EP 8
総長の夜這い(CQBと鉄パイプの死神)
インパール市街地の外周には、何重にも張り巡らされた鉄条網と、土嚢で高く積まれた機関銃座が設置されていた。
サーチライトの光が、神経質に闇夜を切り裂いている。
補給線を断たれ、飢えの恐怖に直面し始めたイギリス第14軍。
その歩哨に立つ兵士たちの顔には、極度の疲労と「いつ暗闇から日本軍の総攻撃が来るか」という強迫観念が色濃く張り付いていた。
「……おい、マッチの火を隠せ。狙撃されるぞ」
土嚢の陰で震える若いイギリス兵が、同僚を小声でたしなめる。
「神経質になるなよ。奴らは平原の向こうで煙を焚いているだけだ。こんな鉄条網と地雷原を越えて、市街地まで入ってこれるわけが……」
カサッ。
風の音に紛れて、背後のレンガ壁から微かな衣擦れの音がした。
「誰だッ!?」
若いイギリス兵が振り返り、エンフィールド小銃を構えようとした、その瞬間。
ぬちゃり、と。
闇の中から伸びてきた『泥まみれの太い腕』が、イギリス兵の口と鼻を完全に塞ぎ込んだ。
悲鳴を上げる隙すら与えない。そのまま頸椎を強引に捻り上げられ、ゴキッという鈍い音と共に、若い兵士は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「なっ……!?」
同僚の兵士が目を見開き、引き金に指をかけようとした。
――ヒュンッ。
空気を裂く音。
そして、暗闇から振り下ろされた無骨な『鉄パイプ』が、重いブロディ・ヘルメットごと、同僚の頭蓋骨を完璧に陥没させた。
メシャァッ……!!
一切の銃声を発することなく、外周警備の二名が、わずか数秒で物理的に「処理」されたのである。
「……手際が甘いぞ。相手が引き金を引く前に、視界を完全に奪え」
倒れる死体を泥の上に静かに寝かせながら、巨漢の影――坂上真一(牟田口)が、低くドス黒い声でダメ出しをした。
「へへっ……すいやせん、総長。つい殺気が漏れちまいまして」
元・浅草のヤクザである分隊長が、血濡れたククリ刀を拭いながらニヤリと笑う。
坂上が率いる五十名の決死隊は、完全に闇と同化していた。
彼らが用いているのは、史実の日本軍が好んだ「夜間の銃剣突撃」ではない。
防衛省J5において、坂上が海外の特殊部隊(SASやグリーンベレー)の資料から叩き込んだ現代の近接戦闘術(CQB)と、彼ら自身が裏社会で培ってきた「路地裏での喧嘩殺法」の、極めて凶悪なハイブリッドであった。
「……サーチライトの旋回周期は45秒。次のブラインド(死角)で鉄条網を抜け、市街地の廃屋跡へ浸透する。……いいか、銃は絶対に使うな。一人ずつ、確実に『刈り取れ』」
坂上のハンドサインに従い、五十の影が、音もなくインパール市街地へと滑り込んでいく。
* * *
大英帝国の誇る十万の軍勢が駐屯する、インパール市街。
だが、その防衛網は、外側からの大規模な攻撃を想定したものであり、内部に少数精鋭の「暗殺部隊」が入り込むことなど、全く想定されていなかった。
パキッ、ドスッ。
路地裏の巡回兵が、背後から忍び寄る影に喉笛を掻き切られ、音もなく崩れ落ちる。
ガンッ!!
建物の陰でタバコを吸っていた将校が、坂上の鉄パイプによる完璧な『すり足からの突き』をみぞおちに喰らい、内臓を破裂させて即死する。
「……閣下。あの白亜の建物です」
市街地の中央。かつての植民地政府の庁舎を利用した、堅牢な造りの洋館。
その周囲には、数十名の重武装した憲兵(MP)が配置され、窓からは煌々と明かりが漏れていた。
インパール第14軍司令部。
名将ウィリアム・スリム中将のいる、大英帝国の「心臓部」である。
「護衛の数はざっと三十。正面突破は騒ぎになるな」
分隊長が、暗がりから舌打ちをする。
「騒がせず、かつ一瞬で制圧すればいい」
坂上は、分隊長たちに向かって、冷酷な手信号を出した。
「四個分隊に分かれろ。建物の四方の死角に配置。……俺が正面の扉を蹴り開けると同時に、窓と裏口から一斉に突入しろ。5秒だ。5秒で三十人全員を『黙らせろ』」
「ヒャッハー……上等ですぜ。5秒もいらねェ」
札付きの悪党どもが、闇の中で最高に楽しそうな笑みを浮かべ、ククリ刀と銃剣を逆手に構えた。
坂上は、ゆっくりと立ち上がり、太い首の骨をゴキリと鳴らした。
鉄パイプを右手に提げ、何の遮蔽物もない、司令部正面の石畳へと堂々と歩み出る。
「な、何者だッ! 止まれ! 誰何に応えよ!!」
正面玄関を警備していた憲兵たちが、闇から現れた巨漢に驚愕し、慌ててサブマシンガンを構えた。
だが、坂上は歩みを止めない。
その瞳の奥には、すべてを計算し尽くした『理性の化け物』の眼光と、暴力の頂点に立つ『元・暴走族総長』の絶対的な覇気が、常軌を逸したプレッシャーとなって放出されていた。
「……チェックメイトだ、坊ちゃん共」
ドゴォォォォンッ!!!
坂上の踏み込みと同時に、白亜の洋館の重厚なオーク材の扉が、凄まじい蹴りによって蝶番ごと吹き飛ばされた。
それを合図に、四方の窓ガラスがパリンッ! と一斉に割られ、闇の中から五十匹の飢えた獣たちが、大英帝国の心臓部へと牙を剥いて雪崩れ込んだのである。




