EP 7
大英帝国の宝物庫(略奪戦)
豪雨と闇に包まれた、イギリス軍第25ポンド重砲陣地。
その静寂は、坂上真一(牟田口)が振り下ろした鉄パイプの一撃ではなく、工兵出身の部下が仕掛けたTNT火薬の咆哮によって破られた。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
巨大な火柱が、雨雲を焦がすように噴き上がる。
連日、第15軍を苦しめてきた長距離砲の砲身が、飴細工のようにへし曲がり、駐退機が吹き飛んで泥の中へ転がった。
「敵襲ッ! 敵襲だァァァッ!!」
「日本軍だ! バカな、どこから入った!?」
警報が鳴り響く。だが、遅い。あまりにも遅すぎる。
すでに陣地の中枢部には、泥と殺気をまとった五十人の「悪鬼」が浸透していたのだ。
「ヒャッハー!! 祭りだオラァ!!」
「イギリスの坊ちゃんたち、寝込みを襲って悪かったなァ!!」
元・浅草のヤクザや、大阪の喧嘩自慢たちで構成された決死隊が、雄叫びを上げてテント群へ雪崩れ込む。
パニック状態で飛び出してきたイギリス兵たちは、銃を構える暇もなく、ククリ刀の餌食になるか、あるいは坂上の鉄パイプでヘルメットごと意識を刈り取られていった。
「殺すな! 抵抗しない奴は殴って気絶させろ! ……俺たちの狙いは『首』じゃねぇ!」
坂上が、血の滴る鉄パイプを肩に担ぎ、最も巨大な兵站テントの前で仁王立ちして叫んだ。
「この中だ! 『お宝』はここにあるぞ! 根こそぎ奪えッ!!」
* * *
バリバリバリッ!
分厚い防水布を引き裂いて、兵士たちが補給テントの内部へ侵入した。
カンテラの灯りに照らし出されたその光景に、全員が息を呑んだ。
「こ、これは……!!」
そこは、まさに『宝の山』だった。
木箱には、大英帝国の国章と共に、夢のような品名が印字されている。
『Corned Beef』
『Orange Marmalade』
『Scottish Shortbread』
『First Aid Kit(医療キット)』
そして、木箱の隙間には、高級ウイスキー『ジョニー・ウォーカー』の瓶が、宝石のように並んでいた。
「うおおおおッ! コンビーフだ! 肉だ、肉の缶詰だぞォォッ!!」
「こっちはジャムだ! ビスケットもある! 全部だ、全部持ってけ!!」
飢えと粗食に耐えてきた兵士たちが、狂喜乱舞して木箱に群がる。
彼らはポケットといわず、背嚢といわず、持てる限りのスペースに缶詰を詰め込み始めた。
重い弾薬帯など、邪魔だとばかりに投げ捨てる者もいる。
「……ふん。現金な奴らだ」
その様子を眺めながら、坂上はテントの奥、将校用の私物棚へと歩み寄った。
彼には、コンビーフよりも優先すべき『獲物』があった。
「……あった」
坂上の目が、怪しく光った。
棚の最上段。湿気を避けるように丁寧に保管されていた、ブリキの平缶のタワー。
海軍旗の水兵が描かれた、あのパッケージ。
『Player's Navy Cut』――50本入り缶が、10個、いや20個はある。
さらにその横には、芳醇な香りを漏らす麻袋。中身は間違いなく、本物の『コーヒー豆』だ。
「……待ちくたびれたぜ、相棒」
坂上は、鉄パイプを小脇に抱え、愛おしそうにタバコの缶とコーヒー豆の袋を抱え上げた。
震える指で、その場にあった缶の一つを開ける。
ぎっしりと詰まった純白の巻き紙。湿気ていない、極上のバージニア葉の香り。
一本を取り出し、ジッポで火をつける。
――スゥゥゥ……。
「…………ッあ゛ぁ〜〜……生き返る……」
紫煙と共に、坂上の身体からどす黒い殺気がスゥッと抜け、代わりに防衛省J5のエリート官僚としての冷静な知性が、急速に再起動していくのが分かった。
脳髄に染み渡るニコチン。これさえあれば、彼は「怪物」でいられる。
「総長(閣下)! 敵の増援部隊が近づいてます! そろそろズラかりましょう!」
両手にウイスキーの瓶を抱えた分隊長が、血相を変えて飛び込んできた。
「ああ。……潮時だな」
坂上は、奪ったタバコとコーヒーを、持ってきた防水袋へ丁寧に、しかし迅速に詰め込んだ。
「野郎ども、引き上げだ! 欲張りすぎて走れねぇ奴は置いていくぞ!」
「おうよ!!」
坂上の号令一下、兵士たちは略奪品でパンパンに膨れ上がった袋を担ぎ、脱兎のごとくテントから飛び出した。
「待て! 貴様ら、大英帝国の財産を……!」
騒ぎを聞きつけて駆けつけたイギリス軍の将校が、拳銃を抜こうとする。
ヒュンッ!!
坂上が走りざまに放った鉄パイプが、将校の手首を正確に叩き折った。
銃が泥の中に落ちる。
「……釣りはいらねぇよ。ありがたく頂戴していくぜ、坊ちゃん」
坂上は、タバコを咥えたままニヤリと笑い、痛みでうずくまる将校の横を風のように駆け抜けた。
* * *
数分後。
イギリス軍の主力部隊が駆けつけた時、そこに残されていたのは、ひしゃげた大砲の残骸と、空っぽになった補給テント、そして頭を抱えて呻く歩哨たちだけであった。
「……やられた。完敗だ」
茫然と立ち尽くすイギリス軍将校の足元には、泥にまみれた紙片が落ちていた。
それは、坂上があえて残していった、空のタバコ缶の裏に書かれたメッセージだった。
『Thanks for the coffee & smoke. —— From 15th Army, Mutaguchi』
(コーヒーとタバコをありがとう。――第15軍、牟田口より)
挑発的かつ、あまりにも余裕に満ちたそのメッセージは、翌朝スリム将軍の元へ届けられ、名将のプライドを粉々に打ち砕くことになる。
豪雨のジャングル。
闇に消えた「鉄パイプの死神」と五十人の強盗団は、大戦果と共に、意気揚々と自分たちの要塞へと帰還していった。




