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第56話 セツカvsアレクサンドラ②

 『ガルダ』。

 ゲームでは自身に強化(バフ)をかけると同時に、再生(リジェネ)の付与や弱体化(デバフ)や状態異常の解除を行える強力なスキルだった。


 アレクサンドラが先程に迫る速度で駆け出す。

 単純に傷が癒え、身体能力が増強されているのもあるが、炎の翼が加速を補っているのだろう。


 両手大剣(ツーハンデッドソード)の斬撃が休むことない怒涛の嵐となって襲いかかる。


「これでもまだ余裕でいられるのかしら!?」


 アニメ等でやたら武器をクルクル回転させる魅せプがあるが、両手大剣においては合理的な戦術だ。

 風車のように旋回させ続けることで運動量を保持し、遠心力が乗った連撃を叩き込める。


 しかも『ウテナ』は攻撃を重ねる度にどんどん剣速を増していった。


 炎が軌跡となって舞い、無数の火の粉が散る。

 衝撃が遠く離れた観客席にまで響いて届く。

 剣が打ち合う鋼の音が段々と、爆発音と聞き紛う轟音となって鼓膜を震わせた。


「あ、あれが剣の打ち合いで出る音かよ……」「一撃ごとに大砲が発射されてるみたいだ……!」


 紅白(こうびゃく)の焔をまとい、舞うように剣と踊る。アレクサンドラの本領が発揮されていた。


 ──だが、それでもセツカの牙城は崩れない。


「ふうん、剣から放出される炎が乱舞を加速させてるんだ。これなら入学式前の戦いでも負けなかったはず。油断したね」


「くっ、涼しい顔して……ッ!」


 斬、斬、斬、斬、斬、斬。

 セツカを襲う猛攻はレベルの差を考慮してもまともに受けてはダメージを避けられない代物だ。

 故に彼女はまともに受けない。


 力の流れを読み取り、正確かつ流麗に受け流す。

 激流の攻撃を清流の防御がいなしていく。


「『冰雨』のパッシブは『雨洗風磨』……防御の度に攻撃力が増していくぞ」


 アレクサンドラも肌で感じ取ったのか、はたまた長引けばスタミナの差で不利になると悟ったのか。

 攻勢を途切れさせぬまま、防御と防御の合間に生まれる隙をついて次の手に転じた。


「畳み掛けるッ『アウシュニャ』!」


 『ウテナ』から発せられた炎がセツカの体にまとわりつく。拘束と同時に持続ダメージを与えるスキル、絶好のタイミングに切られた未知の手札だ。


 蛇のように絡み肌を焼く灼熱に白い煙が生じ、セツカの動きが一瞬鈍る。

 アレクサンドラにとっては絶好の機会だった。


「今よ──『アグニ』!!」


 シャクヤとの戦いでも見せたスキルだ。しかも乱舞の速度が乗せられて、威力はあの時以上。

 直撃すればレベルで勝るセツカだろうと大打撃となる爆炎は、少女の矮躯を呑み込んでいった。


 それでも勢い止まらぬ業火が観客席にまで迫るが、会場内に張られた上級の結界が影響を遮断。

 迫力満点のアトラクションに、遅れて観客席から大音量の歓声が響いた。


「ハァ、ハァ……やった?」


 『ガルダ』の効果時間が切れたのか、炎の翼が消えて息を切らす。

 炎と煙が晴れた頃には誰の姿もなかった。

 勝利を確信したのか僅かに頬がほころび、直後に不審な点に気づいたのか、表情が固まった。


 姿がないはずがない、と。


「残念、こっち」


 背後からかけられた声にアレクサンドラが勢いよく振り返ると、待ち構えていた人差し指が彼女の頬をぷにっと押した。


「なっ……貴方、なんで後ろに!?」


「『水鏡(みずかがみ)』……自分の像を反射させて生み出す虚像の水分身。貴方が攻撃したのはそれ」


「嘘、分身に成り代わる隙なんかなかっ──」


 たはず、と続けようとしたアレクサンドラの言葉が止まる。

 『アウシュニャ』の炎によってセツカを拘束した際、白い煙が上ったことを思い出したのだろう。


 そう、人体が燃えて上がるのは黒い煙だ。

 先ほどセツカの肌から生じた白煙は、煙ではなく水蒸気だったのだ。


「……読んでいた、っていうの」


「シャクヤとラニがいれば『冰雨』の特性について知ることはできる。防御に徹し続ければ、貴方は焦って勝負を決めに来る……絶好の隙だったでしょう?」


 炎による拘束はセツカの防御と防御の合間に生じる隙を狙ったものだった。

 しかしそれは彼女が意図して作り出した偽の隙、誘蛾灯だった。

 逆にスキル発動時に生まれる力みの隙を突き、後方へ跳ぶと同時に水分身を置いていたのだ。


 当然だろう。

 徒神影流の基になった新陰流は、そういった態勢を立て直す隙をこそ重点的に塞ぐ剣術なのだから。


「そして、貴方の敗北はもう確定した」


 一瞬後には致命傷を与えられていてもおかしくない距離。だというのにアレクサンドラが即座に離れようとしないのは、そうできないからだ。


 見れば、彼女の膝までが分厚い氷によって覆われてしまっていた。


「…………そう、私の負けってわけ」


「そ。このまま降参するなら頭まで凍らせないけど、どうする?」


「そんなの決まってるじゃない」


 圧倒的不利、数秒先の敗北を悟った人間に許された行為は一つ。諦めて白旗を上げることだけ。


「──最後まで足掻くだけよッ!!」


 などという真似はせず、アレクサンドラは残った可動部位である腰の靭帯が捻じ切れん勢いで黄金の大剣を振り抜いた。


 だが破れかぶれの一撃はセツカには通用しない。

 案の定防がれるも、しかし彼女の狙いはここからだった。


 大剣から手を離すと同時、セツカの手首を掴み、勢いよく腕を引いた。


「ッ、これは……組み技……!?」


「ソードレスリングよ! 下手に近づいたのは失敗だったわね!」


 そのまま密着状態に持ち込むと、腰の捻りを戻す動きを利用してセツカの体勢を崩さんと狙う。


 確かに西洋剣術では鍔迫り合いから相手を掴んで体勢を崩す組み技や投げ技があるが、この土壇場で決めに来るとは予想もしていなかった。


 今度は本気で隙をつかれたのか、セツカの首に腕が回される。

 本来はそのまま剣でトドメを刺すための技術だが、足元が凍っている以上それは厳しい。ならばどうするか。


「このまま絞め落とす……ッ!!」


 文字通り最後の勝機(ラストチャンス)、ここを逃せば後はない。

 それを理解しているからか、残る全力を懸命に振り絞っていた。


 無抵抗の相手に絞め技をかけて落ちるまでおよそ十秒ほどといわれている。

 つまりセツカは残る数秒で、この状況を打開しなくてはならない。

 不意を突かれた衝撃もあっては難しいと言わざるを得ない窮地だ。


 こんなことになるなんて思ってもみなかった。

 やめろ、お前が負けると原作に変な影響が出かねない。頼む、勝ってくれ……ッ。


「──え?」


 直後のことだった。


 完全に絞め技を決めて、勝利に王手をかけていたはずのアレクサンドラの体が、嘘のように空中で一回転した。


 何が起こったのか。投げられた本人ですら分からないまま、彼女は綺麗に宙を舞うと、背中から武闘台に叩きつけられる。


 衝撃に息を吐く。即座に起き上がろうとした首筋に『冰雨』の刃が添えられた。


「……何が起こったの」


「貴方の足を拘束していた氷を水に戻した。そしてわずかに重心が崩れた隙に抜け出して投げた……言わなかった? 貴方の敗北は確定したって」


「噓、ここまで読んでたの?」


「まあ……流石に最後のは予想外だったけど、対処法は知ってたから」


 新陰流は合気道にも深い影響を及ぼしている、その繋がりだろう。

 徒神影流は柔術も教えに含んでいる。ゲームでも柔術スキルがいくつかあった。


 今度は容赦なく『冰雨』が振られ、アレクサンドラの首が両断される。

 護符によってダメージは無効化されたものの、敗北の要件が満たされた。


「準々決勝第一試合、セツカ・オカミの勝利!」


 俺が心配するまでもなく、セツカの勝利が確定したのだった。


「……まあ、分かりきっていたがな」


 強がりじゃないよ。本当だよ。

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