第5幕:噂の超繁盛店、そして心の奥のうごめき
本日も、宜しくお願い致します。
それから、3年の月日が流れた。《早くない・・!?》
絢葉は、総勢108名ものライバルたちをコテンパンに抑え、抜群の成績で首席卒業を果たして美容学校を後にした。《さようなら・・・》彼女の頭の中には、美容師になると決めたその瞬間からすでに完璧なグランドデザインが描き出されていたのだ。学校に通う傍らで着々と進めていた美容室の開店計画は、卒業からわずか1ヶ月後、ついに形となって結実する。《うん、計画通り。》
絢葉は、それまで長年守り続けてきた「スナックのママ」という肩書を未練なく脱ぎ捨てた。30数年もの間、夜の街で営み続けてきた愛着のあるあの場所。その思い出の詰まった空間を大胆に改装し、新たな城としてオープンさせたのだ。《同じ場所で・・・!!》
「――もう、そのくらいで良いのでは!?」
あの時の厳かで、すべてを包み込むような静かな声。 そして、あの勝負の結末を見届けることなく、絢葉の身体は強烈な無重力感に引っ張られ、気がつけば現代の自宅のベッドへと引き戻されていた。《そう言う事ね。》
「―――、あれは幻聴ではなかったんだ。」
五右衛門さんがかけてくれた100%の信頼の言葉。《うん、うん。》それがまるで楔となって、彼女の心に深く突き刺さり、二度と動かないよう眠りについていたのだった。《死んだかと思ってたわ。笑笑》どれほど時空を飛び越えようとも、彼女の魂の真ん中には、いつもあの夜に真剣な眼差しを向けてくれた五右衛門さんがいた。《ぽぉっ。》
ガバッとベッドから起き上がった絢葉は、夢中で身支度を整え、自分のサロンへと走った。 あの未来サロンで、ロボット相手に啖呵を切った自分の言葉が、まだ耳の奥でゴワンゴワンと鳴り響いている。
『髪結いは、ただ髪を固める作業じゃないの! その人の内面にある心を映し出す芸術よ!』
そうだ。私は、私が思っている美容師をやるんだ。 サロンのドアを開け、鏡の前に立つ。通信課程の課題であるロッドを取り出し、ウィッグの髪に触れた。《懐かしいぃ~。》
「……あ」
驚くほど、指先が滑らかに動いた。 未来の世界で掴んだ「人と人とのぬくもりの時間」、そして江戸の町で身体に叩き込んだ「髪の毛一本一本の流れを見極める感覚」。 逃げ回るようだった髪が、今はまるで絢葉の指先と会話するように、吸い付くようにロッドへと美しく巻き付いていく。
「できる。私、美容師になれる……!」
絢葉の心に、本当の覚悟と自信が満ちていく。 その繁盛店へのステップは、まさに目を見張るほどのスピードだった。それからの絢葉のサロンは、高評価の口コミが瞬く間に広がり、またたく間に「何ヶ月待ちでも予約が取れない」と噂されるほどの超繁盛店へと駆け上がっていった。
スナックのママ時代に培ったあの抜群のトーク力と、時空を超えて手に入れた神業のような技術。客たちはみな、絢葉の手によって心までキラキラと輝かせて店を後にする。
しかし。 そんな大忙しの毎日のふとした合間、美容学校生活でのあの悪戦苦闘を思い出していると、何故だか考え込んでしまう時がある。
美容師って!? 美容学校って!? 国家資格って!?
確かに今の私は、お客さんを笑顔にできている。でも、あの江戸の技や、未来のテクノロジーを経験した私にとって、現代の「資格」や「ルール」という枠組みは何なのだろう? そんな疑問が、いつになっても心の奥底でいつも、うごめいていた。
カランコロ〜ン。 お馴染みのドアの音が響く。
「いらっしゃいませ。」
お馴染みのドアを開けて入ってきた客に、絢葉は声をかける。 しかし、その爽やかな挨拶の響きは、どういうわけか、かつて夜の張の中で発していた「スナックのママ」としての艶っぽい挨拶よりも、どこか少しだけ歯切れが悪く、彼女の耳に聞こえるのだった。
(まだ、何かが足りない……。本当の『原点』は、どこにあるの?)
そんな絢葉の心の迷いを見透かしたかのように、入ってきたその「馴染みの客」が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「おいおい、絢葉ちゃん。ずいぶんと景気のいい店になったじゃないか。だけど、そんな顔で行灯を曇らせちゃいけねえなぁ~。」
「え……? 五右衛門、さん……!?」
そこに立っていたのは、あの夜、素面の顔で彼女の背中を押してくれた五右衛門さんだった。だが、今の彼の雰囲気はどこか違う。その手には、あの未来の世界から紛れ込んでしまったかのような、鈍い銀色に
光る不思議な手鏡が握られていた。
「五右衛門さん、まさかその鏡、また――!」
「過去の江戸を巡り、未来の技を見た。だがな絢葉ちゃん、道具や技術が生まれるもっと前……人間が初めて『誰かのために、自分を飾ろう』とした瞬間の熱さを知らなきゃ、本当の髪結いにはなれねえよ」
五右衛門さんが手鏡を掲げた瞬間、サロンの空間がグニャリと歪み、現代のLED照明がパチパチと弾けた。
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