第2幕:ワインディング狂騒曲と、びん付け油の誘い
前回の第1幕では「硬い!笑笑」というリアルなご感想をいただき、大反省(笑)。
第2幕は、ファンタジー分野ということで、肩の力を抜いて、軽くて面白いストーリーにしてみました。
お気軽に読んでみてください。よろしくお願いいたします!
数日後、絢葉の手には、一枚の書類がギュッと握られていた。 『美容学校・通信課程 入学届』。 「年齢なんて、ただの数字よ!」と自分に言い聞かせ、一歩を踏み出す迷いはない。
それからの日々は、怒涛の勢いでドぉーと過ぎていく。無事に入学試験をパスし、桜の季節には「入学式」という、前世の記憶レベルで久しぶりのイベントにも出席した。真新しいスーツに身を包み、背筋がふっと伸びて、心がきれいに洗われていくような空気に胸をときめかせる感覚。すっかり忘れていた若き日の熱を思い出させてくれた。《うん、うん。その通り》
そして、ついにやってきた授業初日。絢葉は「スゥーーーッ……」と、深呼吸というよりはもはや気合の呪文を唱える様に、新しい世界の扉を開けた。《南無阿弥陀仏・・・・チーーーン》
「……ま、眩しいっ!」ピッカ――――ン!
教室を見渡した絢葉は、イナバウアーのように一瞬のけぞった。そこはまるで、歩く万華鏡。ピンク、ブリーチ全開のブロンド、鮮烈なブルー。思い思いの髪色をしたオシャレな若者たちが、ワイワイ、ガヤガヤと楽しげにはしゃぎ合っている。 たぶん年齢は、ほとんど十八歳頃。言ってみれば、自分の子供、なんなら「若いママ」なら孫でもおかしくない年頃だ。《ヒョエェ~~~~~。》
「場違いにも程があるかしら……」と、一瞬冷や汗がダーラダーラ流れたが、絢葉はすぐに、トイプードルのように首を振った。 「大丈夫、ママ業で若い子の相手は慣れてるわ!」 年齢を言い訳にするつもりなんて、毛頭ない。
「それでは、今日の授業はパーマに必要なロッド巻き、いわゆる『ワインディング』に入ります。国家試験の必須科目ですからね。」
講師の言葉と共に、いよいよ実技が始まった。≪待ってましたぁ~≫パーマ用のロッドに、髪を巻き付けていく技術だ。 もちろん、自分でやるのは人生初。けれど絢葉は、余裕シャクシャクの笑みを浮かべていた。なにしろ、これまで客として何十年も美容室に通い、鏡越しにプロの手際を「穴が開くほどギョロギョロ」見てきたのだ。段取りは頭の中で完璧にシミュレーションできている。《フォーーーーーー。》
手先だって、お店でおつまみを盛り付けるのだって器用な方だ。《まったく関係ねぇ~~。》「コツさえ掴めば、スイスイ巻けちゃうんじゃない?」 そんな風に、高を括っていた。
ところが――いざウィッグの髪に触れた瞬間!その自信はガラス細工のようにゴロンゴロンと粉々に砕け散った。
「ちょっと待って!」
髪の毛一本一本が、まるで意思を持った生き物のように、指先からツルツルと逃げていく。巻き付けるためのペーパーはズルッと外れ、ロッドはポロっと床へ転がっていく。どうしても綺麗に収まってくれましぇーーーーん。
「あれ……? なんで? お酒のボトルなら、目をつぶっても片手で開けられるのに!」《ホンマじゃ、ホンマ笑笑》
焦れば焦るほど指先がガチガチに強張り、言うことを聞かなくなっていく。《あなたの言う事聞くかーい!!》周囲の若者たちが、まるでゲームでもするかのように軽やかに指を動かす中、絢葉は自分の不甲斐なさに、目の前がジワジワと暗くなるのを感じた。 見るとやるとでは、大違い。こんな基本中の基本すら満足にできないなんて。
歪にねじれ、まるで「爆発したあとの焼きそば」のようになったロッドを見つめながら、冷たい不安がポツリと湧き上がった。
(わたし……本当に、美容師になれるのかしら……!?)《無理ちゃう笑笑》
「もしもし、五右衛門さん? 絢葉です。……あの、ちょっとお時間いい?」
気がつけば、学校の片隅でスマートフォンを握りしめ、五右衛門さんに電話をかけていた。美容師になると打ち明けたあの夜、誰よりも親身になってくれた、一番信頼できる人。《ホンマかぁ~~笑笑》 教室でポツーンと置いてけぼりを食らったような挫折感から、絢葉は堰を切ったように、胸の中の弱音をマシンガントークでぶちまけていた。
ひと通り絢葉の「大反省会」を静かに受け止めていた五右衛門さんだったが、ふっと電話の向こうで優しく笑うと、諭すような声で言った。《優しんよ。五右衛門ちゃんわ。》
「絢葉ちゃん、忘れちゃったの?」
「え……?」
「――『私、日本伝統の日本髪を結えるようになりたい。そんな美容師になるんだ』って、あの時、僕の目をじっと見て、キラキラした顔で語ってくれたじゃない。」
五右衛門さんの言葉が、絢葉の記憶の引き出しをガシャーン!と勢いよく開け放つ。
「あの時のまっすぐな言葉を聞いてね、僕は確信したんだ。この人は絶対に、本物の美容師になるって。だから、最初の小石に躓いたくらいで、立ち止まっちゃ駄目だよ。」《やっぱり、やさしいわぁ~。》
受話器越しに伝わってくる彼の100%の信頼に、絢葉はハッと息を呑んだ。 その瞬間、彼の言葉はただの励ましを超え、時空をぐにゃりと歪める強力な「魔法の言霊」へと姿を変えた。
(……え? なにこれ、耳鳴り!?)《耳鳴りちゃうやろ!笑笑》
五右衛門さんの声が、ゴゴゴゴ……と地鳴りのような響きを帯びていく。現代の、蛍光灯に照らされた無機質な廊下の景色が、ピカッと稲妻が走るように切り裂かれた。 スマートフォンを握っていたはずの手のひらに、妙に馴染む、温かい木肌の感触が滑り込んでくる。――それは、年季の入った伝統的な「柘植の櫛」だった。《柘植櫛って、知ってる!? 知らんかったらググってね。》
ゴオォォォ!と耳元で風が鳴る。いや、これは風じゃない。時代を越えて、髪を美しく整えてきた人々の「熱い息吹」だ。《そうだ!そうだぁ~~!》
気がつけば、絢葉は眩い光の中に立っていた。 鼻腔をくすぐったのは、現代のヘアスプレーのツーンとした化学的な匂いではない。フワッと甘く、どこか厳かで、たまらなく懐かしい――「びん付け油」と、おしろいの香りが、彼女の全身を包み込んでいた。
第3幕は、どんな書き方になるかわかりませんが、『継続は宝なり』の精神でファイティン♡
宜しくお願い致します。




