表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/60

EP 6

影の宰相と、白衣の天使(低コストな敗戦計画)

 大本営首脳陣の「一斉辞任」というクーデターから数日後。

 帝都・東京の陸軍第一病院、最上階の特別室には、すっかりこの部屋を自らの「新たなシマ(執務室)」として占拠した巨漢の姿があった。

「……痛っ。おい、もう少し優しく拭けねぇのかよ」

「文句を言わないでください、牟田口閣下。三十人を相手に大立ち回りをして、かすり傷一つで済んだんですから、感謝してほしいくらいです」

 ベッドに腰掛け、咥えタバコで悪態をつく坂上真一(牟田口)に対し、アルコール綿で彼の手首の切り傷を消毒しているのは、雪川美奈子――弱冠22歳の、うら若き看護師であった。

 大英帝国を震え上がらせ、東條英機を失脚させた「理性の化け物」を前にしても、彼女は全く怯む様子がない。それどころか、血まみれで病院に乗り込んできた坂上に対し、「ここは病院です、タバコは窓を開けて吸ってください」と平然と言い放った肝の据わった女である。

「……お前、俺が怖くねぇのか。外じゃ『鉄パイプの死神』とか呼ばれてるんだぜ」

「死神だろうが総長だろうが、私の前ではただの『怪我人』です。はい、消毒終わり。包帯を巻きますから動かないで」

 美奈子は、坂上の丸太のような腕にテキパキと真っ白な包帯を巻いていく。

 坂上は、その手際の良さを眺めながら、フッと短く笑い、紫煙を窓の外へ吐き出した。

 軍部のイエスマンばかりに囲まれるより、こういう専門職プロフェッショナルとして物怖じしない人間の方が、彼にとってはよほど信用できた。

 コンコン、と。

 控えめなノックと共に、佐藤賢了と久野村参謀長が特別室に入ってきた。

「閣下。……お怪我の具合は」

「かすり傷だ。それより、外の様子はどうなってる」

 坂上の問いに、佐藤が興奮を抑えきれない様子で報告書を差し出した。

「帝都は、完全にお祭り騒ぎです! 東條内閣の総辞職と、軍部首脳の入れ替えを『帝都日報』が大々的に報じました。コンビーフと白米の熱狂も冷めやらず、国民はこぞって『インパールの英雄、牟田口将軍を次の総理大臣に!』と声を上げております!」

「……そうか」

「はい! 今や、組閣の大命は閣下に下ったも同然。閣下が総理の座に就けば、この大日本帝国は完全に我々(第15軍)のものです!」

 目を輝かせる佐藤と久野村。

 だが、坂上はベッドから立ち上がり、窓際の美奈子に「コーヒーを淹れてくれ」と顎でしゃくると、冷ややかな声で言い放った。

「断る。……総理大臣なんぞ、誰か適当な『神輿みこし』のジジイにでもやらせとけ」

「なっ……!? お、お断りになるのですか!? なぜですか! 国民の支持は圧倒的ですよ!」

 久野村が目を丸くする。

「馬鹿野郎。政治家(オモテの顔)なんてのはな、国民の不満の『サンドバッグ』になるのが仕事なんだよ。……いいか、これから俺たちがやるのは、華々しい勝利じゃねぇ。アメリカを相手にした、泥沼の『敗戦処理(店じまい)』だ」

 美奈子が淹れてくれたコーヒーのマグカップを受け取り、坂上は一口啜った。

「戦争が終われば、今まで我慢してきた国民の怒りは必ず爆発する。その時、矢面に立つのは総理大臣だ。……俺は防衛省J5の官僚アーキテクトだ。表舞台で泥を被る気は毛頭ねぇ。一番美味しい権力うまみだけを吸い上げる『影の宰相フィクサー』で十分だ」

 坂上の徹底的にドライな権力論に、二人の将官は絶句した。

 権力の頂点に立てる絶好の機会を、「コストに見合わない」と一蹴する。これこそが、昭和の軍人には絶対に理解できない、現代のエリート官僚の絶対的な合理性であった。

「……では、今後の国家運営はどのように……」

「俺は『内閣特別防衛補佐官』とでも名乗って、実務と軍の指揮権だけを握る。オモテの総理には、国民受けのいい温厚な海軍大将(鈴木貫太郎あたり)でも据えておけ」

 坂上は、部屋の壁に掛けられた巨大な『太平洋全図』の前に立った。

 そこには、マリアナ諸島を陥落させ、今まさに日本本土へ向けて圧倒的な物量で迫り来る「超大国・アメリカ合衆国」の巨大な矢印が描かれている。

「イギリスの坊ちゃんとは規模が違う。アメリカの工業力と資源は、日本の数十倍だ。……まともに殴り合えば、国ごと消し飛ぶ」

 坂上は、鉄パイプの先端で、太平洋上の「不要な防衛線(南洋の島々)」を次々と指し示した。

「無駄な島から、即刻すべての兵力を撤退させろ。玉砕など絶対に許さん。補給の続かない戦線はすべて放棄し、本土と台湾、沖縄周辺だけに戦力を『超・集中』させる」

「し、しかし閣下! それでは絶対国防圏が……!」

「守れない防衛線に意味はねぇんだよ。……俺の目的は、アメリカに勝つことじゃない。奴らに『日本とこれ以上戦争を続けるのは、コストが高すぎて割に合わない』と思わせることだ」

 坂上の瞳に、J5で「イージス・アショア」やミサイル防衛網を構築してきた、現代の『防衛のプロフェッショナル』としての冷酷な光が宿る。

「本土を巨大な『イージスの盾』にする。……無数のレーダー陣地と、対空砲火の完全なシステム化。そして、上陸してくる米兵を泥沼に引きずり込む『縦深防御』。……アメリカの世論が『もうこれ以上、若者の死体袋ボディバッグを見たくない』と悲鳴を上げるまで、徹底的に出血コストを強いてやる」

 それは、大和魂でも精神論でもない。

 超大国アメリカの弱点である「民主主義(世論の厭戦気分)」をピンポイントで突くための、極めて冷徹で、数学的な『条件付き降伏(低コストな敗北)』へのロードマップであった。

「……さあ、忙しくなるぞ。大英帝国から奪ったコンビーフを食って、徹夜で図面を引く準備をしろ」

 坂上は、美奈子に向かって空になったマグカップを差し出した。

 彼女はため息をつきながらも、どこか楽しげに、新しいコーヒーを注ぐ。

 影の宰相として、大日本帝国を裏から完全に支配した「理性の化け物」。

 彼がアメリカ合衆国という未曾有の怪物に突きつける『史上最悪の防衛システム』の構築が、白衣の天使の淹れるコーヒーの香りとともに、静かに幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ