EP 4
泥と爆雷(対戦車猟兵の宴)
ズズズズズズズ……ッ!!
インパール平原の大地が、悲鳴を上げるように震えていた。
大英帝国・第254インド戦車旅団。
およそ100両に及ぶ『M4シャーマン中戦車』が、横隊を組んでジャングルの縁に潜む第15軍陣地へと迫ってくる。
30トンの鋼鉄の装甲。75ミリ主砲とブローニング機関銃。歩兵が持つ小銃弾など、何万発撃ち込もうが弾き返す、陸戦における絶対的な「暴力の象徴」だ。
「……前進! 立ち止まるな! 敵はジャングルから出てこない! ならば、我々がジャングルごと奴らをキャタピラで轢き潰すまでだ!!」
戦車のキューポラ(車長用ハッチ)から身を乗り出したイギリス軍の戦車長が、無線のマイクに向かって怒鳴り声を上げた。
先ほどの航空爆撃が完全に無力化された苛立ちはある。だが、彼らには「戦車という絶対の盾」がある。装甲を持たない日本兵が、この鋼鉄の群れに正面から勝てる道理など、物理的に存在しないのだ。
距離、1000メートル。500メートル。
シャーマン戦車の群れが、いよいよジャングルの境界線――雨季の水分をたっぷりと含んだ「暗緑色の地帯」へと足を踏み入れた、その時。
* * *
「……来たな。大英帝国の鉄屑ども」
ジャングルの木陰。分厚い擬装網の下で、坂上真一(牟田口)は双眼鏡を下ろし、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。
その傍らには、泥と草で全身をカモフラージュした、目つきの鋭い『対戦車猟兵』の部隊が息を潜めている。
彼らの手にあるのは、小銃でも、史実で多くの命を散らした無謀な『刺突爆雷(竹の棒の先に爆薬をつけた特攻兵器)』でもない。
工兵隊と坂上が夜を徹して作り上げた、不格好な円錐形の鉄の塊。
鹵獲したイギリス軍の不発弾の火薬をすり鉢状に成形し、銅の漏斗を組み込んだ手作りの『即席成形炸薬弾(IED)』であった。
「いいか、お前ら。どんな喧嘩の達人でも、足場がぬかるんでりゃ力は出せねぇ」
坂上は、太い指で目前の「泥濘地帯」を指し示した。
「平原は乾いているが、ジャングルの入り口はまだ雨季の泥水が抜けきっちゃいない。……30トンの鉄の塊が、あの泥沼に突っ込めばどうなるか」
坂上の言葉を証明するように。
先頭を進んでいたシャーマン戦車が、ジャングルの境界線を越えた瞬間、急激にその速度を落とした。
ギュルルルルルッ!!
「な、なんだ!? キャタピラが空転しているぞ!」
「泥だ! 表面は乾いているように見えたが、地中に底なしの泥沼が隠れている! 前進不能だ!」
イギリス軍の戦車長たちがパニックに陥る。
坂上は、平原に出なかっただけではない。あえて敵の戦車部隊を、ジャングル特有の『乾かない泥濘』という天然の罠へと誘い込んでいたのだ。
「馬鹿め。イージス艦でも、座礁すりゃただの鉄の的だ」
坂上は、手作りの成形炸薬弾をポンと叩いた。
「装甲の厚い正面は狙うな。泥で動けなくなった戦車の『側面』と『後方のエンジンルーム』の装甲に、こいつを磁石で貼り付けて、導火線を引け。……喧嘩の基本だ。動けないデカブツは、死角からボコボコにしてやれ」
「へへっ……! 総長(閣下)の言う通り、喧嘩なら任せてくだせぇ!」
元・浅草のヤクザだった分隊長が、成形炸薬弾を抱え、泥の中をトカゲのように這い進み始めた。
史実の特攻とは違う。敵は泥で動けず、しかもジャングルの木々が死角を作っている。彼らは完全に「安全な位置」から、戦車に肉薄していく。
「第一小隊、仕掛け終わりました!」
「第二小隊も完了!」
泥だらけの対戦車猟兵たちが、シャーマン戦車の死角に取り付き、装甲に爆雷をセットしては、素早く塹壕の中へと退避していく。戦車内のイギリス兵は、外の泥とエンジンの爆音のせいで、自分たちの装甲に「死神の爆弾」が貼り付けられたことに全く気づいていない。
「……よし。点火」
坂上が、冷徹に言い放った。
ズガァァァァァァァァンッ!!!!
連続する凄まじい爆発音が、インパール平原の空気を震わせた。
だが、ただの爆発ではない。
すり鉢状に成形された火薬が爆発することで、超高温・超高圧の「金属のジェット水流(モンロー効果)」が発生する。
パシュッ!!
何万発の銃弾を弾き返したシャーマンの側面装甲が、まるで熱したナイフでバターを切るように、一瞬にしてドロドロに溶かされ、貫通された。
超高温のメタルジェットが車内に吹き荒れ、搭載されていた弾薬に引火する。
ドゴォォォォォォンッ!!!
「ギャアアアアアッ!!」
「戦車が! 先頭の戦車が爆発したぞ! な、何が起きたんだ!?」
後続の戦車兵たちが、炎を噴き上げてハッチから吹き飛ばされる仲間たちの姿を見て、絶望の悲鳴を上げた。
大砲の撃ち合いでもない。ただジャングルの泥に足を踏み入れた瞬間、何もないところから装甲をぶち抜かれたのだ。
「後退しろ! 泥から出ろ! これは罠だ!!」
戦車部隊の指揮官が泣き叫ぶように無線で命じる。
だが、パニックに陥った戦車群は、後退しようとして互いに衝突し、さらに深く泥濘へとキャタピラを沈めていく。
そこへ、容赦のない「第二波」が襲いかかった。
「逃がすかよ、坊ちゃん共! たっぷり可愛がってやるぜェ!」
「ヒャッハー! 大英帝国の鉄屑が、よく燃えるぜ!」
完全に動きを止めた戦車の群れは、泥の中を自在に這い回る日本軍の対戦車猟兵たちにとって、ただの巨大な「ボーナス標的」でしかなかった。
次々と装甲に成形炸薬弾が貼り付けられ、インパール平原の入り口で、誇り高き大英帝国の戦車が次々と炎のダルマに変えられていく。
* * *
「……馬鹿な。嘘だろ……?」
数キロ後方の司令部で、双眼鏡を覗いていたスリム中将は、膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えていた。
自らの最大の物理的暴力であった「100両の戦車旅団」が、一発の対戦車砲すら持たないはずの日本軍歩兵によって、一方的に解体されていく。
装甲をぶち抜く未知の爆雷。そして、戦車を泥沼に誘い込む悪魔のような誘導戦術。
「……ムタグチ。貴様は……ジャングルの泥濘すらも、己の兵器として組み込んでいるというのか……!」
スリムの全身から、ドッと冷や汗が噴き出した。
航空支援は情報戦で無力化され、戦車部隊は泥と手作り爆弾で粉砕された。
大英帝国の常識は、あの男の前ではすべてが裏目に出る。
「……閣下」
ジャングルの縁で、燃え盛る戦車の炎を背に浴びながら、佐藤師団長が震える声で坂上に尋ねた。
「敵の機甲部隊は、完全に沈黙しました。……凄まじい威力です。これならば、戦車など恐るるに足りません」
「ああ。鉄の塊だろうが、理合で急所を突けば簡単に崩れる」
坂上は、燃えるシャーマン戦車の残骸から火を移し、新しい『プレイヤーズ』のタバコを深く吸い込んだ。
そして、炎越しにインパール市街地――スリム将軍のいる方角を、冷酷な目で睨み据えた。
「航空機も、戦車も潰した。……スリムよ、そろそろ手駒が尽きたんじゃないか?」
坂上の瞳の奥で、J5の冷徹なアーキテクトと、元・暴走族総長の圧倒的な『覇気』が、最終決戦に向けて完全に極まっていた。
インパール平原に、大英帝国の絶望の炎が赤々と燃え盛っていた。




