EP 8
帝都イージス(大和の主砲と、計算された弾幕)
昭和19年、冬。
太平洋のマリアナ諸島を飛び立った、数十機に及ぶアメリカ軍の超大型爆撃機『B-29』の編隊が、帝都・東京の上空一万メートルへと迫っていた。
「……見えてきたぜ、トーキョーだ。相変わらず、空がスッカラカンだな」
先頭を飛ぶB-29の機長が、酸素マスク越しに余裕の笑みを浮かべた。
高度一万メートル。それは、当時の日本の戦闘機がまともに飛ぶことすら困難な「絶対の安全圏」である。
地上からパラパラと撃ち上げられる高射砲の弾も、そのほとんどがB-29の遥か下で虚しく破裂するだけ。彼らにとって、日本本土への爆撃は「ただの長距離ピクニック」に過ぎなかった。
「ジャップは今頃、地上で竹槍でも素振りしてるんだろうぜ。さあ、さっさと爆弾を落として、帰って冷たいコーラでも飲もうや」
アメリカの搭乗員たちが、眼下に広がる帝都の街並みを標的として見下ろした、その時である。
* * *
「……目標、相模湾上空を通過。高度一万、速度四百。……予定通りの『馬鹿正直な』直進コースです」
帝都の地下深くに構築された、巨大な『防空指揮所(CIC)』。
そこでは、数十人の情報将校と、動員された女学生たちが、黒板と巨大な帝都周辺地図に向かって、凄まじい勢いで計算尺を弾いていた。
「よし。各砲台へ諸元伝達。……信管の秒数設定、コンマ一秒のズレも許すなよ」
防空指揮所の中心。
軍用外套を羽織り、口にタバコをくわえた坂上真一(牟田口)は、腕を組んで冷徹に盤面を見上げていた。
数週間前。権力を掌握した坂上が真っ先に行ったのは、新兵器の開発などという夢物語ではない。
『徹底的な、既存兵器のシステム化』であった。
「VT信管(近接信管)だと? 笑わせるな。今の日本の真空管歩留まり(生産力)で量産できるわけがねぇ。……無いものをねだるな。今あるガラクタの精度を、数学で極限まで引き上げろ」
艦艇開発局で日本の工業力の限界を骨の髄まで知っていた坂上は、天才的な発想の転換を行った。
各地に散らばっていた高射砲陣地をすべて『専用の有線電話』で地下のCICと結び、女学生たちの計算能力をフル稼働させて、敵機の未来位置を算出させる『人力のネットワーク・システム』を構築したのだ。
さらに、彼の「ヤンキー的な暴論」は、海軍の象徴すらも容赦なく解体した。
「重油がなくて動かせねぇ戦艦なんざ、ただの鉄の棺桶だ。……長門でも大和でもいい。東京湾に座礁させろ! 船から主砲と高角砲、それに『二一号電探』を全部引っぺがして、陸上のコンクリートに埋め込め!」
かくして、東京湾岸には、海軍の大型艦から強引に取り外された巨大な大砲とレーダーが連なる、世界最大級の陸上防空要塞――坂上曰く『帝都イージス・アショア』が完成していたのである。
「……閣下。敵編隊、まもなく第一キルゾーン(殺戮地帯)に侵入します」
ヘッドホンを押さえた通信将校が、緊張した声で報告する。
「撃ち方、待て」
坂上は、ジッポライターでタバコに火を点けた。
「……各砲、照準そのまま。……待て。……待て」
CICの空気が、極限まで張り詰める。
これまでの日本軍は、敵機を見るとパニックになり、各砲台がバラバラに弾を撃ち上げては外していた。
だが、坂上のシステムは違う。すべての砲台に「同じ空間」を狙わせ、敵がそこに突っ込んでくる瞬間を待つ『置き撃ち』の陣形だ。
「……今だ。全門、一斉射撃」
坂上の低く、重い号令が下った。
* * *
帝都の上空。
B-29の機長は、眼下の東京湾岸から、突如として無数の閃光が瞬いたのを見た。
戦艦から陸揚げされた巨砲が、大地を揺らして火を噴いたのだ。
「フッ、馬鹿め。当たるわけが……」
機長が鼻で笑いかけた、次の瞬間。
B-29の編隊が「数秒後に通過するはずだった、何もない空域」。
そこに、数百発の高射砲弾が、計算し尽くされた信管の秒数設定によって、『一文字の壁』を形成するように一斉に炸裂した。
ドガガガガガガガガガッ!!!!
「なっ……!?」
それは、ただの対空砲火ではない。
空中に、鋼鉄の破片で構成された「巨大な四角い箱(弾幕)」が、突然出現したのだ。
回避する暇などない。
時速四百キロで飛んでいた先頭のB-29数機が、自らその「鋼鉄の壁」に突っ込み、紙くずのように引き裂かれた。
主翼がへし折れ、四基のエンジンが火を吹き、機体が真っ二つにへし折れて空中分解していく。
「メーデー! メーデー!! 先頭の3機がやられた!! な、なんだ今の弾幕は!?」
「ただの射撃じゃない! 奴ら、俺たちの高度と速度を完璧に計算して『壁』を作ってやがる! 信じられない、こんなシステマチックな防空網、ドイツ軍だってやってこなかったぞ!!」
パニックに陥るアメリカ軍の通信網。
絶対の安全圏だと思っていた高度一万メートルが、突如として精密な「処刑場」へと変貌したのだ。
「後続機、散開しろ! 弾幕の壁から逃げろ!!」
編隊を崩し、慌てて逃げ惑うB-29。
だが、地下のCICでその動きをモニターしていた坂上は、獰猛な笑みを浮かべてタバコの灰を落とした。
「……編隊を崩したな。馬鹿が。それが『イージスの罠』だとも知らずに」
坂上が指差した地図の先。
散開して高度を下げたB-29の逃げ道の先には、すでに次弾を装填し、再計算を終えた第二陣、第三陣の高射砲陣地群が、不気味に砲口を向けて待ち構えていた。
「計算通りだ。……次弾、撃て」
再び、空に完璧な「鋼鉄の壁」が形成される。
日本の貧弱な工業力でも、指揮官の「現代の防衛ロジック」と「冷徹な計算」さえあれば、超空の要塞を一方的に屠ることは十分に可能なのだ。
大本営が精神論で祈るだけだった空に、初めて『理性の化け物』が牙を剥いた日。
帝都の上空で、無敵を誇ったB-29の編隊が、次々と黒煙を上げて墜落していく。
アメリカ合衆国が、極東の島国に潜む「異常なシステム(バグ)」の存在に気づき、戦慄を覚える瞬間であった。




