EP 3
老害たちの会議室(精神論とGDP)
帝都・市ヶ谷。大日本帝国陸軍の中枢、大本営・地下会議室。
分厚いコンクリートに守られたその部屋の空気は、数十名の将官たちが放つ「殺気」と「メンツを潰された怒り」によって、息苦しいほどに張り詰めていた。
上座にふんぞり返っているのは、内閣総理大臣兼陸軍大臣・東條英機をはじめとする、軍部の最高首脳陣である。
彼らの視線の先、長机の末席に、泥と硝煙の匂いが染み付いた軍用外套姿の巨漢が、どっかりと腰を下ろしていた。
第15軍司令官、坂上真一(牟田口)である。
「……牟田口中将」
東條が、神経質に丸眼鏡の奥の目を細め、静寂を切り裂いた。
「インパールでの貴官の行動は、明らかな抗命罪である。大本営の許可なく敵将と交渉し、あろうことか敵の物資を帝都の愚民どもにばら撒くなど……皇軍の統帥権を何だと心得ているッ!」
机を叩く音が、地下室に響く。
「我々が求めているのは、大和魂による名誉ある玉砕だ! 腹を満たして敵に尻尾を振るような真似は、帝国の歴史に対する冒涜である!!」
将官たちが一斉に頷き、坂上を糾弾する視線を向ける。
彼らにとって、国民が飢えようが兵士が死のうが関係ない。「自分たちの命令通りに死んでくれること」こそが、絶対の正義なのだ。
だが。
坂上は、そんな怒号をどこ吹く風と受け流し、懐から『プレイヤーズ』のタバコを取り出した。
「き、貴様ッ! 御前会議に準ずるこの神聖な場で、タバコなど……!」
参謀の一人が立ち上がりかけたが、坂上はジッポライターでカチリと火を点け、東條の顔に向けて紫煙を長く吐き出した。
「……統帥権だの、名誉ある玉砕だの。相変わらず、中身のねぇポエムが好きだな、お前ら」
坂上は、ゆっくりと立ち上がった。
防衛省J5において、数千億円の国防予算を巡って政治家たちと渡り合ってきた「理性の化け物」。その眼光は、昭和の軍人たちの狂気を、ただの『計算の合わない不良債権』を見るように冷徹に見下していた。
「教えてやるよ、老害ども。戦争ってのはな、気合や根性でやるもんじゃねぇ。『兵站』と『生産力』の擦り合わせだ」
坂上は、会議室の壁に設置されていた巨大な黒板の前に歩み寄り、白墨を手に取った。
ガツッ、ガツッ、と。迷いのない手つきで、圧倒的な『数字』を書き殴っていく。
「いいか、よく見ろ。昭和19年現在のアメリカの鉄鋼生産量は、日本の約10倍。石油生産量に至っては数百倍だ。さらに、向こうは週に何隻もの空母や輸送船を工業的に『量産』している」
「な、何を言っている……!」
「数字の話をしてるんだよ」
坂上は白墨をへし折り、東條を指差した。
「兵士の精神力がいくら高かろうが、前線に弾を運ぶ船が沈められりゃ、ただの餓死だ。お前らは『欲しがりません勝つまでは』と国民に草を食わせてるがな……栄養失調の女子供が竹槍を素振りして、高度一万メートルを飛ぶB-29が落ちる計算式があるなら、今すぐこの黒板に書いてみろッ!!」
ドゴォォォォンッ!!
坂上の巨拳が黒板を叩き割り、破片が会議室に飛び散った。
その凄まじい気迫と、完璧に事実を突きつける「データ」の暴力の前に、将官たちは誰一人として反論の声を上げられない。
「精神論でアメリカに勝てるなら、とっくにハワイは日本の領土だ。……お前らがやってるのは国防じゃねぇ。ただの『無計画な集団自殺』だ」
「き、貴様ァァッ!! 帝国陸軍を愚弄する気か!!」
東條が顔を真っ赤にして立ち上がる。
だが、坂上は一切怯むことなく、むしろ元・暴走族総長としての極悪なプレッシャーを全開にして、東條の鼻先まで歩み寄った。
「愚弄してんのはお前らの方だろうが。俺がインパールで奪ってきた白米を見た市民の顔を知ってるか? 奴ら、飢えて死にかけてたんだぜ。……国を守るはずの軍隊が、国民を飢えさせて何が『大東亜の聖戦』だ。笑わせんな」
「ぐ、ぬぅ……ッ!」
「俺は外の数万の市民に『メシ』を約束してきた。今ここで俺を反逆罪で処刑すれば、怒り狂った市民がこの大本営に雪崩れ込んできて、お前らは物理的に八つ裂きにされるぞ。……俺を裁けるカード(権力)なんて、もはやお前らの手札には一枚も残っちゃいねぇんだよ」
会議室は、水を打ったように静まり返った。
彼らは理解したのだ。目の前の男は、ただ軍紀を違反した荒くれ者ではない。
世論、兵站、そして現代のデータ至上主義という、昭和の軍部が最も苦手とする『理詰めの暴力』で、大日本帝国を内部から完全にハッキングした「バグ」なのだと。
「……いいか。これ以上、無駄な血は流させねぇ」
坂上は、吸い殻を東條の目の前の書類に押し付け、焦げ跡を作った。
「俺が、このクソみたいな戦争を『一番安上がり(低コスト)』に終わらせてやる。お前ら老害は、黙ってハンコだけ押してりゃいいんだよ」
大本営の心臓部で放たれた、完全なる宣戦布告。
最高権力者たちを「数字」と「世論」で完封し、坂上は悠然と会議室を後にした。
残された東條たちは、屈辱と恐怖に震えながら、遠ざかる巨漢の背中を見送ることしかできなかった。




