EP 8
炎上部署からの使者と、最強村の完全独立宣言
アバロン魔皇国の第4大隊を「たった一人で、死者を一切出さずに粉砕する」という前代未聞の防衛劇から数日後。
ポポロ村は、かつてないほどの活気と莫大な富に包まれていた。
「……素晴らしい。アバロンから回収した500人分の重装武具は、ギルドの商人たちが相場の1.2倍で買い取ってくれました。さらに、ギュンター将軍の身代金交渉も無事に妥結。今期のポポロ村の純利益は、ルナミス帝国の小都市の年間税収を軽く凌駕します」
村長室のデスクに積み上げられた金貨の山と、完璧に整理された帳簿を見下ろしながら、エプロン姿のアラトが歓喜の声を上げた。
彼の脳内に憑依している元社畜SEのタナカも、俺のスキル越しに『うおおおおっ! 予算が無限にある! サーバー増強し放題、インフラ整備し放題だ! ここは約束されたアヴァロン(理想郷)か!?』と咽び泣いている。アバロン軍から巻き上げた金でアヴァロンを語るな。
「ご苦労だったな、アラト。見事な交渉術だ」
俺は村長補佐のデスクで、特製の人参茶をすすりながら深く頷いた。
「これで当面のランニングコストは完全にクリアした。防衛システム(罠)の維持費や村民への給与を差し引いても、莫大な余剰資金がある。プロジェクトにおいて、次に行うべき投資は一つだ」
「ほう。新たな防衛設備の増築ですか? それとも、特産品の販路拡大?」
「いや」
俺は首を横に振った。
「『福利厚生』だ」
「……ふくり、こうせい?」
「ああ。村人たちの労働環境改善と、何より――俺たちの最強のフロントエンド(物理)である、キャルルの慰労だよ」
俺がそう言った瞬間、部屋の隅のソファで丸まって昼寝をしていたキャルルのウサギ耳が、ピコーン! と垂直に立ち上がった。
彼女は瞬時に飛び起きると、凄まじいスピードで俺の背後に回り込み、首元にギュッと抱きついてきた。
「えへへっ、トーヤくん! 私の慰労って、なに!? なに!? 膝枕? それとも、一緒にお出かけ!?」
「ちょ、首、首が締まる……っ! ストップだキャルル」
俺がタップすると、キャルルは名残惜しそうに腕の力を緩めた。しかし、彼女のルビーのような瞳はキラキラと期待に満ち溢れている。
「キャルル、お前はルナミス帝国にいた頃、銭湯とサウナが好きだったって言ってたよな?」
「うんっ! 大きなお風呂に入ると、魔力がスッキリ整うの!」
「だから、この余剰資金を使って、村に『極上の温泉施設』を建設する。お前がいつでもリフレッシュできるように、専用のVIPサウナも併設してな」
俺の言葉を聞いたキャルルの動きが、ピタリと止まった。
彼女は両手で顔を覆い、耳を真っ赤に染めてぷるぷると震え始めた。
「と、トーヤくん……私のために、お風呂を作ってくれるの……?」
「ああ。エースプレイヤーのメンタルケアも、PMの大事な仕事だからな」
「そっかぁ……。トーヤくんと私専用の、愛の混浴温泉……ふふっ、子供は何人作ろうかな……♡」
「待て、いつ『俺とお前専用の混浴』なんて言った。村人全員が入る公共施設だぞ」
俺の訂正を完全にスルーし、キャルルは独自の妄想(ヤンデレゲージの上昇)に突入してしまった。
アラトが冷ややかな目でこちらを見ながら、算盤を弾く。
「……村長の暴走による施設破壊リスクも、損害保険として予算に計上しておきますね」
「頼む」
そんな和やかな(?)空気が流れていた村長室に、突如として自警団の若者が血相を変えて飛び込んできた。
「と、トーヤ補佐! アラトさん! 大変です!!」
「どうした? またアバロンの残党か?」
「い、いえ! 東の街道から、ルナミス帝国の『宮廷魔導省』の紋章を掲げた馬車と、近衛兵の小隊がやって来ました! ボガート部門長と名乗る男が、トーヤ補佐を出せと怒鳴り散らしています!」
その名前を聞いた瞬間、俺の脳裏に、かつてのブラック職場の忌まわしい記憶が蘇った。
ボガート。俺に全ての業務を押し付け、手柄を横取りし、最後には「お前は無能だ」と辺境へ左遷した、あの豚のような悪徳上司。
「……なるほど。アバロンの大隊が辺境の村に全滅させられたって噂を聞きつけて、慌てて様子を見に来たってところか」
俺が立ち上がると、キャルルの表情から一瞬にして感情が消え失せた。
絶対零度の冷気。先ほどまでの甘い雰囲気は微塵もなく、彼女の瞳の奥に、昏く淀んだドス黒い殺意が渦巻いていた。
「……トーヤくんを、いじめてた、豚?」
キャルルがぽつりと呟いたその言葉は、文字通り空気を凍らせるほどの圧を放っていた。
「行くぞ、二人とも。過去の負債を、綺麗に清算する時間だ」
ポポロ村のトールゲート(料金所)前。
豪華な装飾が施された馬車から降り立ったボガートは、目の前に広がる信じられない光景に、豚のような鼻をヒクヒクとさせていた。
「な、なんだこれは……!? 廃墟同然だったはずのポポロ村が、なぜこんな巨大な要塞のようになっているのだ!?」
綺麗に舗装された街道、巨大な防壁、そして村の奥に見える豊かな農地。
さらに、門の前に積まれているのは、アバロン魔皇国軍の装備の山である。
そこへ、俺たち三人がゆっくりと歩み出た。
「久しぶりだな、ボガート部門長。こんな辺境まで、何の御用で?」
「ト、トーヤ!! 貴様、本当に生きて……いや、そんなことはどうでもいい!」
ボガートは俺の顔を見るなり、かつての傲慢な態度を取り戻し、ふんぞり返った。
「貴様がこの村で何を企んでいるのかは知らんが、アバロンの軍勢を退けたというのは事実のようだな! ならば、その軍功とこの村の財産は、全て私――ひいてはルナミス帝国のものだ!」
「……は?」
「貴様は我が宮廷魔導省の部下だ! 部下の手柄は上司のもの! 今すぐこの村の金庫の鍵を私に引き渡し、貴様は帝都に戻って私の書類仕事を片付けろ! 最近、部署の連中が使えなくて困っているのだ!」
あまりの自己中心的なクソ論理(クソ仕様)に、俺は思わずため息をこぼした。
アラトの脳内のタナカも、『出たぁぁぁ! 無能な管理職特有の「部下の手柄は俺のもの」理論! 労基に駆け込んでやる!!』と激怒している。
「悪いが、ボガート。お前の要求は全て『仕様外』だ。俺はお前たちから左遷(解雇)された時点で、宮廷魔導省との契約は完全に終了している。今、俺はポポロ村の村長補佐であり、お前ら帝国とは何の雇用関係もない」
「なっ……生意気な口を叩くな! 貴様のような無能が……!」
「無能はお前だ、ボガート」
俺の冷徹な声が、ボガートの言葉を遮った。
「俺の【丸投げ】は、適材適所にタスクを割り振り、対象の能力を10倍に引き上げるスキルだ。お前の部署が回っていたのは、お前が優秀だったからじゃない。俺が裏で、全員の能力を底上げしてマネジメントしていたからだ。俺を追い出した時点で、お前の部署の炎上(崩壊)は確定していたんだよ」
事実を突きつけられ、ボガートの顔が青ざめる。
図星だったのだ。俺がいなくなってから、彼の部署は業務が完全に麻痺し、上層部から大目玉を食らって首の皮一枚で繋がっている状態だった。
「ええい、黙れ黙れ! 貴様ごときが、この私に説教をするな! 近衛兵! その男を捕らえろ! 反抗するなら切り捨てても構わん!」
ボガートが喚き散らし、十数人の近衛兵が剣を抜いて俺に迫ろうとした――その瞬間だった。
ゴッ……ドゴォォォォォォンッ!!!
ボガートと近衛兵たちの目の前の地面が、爆発したかのようにクレーター状に吹き飛んだ。
もうもうと舞い上がる土煙の中、銀髪の兎耳の少女が、ゆっくりと立ち上がった。
「……私のトーヤくんに、汚い手で触らないで」
キャルル・ムーンハート。
彼女の手には、先ほどの威嚇で地面に叩きつけられたダブルトンファーが握られている。
その瞳は、一切の光を宿さない「無」の感情に支配されていた。
「ひぃっ!? な、なんだこのガキは……!」
「お前が、トーヤくんを休ませないで、ひどいこと言った豚さん?」
キャルルがボガートに向かって一歩踏み出しただけで、周囲の空気がビリビリと震え、近衛兵たちはあまりの殺気に剣を取り落として後ずさった。
心音聴取。彼女はボガートの心臓から発せられる「打算・傲慢・保身」という醜い音を聞き取り、完全な『害虫』として認定していた。
「トーヤくんの綺麗な心音を汚すヤツは、生きてる価値、ないよね。――手と足、全部もぎ取って、お国に送り返してあげる」
「ひぃぃぃぃぃっ!! ば、バケモノォォォォッ!!」
キャルルがトンファーを振り上げた瞬間、ボガートは恐怖のあまり泡を吹き、失禁しながらその場に崩れ落ちた。
近衛兵たちも、主を放り出して一目散に馬車へと逃げ出していく。
「ストップ、キャルル。そこまでだ」
俺が声をかけると、キャルルの動きがピタリと止まった。
「えー? トーヤくん、こいつ、ゴミ箱に捨てちゃダメなの?」
「物理的に捨てる必要はない。社会的に捨てるだけだ」
俺はアラトに目配せをした。
エプロン姿の主夫は、完璧な営業スマイルを浮かべ、失禁して震えるボガートの前に一枚の請求書を叩きつけた。
「ルナミス帝国・宮廷魔導省のボガート様ですね。本日は当ポポロ村への『無断立ち入り』および『不当な業務妨害』、『村長補佐への脅迫行為』のペナルティとして、違約金・金貨1,000枚を請求いたします。お支払いが確認できない場合、アバロン魔皇国から回収した武具を、帝国の『反体制派』へ破格で卸すことになりますが、よろしいですね?」
「あ、あわわ……っ……!」
アラトの(ヤクザ顔負けの)経済的な脅しに、ボガートは完全に白目を剥いて気絶した。
残された近衛兵たちが、慌ててボガートの体を回収し、馬車に乗せて逃げるように帝都へと走り去っていった。
「……これで、ルナミス帝国も迂闊には手を出せなくなったな」
遠ざかる馬車の土煙を見つめながら、俺は大きく伸びをした。
西のアバロンを武力で退け、東のルナミスを経済と恐怖で退けた。
これでポポロ村は、どこの大国にも属さない、完全なる『独立経済特区』として確固たる地位を築いたことになる。
「トーヤくーんっ!」
キャルルが満面の笑みで、俺の背中にダイブしてきた。
先ほどまでのドス黒いオーラは消え去り、ウサギの耳が幸せそうに揺れている。
「悪い虫、追い払ったよ! これで、トーヤくんはずーっと私のものだね!」
「はいはい、よくやった。……さあ、村に戻ろう。温泉建設プロジェクトの要件定義の続きだ」
「わぁい! 混浴! 混浴!」
俺の背中で燥ぐキャルルと、その後ろで温泉の維持費と入湯税の計算を始めるアラト。
最強のPM、最強の物理バグ、最強のエプロン主夫。
この三人が揃うポポロ村の快進撃は、これからが本番である。
読んでいただきありがとうございます。
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