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第一章 ポポロ村立て直し

左遷宣告は定時退社の合図、そして辺境の村は炎上プロジェクト

「トーヤ。貴様のような無能は我がルナミス帝国には不要だ。今日限りで宮廷魔導省をクビとする!」

大理石が敷き詰められた豪奢な執務室で、恰幅の良い上司が豚のような鼻を鳴らして宣告した。

周囲の同僚たちも、冷ややかな視線をこちらに向けている。

「魔法も闘気も使えず、ただ他人に仕事を押し付けるだけのハズレスキル【丸投げ】……。お前のような寄生虫に払う給料はない。辺境の『ポポロ村』へ地域応援隊として赴任しろ。実質的な永久追放だ!」

痛烈な罵声。絶望的な左遷宣告。

だが、転生して二十歳になったばかりの俺、トーヤは、悲壮な顔を装ってうつむきながら、心の中で特大のガッツポーズを決めていた。

(よっしゃあああああ! やっとこの超絶ブラック職場からおさらばできるぞ!!)

俺の前世は、日本のIT企業で働く35歳の中間管理職プロジェクトマネージャーだった。

上司の無茶振りと部下の尻拭いに挟まれ、連日のデスマーチの末に過労死。気がつけばこの異世界「マンルシア大陸」で、二十歳の青年として転生していたのだ。

この世界で俺に発現したユニークスキル【丸投げ】。

帝国の上層部はこれを「他人に仕事を押し付けるだけの最低の怠け者スキル」と判定した。だが、彼らは分かっていない。

このスキルの真の能力は、**「相手のステータスと適性を完全に可視化し、最も適したタスクを『丸投げ(委譲)』することで、対象の能力値を一時的に限界突破(ステータス10倍)させる」**という、究極のバフ兼マネジメントスキルなのだ。

適材適所を極めれば、どんな凡人でも最強のスペシャリストに化ける。

だが、手柄を独占したいばかりの帝国の無能な上司たちに、そんなマネジメントの真髄など理解できるはずもない。俺はあえて無能を演じ、この息苦しい宮廷から抜け出す機会を窺っていたのだ。

「謹んでお受けいたします。今までお世話になりました」

俺は深々と頭を下げ、足取りも軽く帝都を後にした。

目指すは三大国(ルナミス、アバロン、レオンハート)が睨み合う緩衝地帯に位置するポポロ村。

スローライフを満喫するには、もってこいの田舎村のはずだ。

馬車に揺られること数日。

たどり着いたポポロ村は、俺の淡いスローライフの夢を秒で打ち砕く惨状だった。

「……なぁ、爺さん。村長がいないって、どういうことだ?」

村の広場で干し草を整理していた村の長老に尋ねると、彼は深い溜息をついた。

「実はのぅ……前村長が、ゲートボール大会で知り合った他国の未亡人と情熱的な恋に落ちてしまってな。村の運営費と印鑑を持ったまま、『駆け落ちラビリンス』へ愛の逃避行に出てしまったんじゃよ……」

「完全に横領と夜逃げじゃねえか!」

俺は思わず前世のツッコミを炸裂させた。

トップが予算を持ってバックレる。残されたのは資金ゼロ、防衛力ゼロの無防備な村。

前世で何度も経験した「前任のPMが逃亡して炎上したプロジェクト」の匂いがプンプンする。

しかもこの村は、三大国の緩衝地帯という最前線にある。

いつ他国の軍勢や、はぐれ魔獣が襲ってきてもおかしくない危険地帯だ。

「あちゃー……こりゃあ、のんびりスローライフどころの騒ぎじゃないぞ」

俺が頭を抱えた、まさにその時だった。

『グルルルルォォォォォッ!!』

村の入り口を囲む木の柵を粉砕し、体高3メートルはあろうかという巨大な魔獣「アーマード・ボア(装甲猪)」が突進してきたのだ。

鋼鉄のように硬い外殻に覆われた厄介な魔獣。

「ひぃぃっ! ま、魔獣じゃあ!!」

「逃げろ! 子供たちを家の中へ!」

パニックに陥る村民たち。

逃げ遅れた小さな女の子が、アーマード・ボアの進行線上で腰を抜かしていた。

(くそっ、考えるより先に体が!)

俺は駆け出し、女の子を突き飛ばしてかばった。

直後、トラックに撥ねられたような凄まじい衝撃が俺の体を襲う。

「ガッ……!?」

肋骨が数本折れる嫌な音が響き、俺の体は宙を舞って地面に叩きつけられた。

口の中に鉄の味が広がる。全身の骨が軋み、視界が明滅する。

俺の戦闘力は一般人以下だ。このままじゃ、確実に死ぬ。

アーマード・ボアが、トドメを刺そうと再びこちらへ突進してくる。

迫り来る鋼鉄の牙。俺が絶望に目を閉じた、その瞬間だった。

――キィィィィン!!

空気を引き裂くような、高周波の異音が鳴り響いた。

それは、何者かが「音速」を突破した際に生じるソニックブームだった。

「だーめっ!! 私の大切な村の子に、何してるの!!」

空から降ってきたのは、ダボダボのオーバーサイズパーカーにショートパンツという、ラフで現代的な格好をした一人の少女だった。

彼女の頭には、ピンと立った可愛らしい「兎の耳」。

そして、その足元には、なぜか巨大ホームセンター「タローマン」で売っていそうな特注の鉄板入り安全靴が光っている。

少女は地上20メートルの上空で、陸上競技のクラウチングスタートのような姿勢から鋭く一回転し、急降下しながら必殺の飛び蹴りを放った。

流星脚メテオ・ストライクッ!!」

ドゴォォォォォォォォォォォォォン!!!

教会の巨大な鐘を全力で叩き割ったような、耳を劈く爆音。

少女の安全靴がアーマード・ボアの脳天に直撃した瞬間、推定33,750Jジュールの破壊エネルギーが魔獣の強固な装甲を紙切れのように粉砕した。

断末魔の悲鳴を上げる暇すらなく、アーマード・ボアはクレーターと化した地面に沈み、即死した。

「……え?」

自分の目を疑った。

対物ライフルすら凌駕する、バグのような物理破壊力。

土煙の中から立ち上がった少女は、ポケットから人参柄の刺繍が入った手作りのハンカチを取り出し、額の汗を拭っている。

少女がこちらを振り向いた。

銀色の髪に、ルビーのように赤い瞳。息を呑むほど愛らしく、聖母のように優しい微笑みを浮かべている。

「大丈夫? 今、治すからね」

彼女は倒れ伏す俺のそばに駆け寄ると、淡い光を放つルナミス帝国の陽薬草を取り出した。

そして、そこに自身の魔力と生命力を直接注ぎ込み始めた。

「ゲホッ……!」

突然、少女が苦しげに咳き込み、その可憐な唇から大量の鮮血を吐き出した。

「お、おい! あんた血を吐いて……!」

「ううん、気にしないで。人が苦しんでいるなら、私がちょっと痛い思いをするだけでいいんだよ。ほら、飲んで」

彼女は自分が血まみれになっていることなど全く意に介さず、完成した秘薬『月光薬』を俺の口に流し込んだ。

――瞬間、折れていた肋骨が繋がり、全身の激痛が嘘のように消え去った。

100%の完全回復。神の奇跡としか思えない御業だ。

俺のステータス可視化スキルが、目の前の少女の異常な情報を読み取っていく。

【名前】キャルル・ムーンハート(20歳)

【種族】月兎族(元・レオンハート獣人王国 第三姫君)

【役職】ポポロ村 村長

【備考】圧倒的な物理戦闘力。極限の利他主義。ヤンデレ気質あり。

(なるほど……)

俺は血を拭いながら微笑むキャルルを見つめ、前世のPMとしての血が騒ぐのを感じていた。

この少女は、圧倒的なポテンシャルを持ちながら、命の損益計算が完全に狂っている。

自分のリソース(命)を削ってまで他人のバグ(怪我)を修正しようとする、狂気の利他主義者だ。

こんな無茶苦茶な運用をしていれば、遠からず彼女自身が壊れてしまう。

「……キャルルさん、と言ったか。助けてくれてありがとう。俺はトーヤだ」

俺は立ち上がり、血を吐いてフラフラになっている彼女をしっかりと支えた。

「トーヤくん……うん、よろしくね。私、この村の村長やってるの。前任の人が逃げちゃって、仕方なくだけどね」

えへへ、と笑う彼女の心音は、どこまでも澄み切っていて、一切の嘘や打算がなかった。

だからこそ、放ってはおけない。

俺の【丸投げ】スキルと、前世で培った炎上プロジェクト立て直しのノウハウ。

これを使えば、このバグだらけで強すぎるウサギ姫の負担を減らし、この村を大陸最強の黒字国家にコンバージョンすることだって可能なはずだ。

「キャルル村長。俺は今日から地域応援隊として赴任してきたトーヤだ。……あんたのその無茶苦茶な働き方、俺が労働環境ごと『修正』してやるよ」

これが、後に大陸全土の三大国から恐れられ、最強の独立村として君臨することになる「ポポロ村」の村長と、軍師(実質的なプロデューサー)が出会った瞬間のことだった。

読んでいただきありがとうございます。

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