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第57話 ラゴウvsセツカ

 アレクサンドラは武闘台に続く出入場口の通路を歩く。目元からあふれそうな熱をなんとか堪えていると、二つの人影が見えた。

 シャクヤとラニだ。


「……あ、サーシャ。その……お疲れ様」


「……そ」


 どんな言葉をかければいいか分からないのだろう。戸惑いが見て取れた。

 そしてアレクサンドラの方も、気丈に振舞えるほどの余裕がなかった。


 気まずい沈黙が訪れる。二人ともどうすればいいか分からないでいると、ラニがそっと歩み寄り、アレクサンドラの手を引いた。


「サーシャちゃん、ちょっとしゃがんで」


「? なにを……」


 言われるがまま、アレクサンドラは膝をつく。

 するとラニは普段の溌溂とした態度とは裏腹に、慈母然とした笑みをたたえ、優しく抱きしめた。


「と~っても頑張ってたね。わらわたち、ずっと見てたよ」


「! ……うん。すごくすごかったよ」


 金の毛髪がアレクサンドラの鼻先をくすぐる。ラニの意図を察したのか、シャクヤもまたいつかのように結果ではなく、努力の過程を称えた。


 碧眼の瞳が潤い、揺れる。

 そのまま形を成してこぼれ落ちそうだった水気は、しかし鉄の意志によってぐっとこらえられた。


「……ありがと」


 感謝を返すその笑顔は、どこか空虚な様子を隠せないでいた。


☆


「勝った。ぶい」


 顔の横にVサインを添えてドヤ笑みを湛えるセツカにおざなりな賞賛を送りつつ、俺は内心でほっと胸をなでおろしていた。


 アレクサンドラの敗北は彼女の人格的、能力的な成長につながる重要イベントだ。

 最悪俺が叩き潰せばいい話だが、理想的な展開になってよかった。


「いがみあっていた割には優しく手ほどきしてやっていたな」


「……まあ黒十字が『ウテナ』を狙っている以上、あの王女様には強くなってもらわないとだし」


 原作だと無言で淡々と打ちのめしていたというのに、この世界だと逐一解説まで入れて甘いことだ。


「次代の王が他国の魔剣使いに敗北した……この意味が持つところは大きい。あの王女様の真価が問われるのはここからだ」


 本編通りの流れだと今頃シャクヤとラニに慰められている。それを素直に受け止めきれない彼女の繊細な心情が描かれるのだ。


 アレクサンドラは高飛車な王女様がストーリーを通して曇らせられまくるというのも魅力の一つなので、思う存分曇ってほしいところだ。


「真価問われすぎじゃない?」


「うるさい」


 妙な揚げ足取りをしてくるセツカを雑に遮断して、俺は残る準々決勝の試合の行く末を見届ける。

 シャクヤ、およびサルファは難なく準決勝に駒を進めた。


 最後は俺だ。仮面をつけた相手を秒殺する。

 普通こういうトーナメントもので出てくる謎の仮面キャラって絶対重要なポジションだろうに。


「…………」


 やられる時も立ち去る時も終始無言な奴だった。

 ここまで意味深だと逆に自分の原作知識を疑いたくなってくる。あんな奴いたっけな……。


「さあ、刀剣武闘会もいよいよ大詰め。次からは準決勝となります。例年はもっと白熱した試合が繰り広げられ、時間も長引くものですが、今年は図抜けた強者が多く進行も早いようです。ですが……今年の武闘会、本番はここからといえましょう」


 正午前から始まって、現在時刻は日が傾き始めた頃。百人規模の参加者がいながら五、六時間で準決勝というのは確かに早すぎるくらいだ。


「準々決勝でも我らが王女殿下とシュテッケンの剣姫による魔剣の衝突が見られましたが、この準決勝まで勝ち進んだ戦士たちは全員が魔剣使い! これより始まる試合はすべて、魔剣同士の戦いとなります!」


 爆発するような歓声が上がる。味気のない戦闘が続いた分、ようやく届いたお待ちかねのメインディッシュという感覚なのだろう。


「たった一本で国同士の戦争を左右すると云われ、真実これまで歴史上幾度となく表舞台に姿を現し、数多の戦場で猛威を振るってきた魔剣! その使い手たちが一堂に介し、たった一人の王者を決める! 刀剣武闘会の歴史に刻まれる名試合が、今まさに花開かんとしています!」


 シャクヤ、サルファ、セツカ、そして俺。

 魔剣科の生徒達が独占する準決勝の幕開けだ。

 

「それでは早速、準決勝第一回戦を飾る花々の紹介に移りましょう! 彼方、準々決勝で王女殿下と壮絶な試合を繰り広げ、見事勝利を収めた氷の姫君、セツカ・オカミ! 此方、これまでたったの一撃で勝負を決めてきた影の刺客! ラゴウ!」


 出入場口から歩を進め、武闘台の上に立つ。

 対するは銀髪碧眼の剣士、妹弟子セツカだ。


「……十剣(シュヴェルト)同士、こんな衆人環視の場で本気を出して手の内を晒すのはご法度」


「よく理解しているようだな」


「でもごめん。最近ラゴウと仕合ってないから、久々に本気で戦いたくなった」


「は?」


「それでは準決勝第一試合、始め!」


 レイピアの魔剣が振り下ろされ、開戦の合図が下りる。直後のことだった。


「雪ぎ落とせ『冰雨(ひさめ)』」


 待ったなし、事態を呑み込むよりも早くセツカが魔剣の起唱を呟き、過冷却水の斬撃を飛ばした。

 受ければ凍結によって体の自由が奪われる。


「廻れ『永闇(とこやみ)』」


 ならばと、起唱と共に影に潜ることで水の斬撃を回避。武闘台を超え場外の結界にぶつかると同時に山のような氷塊を生み出した。


 避けて正解だったと安心しつつ浮上して、迫る『冰雨』の刃を鍔迫り合いで受け止める。


「何のつもりだ……!?」


「可愛い妹弟子からの挑戦状。受けてくれる?」


「無理矢理押し付けながら言うセリフかッ」


 透き通る氷の太刀と光を呑み込む闇黒の刀身が火花を散らす。間違いない、こいつ本気だ。


「大丈夫。『起唱』状態での戦闘だから、安心して全力を出してくれていい」


「どこに安心できる要素があるん、だッ!!」


 瞬間的に柄を深く握り、力を込めて刀を振るう。膂力では圧倒的に俺に分がある以上、セツカは力に逆らわず後方へ跳ぶという選択をするしかない。


 つまりその瞬間、片足なり両足なりが地面から離れる。その隙を突いて俺は即座に距離を詰めた。


「『天泣(てんきゅう)』」


 だがこうなることをセツカも読んでいたのだろう。眼前の空気が僅かに揺らぐ。

 口に出されたスキルの名前を聞いて、前方へ進む勢いを無理に殺して後ろに跳んだ。

 直後、何もない空間から水の斬撃が発生した。


「空気中の水分に干渉し、無拍子(ノーモーション)で斬撃を発生させるスキル……厄介だな」


「避けられる方も避けられる方だけどね」


 日はまだ傾き切っておらず、武闘台にかかる影はほとんどない。つまり『影食(かげはみ)』は発動困難。

 仕方がないので接近して刃を振るう。が、


「『雨傘(あまがさ)』」


 セツカの体が冷気の羽衣をまとう。

 太陽剣『ウテナ』のパッシブ『日輪の羽衣』に似た様相だ。そして効果も大体同じ。


 振るった黒刀が冷気の羽衣に触れると同時、雪の結晶を模した盾が発生し、斬撃を受け止める。

 パリィンッという音と共に結晶の盾を砕くことには成功したが、刃もまた弾かれてしまった。


「防御に長けた『冰雨』の能力補正に加え、『雨傘』による自動防御……長期戦に持ち込む気か」


「『永闇』は基礎能力強化において他の魔剣に劣る……そして影の少ないこの舞台。素の力量では離されていても、これなら粘るくらいはできる」


 『冰雨』の影響を受けて気温が氷点下近くまで下がり始めたのか、吐く息が白く曇る。

 ただ数合打ち合うだけで環境に影響を及ぼす。魔剣の恐ろしさが文字通り肌で感じられた。

 かすかに見えた勝機に微笑むセツカ。だが彼女は一つ失念していることがある。


 ──それは技術面において、俺より上回っている場合にのみ成り立つ理論だ。


「……剣に限らず、こと戦闘において無拍子(ノーモーション)というのは恐ろしい。予備動作のない攻撃はそれだけで対処に難儀するものだ」


 俺の『縮地』も同じだ。相手に動きの前兆を読み取らせずに接近する。

 アレクサンドラ戦でセツカが見せた『戦(そよ)ぎ』もそう。無拍子というのはそれだけで厄介な技術だった。


「だが真に重要なのは予備動作がないという点ではなく、『タイミングを測れない』という点だ」


「……なにを」


「今からお前に、その意味を教えてやる」


 シャクヤの目がある以上"縮地"は使えない。

 まだ天狗面の男と結びつくわけにはいかない。

 故に、まだ見せていない技術で勝利する。


「いくぞ」


 魔力を足に集中させると同時、爆発的に放出して加速。セツカは刀を構え、防御の体勢を取った。


 『雨傘』もある以上、どの角度から打ち込んでも斬撃はガードされてしまうだろう。

 ならば打ち込むには、奴のガードのタイミングをズラすしかない。


 どうすればいいのか。

 俺は姿勢を低くして懐に潜り込むと、左(・)下(・)か(・)ら(・)右(・)斜(・)め(・)上(・)の逆袈裟に刃を切り上げた。


「結晶の盾だけじゃ防ぎきれない、けどッ」


 だがセツカの眼は確かだ。

 アレクサンドラの亜音速突進にも対応可能な技量は、俺が振るった斬撃を防ぐには十分が過ぎた。

 完璧な拍子(タイミング)で『冰雨』が『永闇』を捉えた。


「よし──!」


 凌いだと、そう確信したセツカの表情を見て、俺は勝利を確信した笑みを浮かべた。


「ああ──お前なら合わせてくれると思ったよ」


 一閃。

 右(・)下(・)か(・)ら(・)左(・)斜(・)め(・)上(・)に(・)切(・)り(・)上(・)げ(・)ら(・)れ(・)た(・)黒刀が、セツカの胴体を逆袈裟に切り裂いた。


 持ち主のダメージを肩代わりする護符がその役目を終え、半ばから両断されてはらりと落ちる。

 彼女はさっきとは逆に、信じられないといった様子の表情を浮かべていた。


「……なんで、防いだ逆方向から」


「簡単な話だ。お前が防御したのは、俺と重なるよう生み出した『影分身』の動きだった」


 『影分身』には実体がない。

 故に俺と全く同じ位置に生み出すことも、全く同じ動きをさせることもできる。


 そうして二重存在として動かす『影分身』を攻撃の瞬間だけ僅かに先行させる。

 すると相手は『影分身』の動きを俺自身の動きと錯覚して対応してしまう。


「あとは後出しジャンケンだ。こちらはお前の動きを見てから攻撃を繰り出せばいいだけ」


 "転拍子(てんびょうし)"、それがこの技の名前だった。


「俺の勝ちだ。生憎だったな」


「……本当、手加減してくれないね」


 刀を鞘に納める。同時に、俺の勝利を告げる宣言が会場中に響き渡った。

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