎族(上位種)
【状態】 魔力枯渇・極度の貧血・生命力低下
【基本ステータス】
・筋力:SSS(※規格外。推定破壊力 33,750J〜1,000MJ)
・敏捷:SSS(※満月時、音速を突破)
・耐久:B
・魔力:A
【適性タスク】
・前衛物理アタッカー(適性:極)
・拠点防衛(適性:極)
・広域殲滅(適性:極)
・ヒーラー(適性:最低※生命力変換のため非推奨)
【深層心理 / 行動理念】
『夜と霧』――極限状態における究極の利他主義。
自分がどれだけ傷つこうと、目の前の命を救うことを最優先する。
「……やっぱりな」
俺は頭を抱えた。
ステータス画面が示す通り、彼女の本来の適性は「圧倒的な物理戦闘」だ。
タローマン特注の安全靴と月影流格闘術による破壊力は、文字通り軍隊を単騎で壊滅させられるレベルにある。
だが、問題は彼女の【深層心理】だ。
キャルルは「人を助けたい」という優しさがバグレベルで強すぎる。
本来ヒーラー適性がないにもかかわらず、月兎族の強引な魔力と自身の『生命力(HP)』を変換して、無理やり万能薬『月光薬』を生成しているのだ。
IT業界で例えるなら、**「超優秀なフロントエンドの天才プログラマーが、サーバー代を払うために自らの臓器を売ってインフラ保守まで一人でやっている状態」**である。
「こんな無茶苦茶な運用、長続きするわけがない……」
前世で過労死した俺だからこそ、自己犠牲を美徳とするこの手の「ワンオペ」が、いかに危険で悲惨な結末を迎えるか痛いほど分かっていた。
「……んん……」
窓から差し込む夕闇の中、キャルルがゆっくりと目を覚ました。
日が落ち、空にうっすらと月が浮かび始めたことで、月兎族の特性である「自己回復」が働き始めたのだろう。青白かった彼女の顔色に、少しだけ赤みが戻っていた。
「あ、トーヤくん……。私、また寝ちゃってた?」
「起きたか。あんた、自分の体がどうなってるか分かってるのか?」
俺が少し厳しい声で言うと、キャルルはベッドの上で身を起こし、パーカーのポケットをごそごそと探り始めた。
そして、中から取り出したイチゴ味の飴玉を一つ口に放り込むと、頭の上のウサギ耳をピコピコと嬉しそうに揺らした。
「ん〜、甘いっ。大丈夫だよ、月が出れば私、勝手に回復するから。それよりトーヤくんの怪我、ちゃんと治っててよかったぁ」
へへっ、と無邪気に笑う彼女を見て、俺は大きな溜息をついた。
……ダメだ、この子には「自分を大切にする」という概念がすっぽり抜け落ちている。
「キャルル。村の財政と、あんたの業務状況について教えてくれ」
「えっ? ぎょうむ……?」
「要するに、この村のお金と仕事の流れだ。俺は地域応援隊として派遣された。この村を立て直すのが俺の『仕事』だ」
俺がそう宣言すると、キャルルは少し申し訳なさそうに目を伏せた。
「あのね……お金は、全然ないの。前村長さんが全部持って逃げちゃったから」
「それは聞いた。じゃあ、今の村の収入源は?」
「私が周りの魔獣を倒してるんだけど、私、蹴り飛ばしちゃうから……素材が全部粉々になっちゃって、ギルドでお金に換えてもらえないの」
「……(破壊力が高すぎる弊害か)」
「それに、近隣の村の人たちも怪我や病気で来るから、私が月光薬を作って治してるんだけど……みんな貧しいから、お金はもらってないの。人参とかはお礼にもらえるんだけどね!」
「……(完全な赤字の無料奉仕)」
終わっている。
プロジェクトとしては、完全に倒産ラインを越えている。
「キャルル。あんたはレオンハート獣人王国の姫だったって聞いたぞ。なんでこんな辺境の村で、そこまでして自分をすり減らしてるんだ?」
俺の問いに、キャルルは飴玉を転がしながら、窓の外の月を見つめた。
「私ね、お城の『籠の中』で、誰かのコレクションみたいに扱われるのが嫌だったの。自分の足で、自由に世界を走りたくて、国を飛び出したんだ」
彼女はかつて、ルナミス帝国で冒険者として自由を満喫していたという。
シェアハウスに住み、ファミレスの朝定食を食べ、銭湯とサウナを楽しむ。そんな普通の女の子としての生活が、彼女の宝物だった。
「でも、この村に来て、お爺ちゃんやお婆ちゃんたちが泣きながら私に縋ってきたの。このままじゃ、三大国の争いや魔獣に村が潰されちゃうって」
「だからって、お前が全部背負う必要はないだろ」
「私がやらなきゃ、みんな死んじゃうよ? 目の前で命が消えるくらいなら、私がちょっと血を吐くくらい、全然安いものだもん」
彼女の言葉には、一片の淀みもなかった。
『星の王子様』のような純真さと、『夜と霧』を地で行く狂気の利他主義。
その痛々しいほどの優しさに、俺は前世の自分を重ねていた。
「……バカ野郎」
俺は無意識のうちに、彼女の頭にポンと手を乗せていた。
キャルルがビクッと肩を揺らす。
「プロジェクトってのはな、エースが血を流して無理やり回すもんじゃない。そんなのはただのデスマーチだ」
「です……まーち?」
「ああ。俺がそのクソみたいな労働環境を終わらせてやる」
俺はキャルルの赤い瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「俺のスキルは【丸投げ】。適材適所に仕事を割り振り、最高のパフォーマンスを引き出す能力だ。お前には今後、『命を削る回復薬の生成』を一切禁ずる」
「えっ!? でも、それじゃあ村の人たちが……!」
「安心しろ。回復や防衛のシステムは、俺が別の方法で構築する。お前は得意な『物理制圧』だけをやっていればいい。俺がお前の負担を全部マネジメントしてやる。だから――もう、二度と俺の前で血を吐くな」
俺の言葉を聞いたキャルルの耳が、ピクッと大きく反応した。
月兎族の特有の能力、『心音聴取』。
半径5m以内の心拍から、相手の言葉に嘘がないかを100%聞き分けるウソ発見器。
キャルルは俺の胸の鼓動に耳を澄ませていた。
俺の心音には、打算も、国益も、彼女の力を利用しようという下心も一切ない。
ただ純粋に、「彼女を救いたい(過労死させたくない)」という俺の真意だけが、静かに、力強くビートを刻んでいる。
「…………トクン、トクンって」
キャルルはぽつりと呟いた。
その頬が、熱を出したようにほんのりと赤く染まっていく。
ルビーのような瞳が、潤みを帯びて俺をじっと見つめ上げていた。
「トーヤくんの心臓の音……すごく綺麗。私のことだけを心配してくれてる……」
彼女は両手で自身の人参柄ハンカチをギュッと握りしめ、少しだけ荒い息を吐いた。
「こんなに優しい音、初めて聞いた。……そっか。トーヤくんは、私を『籠』に入れるんじゃなくて、一緒に走ってくれるんだね」
「あ、ああ……?(なんだこの空気?)」
「ふふっ。トーヤくん、私ね、一度『この人』って決めたら、絶対に逃がさないからね? もし私以外の女の子のマネジメント……とかしたら、トンファーで顎、砕いちゃうかも……♡」
「……はい?」
聖母のような笑顔のまま、彼女の瞳の奥に、ほんのりと黒く重い感情――ヤンデレの兆候――が灯ったのを見逃さなかった。
待て、なんかフラグの立て方を間違えたか!?
(いかん、今はラブコメをやってる場合じゃない! 最優先は村の赤字脱却だ!)
俺は咳払いを一つして、話を強引に本筋に戻した。
「と、とにかく! キャルルの負担を減らすには、まず村の『財政』を黒字化しなきゃ話にならない。この村の収入を管理し、物資を調達できる【家計管理】のプロが必要だ。俺は金勘定の専門家じゃないからな」
すると、キャルルは思い出したように手をポンと叩いた。
「あ、そういえば! 地域応援隊の人、今日もう一人来る予定だったんだ! えーと、没落貴族の三男坊で、ちょっと変わった弓使いの冒険者さんって聞いてるけど……」
「そいつだ!」
俺は立ち上がった。
俺の【丸投げ】スキルは、優秀な人材がいて初めて真価を発揮する。
もしそいつが、村の財政を担える逸材だったなら――この無理ゲーな村おこしプロジェクトにも、一筋の勝ち筋が見える。
「よし、キャルル。その冒険者を迎えに行こう。俺たちの『最強の村作り(プロジェクト)』は、そいつをスカウトしてからが本番だ!」
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