EP 3
野戦CIC(空を支配する情報統制)
キュィィィィィィンッ!!
空気を切り裂くような金属音と共に、インパール平原の上空から、十数機の『ホーカー・ハリケーン』戦闘爆撃機が、ジャングルの縁に潜む第15軍の陣地へと急降下を仕掛けてきた。
大英帝国第14軍司令官、スリム中将が放った「空からの鉄槌」である。
ダダダダダダダッ!!
主翼に搭載された12丁のブローニング機関銃が火を噴き、ジャングルの木々をなぎ倒し、泥を跳ね上げ、塹壕の土嚢を粉々に粉砕していく。
凄まじい轟音と土煙。史実であれば、この一方的な空からの暴力の前に、日本兵たちは為す術もなくひれ伏し、あるいは無謀に小銃を空へ向けて撃ち返し、次々と肉片に変えられていった。
だが。
土煙が晴れた後、ハリケーンの操縦席に座るイギリス空軍のパイロットたちは、目を疑った。
「……メーデー! こちらレッドリーダー! 攻撃目標の塹壕に、敵兵の姿なし! もぬけの殻だ!」
「ブルー2、了解! 爆弾を投下したが、着弾地点には丸太と土嚢のダミーしかないぞ! 奴ら、どこへ消えたんだ!?」
無線の向こうで、パイロットたちの困惑する声が交錯する。
彼らが蜂の巣にしたはずの塹壕には、一人の死体も転がっていなかった。
* * *
「……レッド中隊、目標セクター4に機銃掃射。ブルー中隊、セクター7へ爆撃。……全弾、事前の退避指定エリア(ダミー陣地)に着弾しました。我が方の被害、ゼロです」
同じ頃。ジャングルのさらに奥深くに構築された、分厚いコンクリートと丸太で覆われた地下壕。
そこには、昨夜の夜襲でイギリス軍から奪い取った最新鋭の『No.19ワイヤレスセット(大型無線機)』が数台並べられ、英語に堪能な情報将校たちが、ヘッドホンを耳に押し当てて敵の交信をリアルタイムで翻訳していた。
「よし。次が来るぞ。レッド中隊が旋回に入った。機首の向き、南西。目標はセクター2の右翼陣地だ」
机に広げられた巨大な陣地図の上に、チェスの駒を動かすように次々とマーカーが置かれていく。
その中心で腕を組み、冷徹な目で盤面を支配しているのは、第15軍司令官・坂上真一(牟田口)であった。
「セクター2の守備隊に伝達。直ちに壕の奥へ退避しろ。……一分後に、頭上から鉛の雨が降るぞ」
「ハッ! 有線電話にて伝達します!」
これこそが、防衛省J5においてミサイル防衛システムの構築に携わってきた男の真骨頂。
レーダーが存在しない昭和のジャングルにおいて、坂上は「敵の戦術無線を傍受・解析」することで、擬似的な『野戦CIC(戦闘指揮所)』を組み上げたのだ。
「閣下……! 凄まじい精度です。敵機の動きが、まるで手に取るように……!」
佐藤師団長が、感嘆の声を漏らす。
「イージスシステムってのはな、強力なミサイル(大砲)を積んでいるから最強なんじゃねぇ」
坂上は、奪ったタバコの煙を細く吐き出した。
「飛んでくる敵の弾(情報)を完璧に処理し、どこに落ちるかを事前に計算する『頭脳』があるから無敵なんだ。……パイロットが無線でペラペラと攻撃目標を喋ってくれるなら、避けるのは造作もない」
イギリス軍の航空支援は、地上部隊との連携を密にするため、無線交信を多用する。それが、現代の情報戦を知り尽くした坂上にとっては「どこを撃つか事前に教えてくれている」のと同じだった。
「……だが、ただ避けてばかりじゃ、ヤンキー(俺たち)のメンツが立たねぇな」
坂上の瞳の奥で、エリート官僚の理性と、元・暴走族総長の獰猛な殺意が完璧に融合し、怪しい光を放った。
「空飛ぶ坊ちゃん共に、手痛い『しっぺ返し』を喰らわせてやる。……通信班、レッド中隊の引き起こし(ダイブ離脱)の予測軌道を出せ」
「はっ! 敵機はセクター2を掃射後、高度を稼ぐために山側(北北西)へ機首を上げるパターンを繰り返しています!」
「そこだ」
坂上は、地図上の一点――敵機が必ず通過するであろう「空中への抜け道」を、太い指でドンッと叩いた。
「対空機銃座(九九式軽機)に命令。敵機を直接狙うな。……指定した空間(座標)に向けて、全弾『置き撃ち』の弾幕を張れ。敵が勝手に飛び込んでくる」
* * *
「クソッ! イエローモンキー共め、どこに隠れやがった!」
ハリケーン戦闘機のレッドリーダーは、空の塹壕に三度目の機銃掃射を終え、苛立ちながら操縦桿を手前に引いた。
機体が重力に逆らい、北北西の空へ向かって急上昇していく。
速度が最も落ち、回避機動が取れなくなる、航空機にとって一番の「死に体」となる瞬間。
その、レッドリーダーが上昇しようとした『何もない空間』に。
突如として、地上から無数の曳光弾が、まるで目に見えない巨大な網のように展開された。
「なっ……!?」
避ける暇などなかった。
日本軍は、レッドリーダーを狙って撃ったのではない。レッドリーダーが「1秒後に到達する空間」に、あらかじめ弾幕を置いていた(・・・・)のだ。
完璧な未来予測による、対空トラップ。
ガガガガガガガッ!!!
ハリケーンの機体下部からエンジンカウルにかけて、九九式軽機関銃の7.7ミリ弾が蜂の巣のように突き刺さる。
「被弾した! エンジンから火を吹いている! メーデー、メーデー!!」
「レッドリーダーがやられた! 脱出しろ!!」
黒煙を吹き上げたハリケーンは、そのままインパール平原の泥濘へと墜落し、凄まじい爆発炎上を起こした。
パニックに陥るイギリス空軍の無線を、地下壕で聞いていた坂上は、ニヤリと唇を吊り上げた。
「……撃墜一機。システムは正常に作動しているぞ。さあ、弾薬が尽きるまで踊らせてやれ」
絶対的な制空権を持っていると信じていたイギリス空軍は、見えない『イージスの盾』によって完全にコントロールされ、一方的に弾薬と燃料を浪費させられていく。
* * *
「……空軍は何をやっているのだ!!」
インパール市街の前線司令部。
スリム中将は、双眼鏡越しに自軍の戦闘機が黒煙を上げて墜落していく様を目撃し、激怒と共に机を叩いた。
「数百発の爆弾を落として、敵陣地に全くダメージを与えられていないだと!? 逆に撃ち落とされているではないか!!」
「か、閣下! 航空部隊からの報告によりますと、日本軍は我々の爆撃の『直前』に完璧なタイミングで陣地を移動し、さらに我々の死角(引き起こし位置)を正確に狙って対空砲火を張っていると……!」
スティーブンス大佐が、震える声で報告する。
「まるで、我々の行動がすべて筒抜けになっているようだ、と……!」
「筒抜けだと……? 馬鹿な。ジャングルの野蛮人が、我々の戦術通信をリアルタイムで解析しているとでもいうのか!?」
スリムの背筋に、氷をねじ込まれたような悪寒が走る。
鉄パイプを持った暗殺の死神。
大英帝国の物資をピンポイントで奪う強盗。
そして今度は、空の支配権すらも手玉に取る『完璧な情報統制』。
(ムタグチ……お前は一体、何者なのだ……!!)
大英帝国の誇る「圧倒的な火力」が、目に見えない情報戦の前に空回りしていく。
だが、これでスリムの持ち駒が尽きたわけではない。
「……空が駄目なら、陸だ」
スリムは、血走った目で平原に並ぶ100両の『M4シャーマン中戦車』を睨み据えた。
「奴らの情報戦がどれほど優秀であろうと、戦車の分厚い装甲を歩兵の小銃で撃ち抜くことは物理的に不可能だ。……第254インド戦車旅団、前進開始! ジャングルごと、あの悪魔の頭脳をキャタピラで轢き潰せ!!」
空の猛禽が退き、ついに大地を揺らす30トンの鋼鉄の獣たちが、地響きを立てて第15軍の陣地へと殺到し始めた。




