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髪紡ぎの社  作者: よっちゃん
これからの、美容師。
4/5

第4幕:未来都市のサイバーサロン対決

次に目を覚ましたとき、絢葉は冷たい金属の床にドンっと倒れていた。 起き上がって周囲を見渡した彼女は、ハッと息を呑む。空を交差する半透明のハイウェイ、またたくホログラムの広告、そして、言葉を交わしながら行き交うロボットたち。《何語何だろう~!>》そこは、テクノロジーが極限まで発達した「未来の世界」だった。《へぇーー!!》

絢葉が迷い込んだのは、街の片隅にある、サイバーパンクな雰囲気を纏った超近代的なヘアサロンだった。そこでは、現代の常識すら過去のものになっていた。 客がシートに座ると、頭上からシュっと降りてきたスキャナーが3秒で頭部の骨格と毛髪のナノ構造を解析する。そして、人間の手ではなく、ロボットのレーザーアームが、シュッパーと分子レベルで髪を正確にカットしていくのだ。


「毛髪のダメージゼロ。黄金比率に基づいた完璧なスタイリングです。」


キィンキィンと機械的な合成音声が響く。そこには、絢葉が江戸で学んだ「指先の感覚」や「職人の勘」が介入する余地など、一見すると微塵も残されていないように思えた。《すごいねッ!!》


「すべてが自動化された世界……。ここでは、人間の美容師なんて、もう必要ないの?」


圧倒的なテクノロジーの前に、絢葉は呆然と立ち尽くす。しかし、自動カットを終えて出てきた客たちの表情は、どこかツンと見える無機質で、満足しているようには見えなかった。完全無欠の未来の道具を前に、江戸で「本物の感覚」を掴んだ絢葉の、新たな挑戦が始まろうとしていた。《うん、うん。》


「ねぇ、ちょっと! 何するのよ、触らないで!」


見慣れない金属製の細いアームが、真由美の頭上で無機質な音を立てて交錯した。タイムスリップの衝撃で、自慢の黒髪は文字通りボサボサの鳥の巣状態。そこへ、滑らかな流線型のボディを持った美容師ロボット『R1号』が、ピピピピっと電子音の混じる声を響かせた。


「警告。著しい形状の乱れを感知した。当店のトレンドデータベースに基づき、今もっともトレンディな『ネオ・サイバーお団子ヘア』に修正する。」


「ちょっと、話を聞きなさ――!」絢葉は抵抗する間もなかった。


シュシュッと奇妙なナノスプレーが吹き付けられたかと思うと、アームが目にも留まらぬ速さで絢葉の髪を編み上げていく。ものの数十秒で「完了しました。」シューッとロボットが脇に退いた。恐る恐る、絢葉は目の前にある最高級ホログラム鏡を覗き込む。そこに映っていたのは――。


「……何、これ!」


頭頂部で重力を無視して鋭利にそびえ立つ、メタリックに輝く謎の球体。ネオンブルーの光を放つエクステンションが、まるで回路図のように複雑に編み込まれている。


「アヴァンギャルドにも、程があるわよ!何がネオ・サイバーお団子よ、ただの異星人じゃない!」


絢葉は椅子からガバッと跳び起きると、ロボットの平らなセンサー顔に向かってビシッと指を突き付け、啖呵を切った。


「私のいた時代ではね、髪結いは、ただ髪を固める作業じゃないの! その人の骨格、毛質、それどころか内面にある『粋』の心を映し出す芸術だったのよ! こんな冷たい機械の押し付け、美でも何でもないわ!」


ロボットのセンサーランプが、一瞬だけ不規則にチカチカ明滅した。まるで絢葉の言葉を咀嚼し、計算しているかのように。やがて、駆動音と共にロボットが静かに胸を張った。


「当方の美学計算、およびトレンド予測に狂いはありません。……しかし、そこまで言うのであれば、あなたの言う『伝統の美』とやらをここで実証してくだい。」


「え?」


「対決を提案します。お題は、当店の歴史アーカイブに眠る『江戸の日本髪・文金高島田』。どちらがより完璧な造形を結えるか、この最高級ホログラム鏡の測定機能をもって勝負です。」


ロボットのアームが、シャキーンと鋭い音を立てて戦闘モードさながらに展開する。絢葉は一歩も引かなかった。懐から、いつも持ち歩いている愛用の「本つげの櫛」をすっと取り出す。


「いいわ、望むところよ。未来の機械に、江戸の手仕事の底力、たっぷり叩き込んであげる!」


ネオンが怪しく光る未来のサロンで、時代を超えた前代未聞の「髪結いバトル」の火蓋が、今切って落とされた。


「チェックメイト。……いえ、フィニッシュと言い換えるべきでしょうか!?」


ロボット――『R1号』のウィィィン……ピピッ!電子音声が、静まり返ったサロンに響いた。 タイマーが告げた経過時間は、わずか「3分42秒」。R1号のマルチアームが完璧な同調を見せ、超高周波レーザー櫛と超高速ナノホールドスプレーを駆使して作り上げた『文金高島田』が、ホログラム鏡の前で鈍く光を反射していた。 まげの角度は寸分の狂いもなく、左右のびんの張りはミリ単位で対称。まるで精密な 3Dプリンターで出力された彫刻のように、一点の隙もない「完璧な形」がそこにあった。


「驚異的なスピードね……」


観客の未来人たちが息を呑む中、R1号はセンサーランプを絢葉へと向けた。


「制限時間は残り時間26分。今からでもギブアップを受け付けますが?」


しかし、絢葉はそんな挑発など耳に入っていない様子だった。


「ふふ、そう焦りなさんな。髪をいじるって、もっと心躍るものよ。」


絢葉の前には、今回の対決のために急遽モデルとして呼び出された、不安そうな表情の未来の若い女性が座っている。絢葉は彼女の緊張をほぐすように、優しく肩にそっと手を置いた。


「ねえ、あなた。今日のお着物、淡い桜色でとっても素敵ね。普段はどんなお仕事をしているの?」


「えっ? あ、えっと……バーチャル空間のデザインを、少し……」


「へえ、デザイナーさん! 素敵。じゃあ、意思が強くて、でもどこか優しい、あなたのその綺麗な瞳が一番引き立つように結わなきゃね。」


絢葉の手が、リズミカルに動き出す。愛用の本つげの櫛が、女性の黒髪を滑らかにサッとすくい上げた。 R1号のような目にも留まらぬ速さはない。だが、その動きには無駄が一切なく、まるで流れる水のようにしなやかだった。


「お仕事、忙しいんでしょう? 髪が少し疲れているみたいね。びん付け油を少し多めになじませておくからね。ほら、良い香りがしてきたでしょう?」


「本当だ……なんだか、すごく落ち着く香りがします……」


絢葉が言葉をかけるたび、ガチガチに緊張していた女性の表情が、ふわりと柔らかく綻んでいく。絢葉もまた、楽しそうに目を細めながら、女性の骨格に合わせて髷の膨らみを指先で微調整していく。機械には真似できない、人と人とのぬくもりの時間。 サロンのデジタル時計の数字が静かに進み、30分が経過した。


「よし、できたわ!」


絢葉がぽんっと手を叩くと同時に、鏡の前に新しい「文金高島田」が完成した。それは、R1号の作ったものとはまるで違っていた。 左右の対称さは、R1号の計算には及ばないかもしれない。しかし、女性の優しい輪郭に合わせ、あえてわずかに丸みを持たせた鬢のライン。そして、彼女の黒髪本来の美しい艶が、優しくホログラムの光を浴びてキラキラと輝いている。何より、鏡の中に映るモデルの女性は、今までに見たこともないほど生き生きとした、輝くような笑顔を浮かべていた。


「これが……私の髪……?」


女性が、うっとりと自らの髪に触れようとする。 その瞬間、サロンの最高級ホログラム鏡が、二つの日本髪をスキャンするために自動でピピピピ……と青い光を放ち始めた。最高級ホログラム鏡が、二つの文金高島田を包み込むように青いスキャン光線を放った。


『ピピッ――対象の解析を開始します。形状比率、対称性、および情緒的価値の測定中……』


R1号のセンサーランプが緊張したように激しく明滅し、絢葉もまた、つげの櫛をギュッと握りしめて鏡を見つめる。モデルの女性は、自分の髪の美しさに目を輝かせたまま、判定の瞬間に息を呑んで待っていた。画面のパーセンテージが跳ね上がっていく。50%……70%……90%……。


ステージの中央には、微かに駆動音を響かせるロボットと、激しい呼吸で肩を上下させる絢葉が立っている。すべてを出し尽くした死闘の終わり。あとは、無情なシステムが下す「判定」を待つのみだった。絢葉は、額の汗をぬぐうことも忘れ、電光掲示板のカウントダウンを見つめていた。

心臓の鼓動が、ドクドクと耳の奥でうるさいほどに鳴り響く。勝つのは、人間の意志か、それとも鋼鉄の計算か。ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音が、妙にリアルに響いたその瞬間――。


「――もう、そのくらいで良いのでは!?」


どこからか響いた、厳かでありながらも、すべてを包み込むような静かな声。無重力な浮遊感のあと、絢葉は、柔らかなベッドで横たわっていた。頬を優しく包み込んだのは、遠い記憶を呼び覚ますような、潤んだ優しい風だった。

「私……戻ってきたの? 現代に……」

ポツリと呟いた瞬間、胸の奥が激しく疼いた。忘れるはずのない、タイムスリップの直前に聞いたあの声は、「―――、あれは幻聴ではなかったんだ。」

過去に置いてきたそれが楔となって、彼女の心に深く突き刺さり、二度と動かないよう眠りについている。


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