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第29話 葬斬『去渡』

 終わった。

 改めて、盤面が詰んだことを思い知らされる。


「き、綺麗……」


「どうも。けれど外見なんてどうでもいい、重要なのは中身だよ少年。武器の性能という、ね」


 フヨウが初めて剣を構えた。

 もう「はいクソーやってられんわこのクソゲー」状態だが、最後まで諦めずに足掻いてみる。


「勿体ぶったお披露目をしたが、実は『去渡』それ自体はサポート向きの魔剣でね。火力という点では他の魔剣に劣る」


「《指月しげつ迷妄めいもう天魔てんまさわり邪見じゃけん殺生せっしょうそこなう爪が奈落に落とす》術式38項『黒影爪シャドウクロウ』」


 中級闇魔法によって形作られた影の爪を放つと同時、初見のはずのカマイタチを隠して放つ。

 不可視の風の斬撃だ。普通なら防げない。

 だが、本来見えないモノも見える『天眼』を持つ奴には通じない。


「『波羅羯諦はらぎゃてい』」


 魔法も風の斬撃も奴の剣に触れると同時、音もなく消え去ってしまった。


「今、彼が放った攻撃を別次元に飛ばした。対象にもよるが、『去渡』の刀身に触れた物はこの剣が形作る異空間に転送することができる。タイミングさえ合わせれば実質的に遠距離攻撃を無効化可能だ」


 遠距離限定の判定ゆるゆるジャスガスキルだ。


「す、すっご」


「お次は追加の解説ついでに、彼の魔剣を拝借してみようか」


 もう嫌な予感しかしないが対応を続行。

 魔剣を真正面から受け止められるはずもないのでこちら側から踏み込み、切り掛かる。

 数合打ち合い、フヨウの白い髪先をわずかに切断することには成功した。

 が、それ止まりだった。


「これなーんだ?」


「ッ、俺の剣が……!」


 『去渡』に受け止められた贋造魔剣が、いつの間にか奴の空いている方の手に握られていた。


「このように『去渡』は相手の所持品を奪える。相手との魔力差次第では防がれるが、私は強いのでその辺無理も利く」


 『臨死奪衣りんしだつえ』というパッシブスキルだ。

 レベル差によって変動する確率で相手の装備や所持品を奪う効果を持っていた。

 魔剣は例外の筈だが、贋作では例内のようだ。

 この世界では魔力差によって変動し、戦ってる相手の武器を奪うクソゲーも仕掛けられるらしい。


「邪魔なら異空間送りにできるし、自由に取り出すこともできる。『去渡』は便利な収納ポケットでもあるわけだ」


 フヨウは風の贋造魔剣をまじまじ見つめると、戦闘中だというのに考察を始めた。


「なるほど、風魔法の術式が組み込まれているのか。『ウテナ』による炎の羽衣を突破できたのは……ふうんむ、剣を真空で覆うことで炎の干渉を防いだといったところかな?」


 ははっ、遂には丸腰だよ。

 バレるリスクの方を恐れて『永闇』を置いてきたのが仇になった。

 あればまだ最悪の事態は防げたものを。


 もうダメだ、おしまいだぁ。

 勝てるわけがない。あいつは伝説のスーパー魔剣使いなんだぞ。


「うーん正に芸術! 製作者の方に是非ともお会いしたいものだねぇ!! ……その為にも、君のことは丁重にもてなさせてもらおうか」


 口角すら上げながら悠々と近づいてくるフヨウに対して、こちらが打てる手は何一つとして存在しない。


 贋造魔剣ファルシュすら失った哀れな俺と、魔剣を解放した『王国最強』。こんなの無理ゲーにも程がある。

 

 原作通りにするだけの簡単なお仕事。

 そう思っていたのに、どうしてこうなった。

 徒手空拳でも戦えるが、魔剣持ち相手では素手で岩山を砕くが如き難行だ。


 もう諦めるしかない。

 膝をつき、手を挙げて降伏の意を示そうとして、


 ──この程度の危機で諦めるような凡夫に理想のライバルキャラが務まるものかと、何より早く魂が反抗の意を示した。


 パンパン、と一定のリズムで拍手することで乾いた音を鳴らす。


「見事だ『王国最強』。まさかここまでしてやられるとはな。侮っていたわけではないが、見積もりが甘かったと言わざるを得ない。賞賛に値する」


「……これまた唐突に褒めてくるじゃあないか。まあ素直に受け取っておくが、時間稼ぎでもして何か狙いでもあるのかい?」


「まさか、俺の手札はもう残されていない。万策尽きた、というやつだ」


「……嘘ではないようだ」


 そう、嘘ではない。『天眼』による優れた洞察力で他人の嘘や感情すら見通せるフヨウ相手に下手な芝居が通じるとは思っていない。


 だから正直に詰みの盤面であることを明かす。そうすることで向こうに圧倒的優位である自覚を抱かせる。


 不思議なものでどれだけ気を付けていても、人は勝ち確の状況になると油断する。

 悪の組織のキャラが敗北寸前の主人公に「冥土の土産に教えてやろう」とか言って無駄に情報をペラペラ話すように、どんな強者であっても一分の隙が生まれる。


 たった一分、されど一分の隙が。


「ああ──俺には、な」


 この状況を打開する、アリアドネの糸となる。


「ッ!?」


 異変を感じたフヨウが咄嗟に飛びのく。命中してくれるのが最良だったが、後ずさってくれたなら御の字だ。


 直後、一瞬前までフヨウがいた場所の地面が引き裂かれた。

 不可視の斬撃が大地を抉り取ったかのような傷跡だった。

 そう、まるで()()()()()()()()()()()()()()()


「でかしたッ」


 そして、その時が来るのを信じて待っていた俺もまた全力で後ろに下がる。

 フヨウも追ってこようとしたが、次の展開を想像できたのか方向転換してシャクヤの方へ走った。

 正解だ。


「少年、ちょいと失礼するよ!!」


「うえっ!?」


 今度はシャクヤに向けて放たれた不可視の斬撃が『去渡』によって防がれる。

 不可視だというのに当然の権利のように視認しているのが腹立たしいが、問題ない。これだけ時間を稼いでもらえたなら十分だ。

 闇の中に姿を隠し、全速力で奴らから距離を取った。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!!」


 それでもまだ安心はできなかったが、シャクヤを危険にさらしてまで俺を追っては来ないだろう。


 ましてや贋造魔剣ファルシュという土産品まで渡してやったのだ。深追いしなくていい、と思わせるための布石は打ってある。


 同時に『幕』が上がる。

 どうやら撤収の準備に入ったようだ。

 あらかじめ決めておいた待ち合わせの場所に向かうと、サクナではなく今回俺を救ってくれた仏様が立っていた。


「よく助けてくれたな……ルートヴィヒ」


「これくらいはお安い御用さ。それに一応は組織の長である君から、あのように無様で滑稽なSOSを求められては助けざるを得ないだろう?」


 ぶっ飛ばしてやりたくなったが、今回逃げ切れたのは全部こいつのおかげなので何も言えなかった。


「あらかじめ話は聞いていたが、よく『オーベルテューレ』を持ち出せたな」


「アベリア嬢は今や黒十字における魔剣研究の筆頭。その彼女を抱き込んでいるのだから、多少の無理は利くさ」


 そう、不可視の攻撃を繰り出した主の正体はルートヴィヒ・シックザールだった。


 フヨウに対して鳴らした拍手。

 あれは一種のモールス信号のようなもので、黒十字の団員にのみ通じるコールサインの一つだった。

 意味は……『至急救援求ム(はやくたすけて)』。


「しかし……ハハッ、傑作だった。まさか小手調べの練習曲(Etude)で挑んだ先の戦いで二人の魔剣使いと出くわすとは。それも片方は『王国最強』ときた」


「……よく俺からのサインを感じ取れる場所にいてくれた、感謝する」


「元々そういう役回りなんだ、当然さ。君の無様な助奏(Obligat)の要請を感じられて満足したよ」


 ドヤ顔を向けてくるルートヴィヒ。

 死ぬほどムカつくが、助かったのは事実だ。


 あのサインに気が付けるのは人並外れた感知能力を持っているルートヴィヒくらいなものだ。

 見事その期待に応えてくれたのだから、感謝こそすれ怒る資格はない。


「精々気を付けてくれ。癪だが、君は私の奏者(Rivale)なんだ。私に倒される前に、他の誰かに倒されるなんてつまらない終止(Schluß)は迎えてくれるなよ」


 そう言って、解放していた奏弦『オーベルテューレ』を休眠状態に戻し、どこかへと去っていった。

 あとに残されたのは用意していた去り際の厨二セリフも言えず、『本物の魔剣を使っていたらどれだけ強かったんだ……』と思わせる目論見も潰えた無様な男が一人だけ。


 …………。

 ……ええい、俺よりライバルキャラらしいムーブかましてんじゃないよ。



「ありがとうございます、フヨウさん」


「なあに、君たちは私が招いたお客人だからね。寧ろ助けに来るのが遅れて申し訳ないくらいだよ。本当に、無事でよかった」


 そういって彼女は僕らの頭を優しく撫でた。

 なんだかとってもくすぐったかった。


「助けてくれてありがとね。わらわ、フヨウさんのこと誤解してた」


「ハハハッ、見直しもらえたなら何よりだよ。なら早速お礼として研究所についてきてもらおうかな。オールで実験としゃれこもうじゃあないか」


「あ、そういうのはちょっと」


 断ると、露骨にしょんぼりした顔になった。

 ちょっと心苦しかったので、今度少しだけ研究に付き合うくらいはしてもいいかもしれない。


「……僕、もっと自分はやれると思ってました。王女様にも勝てたし。……でもあの天狗のお面の男には手も足も出なかった。完敗でした」


 二人の戦い、僕は目で追うことすら難しかった。

 悔しい。ただひたすらに悔しかった。


「……仕方ないさ。さっきの彼は中々強かったし、どこか異質だったからねぇ」


「異質、ですか?」


「ああ。私の目は『天眼』といって、簡単に言えば視覚機能に特化した魔眼なんだけれども」


 曰く、フヨウさんの目は『見る』ことに特化した魔法的効力を持っているのだという。

 見えすぎて疲れるせいで普段は専用の矯正眼鏡をかけているらしい。


 普通は感じ取れても見ることはできない微細な魔力の揺らぎさえ問題なく捉えることができる。


 さらには筋肉や骨の動きを見透かすことで相手の次の行動を察知したり、果てには生理的な身体の反応から相手の心理を読み取ることすら可能らしかった。


「そこへいくと、彼からは敵意や殺意というものが見て取れなかった。不思議だろう? まさに君を殺そうとしていたはずの相手なのに」


「それは……はい、そうですね」


「もしくは……ふむ、少し考える必要がありそうだ」


 黒十字騎士団の詳細は不明だが、目的の為なら殺人だって厭わない。そんな輩であることは確かだ。

 実際あの男だって、僕の首筋に刃を突きつけていた。

 フヨウさんが来てくれなければ、あと少しで殺されてしまっていたところで……。


「……そうじゃないのか?」


 わざわざ首筋に刃を押し当てるなんて真似をせず、そのまま首を刎ねていればよかった話だ。

 そうしなかったのは何故か。


 殺意がなかったから、ということなのか?


「何にせよ、こちらとしても諸々運が良かった。もしさっきの彼が贋作ではなく真作の魔剣を持っていたらと思うと、ゾッとするよ」


「どうしてですか?」


 フヨウさんは「決まってるじゃないか」とわずかに切断された髪先に触れ、一筋の汗を垂らしながら言った。


「その場合、私も本気を出さざるを得なかったからさ」

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