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第28話 これはアカンて

side:アベリア



『十分だ。後はフヨウが気づかないよう全力で誘導しておいてくれ。絶対だぞ、頼んだからな』


 我らが『蟲』のリーダーからの指示を聞き終えて、通信を遮断しました。


「ふう、まったく何度も何度も同じことを。それくらい言われなくても分かってますよ」


 黒十字からの指令、謎の魔剣を持つ少年少女・シャクヤとラニへの襲撃。

 威力偵察であり、可能であればそのまま殺害して魔剣を奪い取ることも命じられています。

 それをうまいこと流すべく、結界にアクシデントが生じたという言い訳を並べるらしいです。


「そこに『王国最強』が乱入してはどうなるか分かったもんじゃありませんからね」


「おーい、アベリア少女ー! 早く実験の続きを手伝ってくれたまえよー!」


 忌々しい声が聞こえてきました。

 実験と称して何徹も付き合わせるクソ女。

 自分の化け物体力を基準に人を振り回さないでほしいものですね。


「はいはい、今行きます」


 ……とはいえここに釘付けにするには好都合。

 丁度いい。別に明かしても問題ない贋造魔剣(ファルシュ)の一部機能をさも今発見したかのように報告して夢中にさせてやりましょう。


「そういえばさっき発見したんですが、どうやらこの贋作魔剣には自爆機能のようなものが搭載されているみたいですよ」


「なに、それは本当かい?」


「ええ、恐らくですが。この回路を見てください」


「ふむふむ、ここがこうなって……なるほど、前々から不思議には思っていたが自爆機能とは思いつかなかったな……!」


 過剰な魔力を流すことで急激に術式を暴走させ、自壊と同時に最後っ屁の攻撃も繰り出せる便利機能です。

 鹵獲対策につけた機能ですが、まったく有効活用されていなくて頭が痛くなりましたが。


 ま、これで数分くらいは稼げるでしょう。

 たかを括っていたアタシは、目の前の女が馬鹿と天才のラインを高速で反復横跳びしている類の人間であることを忘れていました。


「よし! それじゃあ早速実験といこうか!」


「は?」


「実証は大事だからね! 思い立ったが吉日吉秒! やってみせるよ、そーれ!☆」


 止める暇もありませんでした。

 馬鹿(フヨウ)の魔力を過剰供給された贋造魔剣(ファルシュ)は自爆して──彼女が研究所の外に吹き飛ばされる事態になりました。


「……えぇ……」


 アタシ自身は何やら結界か何かが貼られていたみたいで無事でしたが、それはいいとして。

 あの女が、外に出てしまいました。


「いたた、中々強力だねぇこれは。……ん? あれは結界……? なぜこの時間にあんなものが……それにあれは、少年少女たち……?」


 あーもうメチャクチャですよ。


「アベリア少女、ちょっと急用ができたみたいだ。一旦失礼するよ!」


 結界の方を見て何かを悟ったのか、フヨウは馬鹿みたいな速度で駆け出して行きました。

 瞬きの後にはもう見えなくなりました。

 そして、後に残されたあたしはというと。


「……一応、外の『脚』に連絡しておきますか……」


 結界があるので無駄だとは思いますが、一応。



 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。

 これはアカンこれはアカンこれはアカンこれはアカンこれはアカンこれはアカンこれはアカン。


 頭脳が全力で警鐘を鳴らす。

 今すぐこの場から立ち去れと心が叫ぶ。

 濃厚なバッドエンドフラグを魂が視認する。


「整備補給部隊長、フヨウか」


「ふうむ、私のことを知っているのかい。君は……成程、強そうだ。少年がここまでボロボロにやられるのも頷ける」


「ふ、フヨウさん。どうして」


「ちょっと研究所の外に出る機会があってね。そしたら空間に異常が見えて、こうしてやってきた」


 アベリアああああああぁぁぁぁぁ!!!!!


 だから!! こうなることが目に見えてたから!! フヨウだけは研究所に足止めしといてって頼んだのにぃぃぃぃ!!!!!


 せめて連絡してってああああああああ『幕』を降ろして内と外を遮断したのが裏目に出たあああああぁぁぁぁぁ!!!!!


「君は黒十字騎士団とやらの仲間かい? 丁度いい、贋作魔剣のサンプルに追加が欲しかったところだ。回収ついでに一捻りといこうじゃあないか」


「ハ、舐めてくれるな『王国最強』。そう上手くいくとでも?」


「王国、最強……?」


 シャクヤがフヨウを見上げる。

 そこには確かな希望の光が宿っていた。


「ああ、無論だとも」


 フヨウが髪を解き、特徴的な丸眼鏡を外す。

 曝け出された宝玉の如き漆黒と純白の瞳が、天狗面越しに俺の赤い瞳と視線を交わした。


「君の言う通り、私は最強だからね」


 一目で分かる異質な瞳。

 もちろん俺は奴についても詳しく知っている。

 だからこそ、今この状況の最悪さに思わず膝を屈したくなった。


 『王国最強』の剣士、フヨウ。

 主人公を除けば、設定上の『魔剣戦記』最強キャラはラスボスである封印から解き放たれた獅子王だ。

 ではそれらを除いた最強は誰か。

 我らが師匠スイゲツと、目の前にいるこいつだ。


 レベルほぼ確実に今の俺以上。

 武器はゲームの性能的にも、恐らくこの世界での性能的にも最上位ランクの魔剣を所持している。


 なによりゲームではほとんどフレーバーテキスト性能に近かったあの『魔眼』。

 フレーバーテキストがガチ性能になるこの世界では、厄介にも程がある代物だった。


 今の俺では『永闇』を使い、奥の手を切ってようやく勝ちの目が見えてくるかどうかの強敵だ。

 ラシードの時のように逃げることすら難しい。


 だが望みはある。

 魔力の波動から察するに、奴は魔剣の起唱を詠まずにやってきた。

 明らかな舐めプ、これならば付け入る隙はある。


「よく吠える」


 勝負は一瞬、一撃離脱だ。

 奴の不意をついて接近し、体勢を崩す。

 そして敢えて魔力の過剰供給で贋造魔剣を自爆させ、暴風で目眩しを図る。

 その間に逃げる! これぞ俺のパーフェクト逃走プランだ!


「くたばれッ」


 逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げ──ッ!!


「おっと」


 その目論見は。

 太刀筋を完全に見切られたことで、呆気なく瓦解した。


「なん……だと……!?」


「驚いた、まるで空間転移でもしたかのような動きだ。さっき少年相手にやっていたのをこの『目』で見ていなかったら危なかったねぇ」


 嘘だろ。急いでやってきていた風なのに、俺が"縮地"を使っていた場面で陰に隠れて観察してやがったのか?

 いや──或いは奴の『目』は、内から外に情報を漏らさない『幕』の結界さえも見通すというのか。


 困惑の感情が止まらない。

 その動揺も、奴の瞳は見逃さない。


「君のそれ……基本は膝の力を抜いて重心を操る歩法だね。だがそれだけじゃあない。二つ、いや三つほど要素を足している」


 ウッソだろお前。


「柔軟な股関節と強靭な脚力、そして緻密な魔力操作。これらによって初速から一気に最高速を叩き出すことを可能としている。居合の体勢を取るのは視線を一点に集中させ、静止状態から最高速トップスピードに移る落差を強調する為かな」


「貴様……ッ」


「更にこちらのまばたきや、息を吸って力が抜ける間隙を狙っていたねぇ。誇りたまえよ君、中々できる芸当じゃあない」


 正解だ。歯軋りしたくなるほどに。


 剣道において、打突の好機という概念がある。

 読んで字の如く、試合において竹刀を打ち込むチャンスという意味だ。

 複数あるが、特に三つが重要視されている。


 起こり頭。

 居着いたところ。

 技の尽きたところ。


 『起こり頭』は動作の起こり、動き出しの瞬間。

 『居着いたところ』は戦いの最中、心身の緊張がほんの僅かに緩む瞬間。

 『技の尽きたところ』は攻撃と攻撃の合間、体勢を立て直す瞬間だ。


 現実でいう新陰流、この世界でいうところの徒神影流は『技の尽きたところ』を重点的になくすことを目指した流派だ。


 技や型に囚われず、流れる水のように臨機応変な立ち振る舞いを理想とする剣術。

 俺もスイゲツに師事はしたが、前世の剣道的な戦い方が染み付いていたせいで、完全に馴染ませることができなかった。

 その点ではセツカの方が上をいっている。


 ならばどうするか。

 スイゲツからの教えを取り入れつつ、俺オリジナルの剣術を磨き上げるしかない。


 その理念の下、生まれた技の一つが膝抜きを応用した神速の移動術──"縮地"だった。


 膝抜きによる重心移動で『起こり頭』を消す。

 そして瞬きや呼吸といった、生理的に防げない『居着いたところ』を狙って接近する。


 人間の瞬きにかかる時間は0.2秒ほど。

 本来なら問題にならない一瞬でも、魔力によって超人的な身体能力を発揮できるこの世界においては致命的な隙となりうる。


 そして人体の構造上、力を入れる時は息を吐き、逆に息を吸う時は力が抜ける。

 つまり呼吸を読めば、咄嗟の対応が難しくなる拍子タイミングでの踏み込みが可能となる。


 それが我流"縮地"。

 『呼吸』を読めと散々教えられてきた俺が行き着いた、文字通り呼吸の隙を突く技術。

 実際にやってみて出来た時は興奮して夜も眠れなかった厨二センス抜群の型だ。


 だのに。

 それを初見で見破るか普通。

 クッソこれだから強キャラは嫌いなんだ。


「それが全てを見通すと噂の『天眼てんげん』の力か……!?」


「まさか、この目はモノがよく"見"えるだけ。単に私の才能だ、よッ」


 切り払われ、距離を取らされた。


 マズイ。絶好の機会を逃した。

 もう奴相手に逃げられる道筋が見えない。

 サクナはラシードの足止めを任せているし、セツカは待機を命じている。

 アベリアは後で絶対しばく。


 さっきとうってかわって、こちらが絶体絶命のピンチに陥った。


「丁度いい。少年、私の魔剣はなるべく使わないよう言いつけていたね。ひとえに扱いが難しいからなんだが……いい機会だから、お手本を見せてあげよう」


 そして。

 最悪の事態は、更に悪化していく。


死出しでの山」


 起唱が呟かれていくと共に、錆びついた意匠の刀身がその本性を露わとする。


「越えて葬頭河そうずか


 滴り落ちる鮮血のように紅い刃が月光を鈍く反射し、柄から伸びる黒と白の房紐が空を舞う。


「────『去渡さるわたし』」


 五七五の形式で紡がれる詠唱の終了と同時に、フヨウの足元から赤い彼岸花が咲き誇る。

 風に散りゆく花弁が、白と黒によってのみ構成される彼女の体に紅を差す。


 それは葬斬そうぎ『去渡』の完全覚醒を意味していた。

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