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第27話 Side:シャクヤ②

 それは月の綺麗な夜だった。

 あの日から毎夜のように見る悪夢のせいで変な時間に目が覚めてしまい、つられて起きてしまったラニと一緒に深夜の散歩に出かけていた。


「お月様おっきー! 満月だね、シャクヤ!」


 月を見て満面の笑みを浮かべるラニにつられて微笑みながら、僕も空を見上げる。


 農家の子でもあるので太陽にありがたみを感じる人生を送ってきたが、僕個人の感性で言えば、月の方が好きかもしれない。


「……いや、月というより夜かな」


 王都のような都会と違って、田舎のルンビニ村における夜は星明かりだけが頼りの暗闇の世界だ。

 魔道具による灯りなんてないし、日が落ちれば家にこもるのが普通だった。


 けれど僕は昔から夜目が利いたし、音や気配にも敏感だったから、一人で闇夜に繰り出していた。

 夜は一人で心細いというラニの隣で一晩を明かしたことも何度もあった。


 だから、だろうか。

 人が恐れる闇黒が、僕には全く恐ろしく感じられなかった。


「──ラニ、止まって」


 けれどそんな僕でも恐れるものはある。

 夜の暗闇に乗じて襲いかかってくる『脅威』だ。


「……ほう、我らの気配を察知したか」

「腐っても魔剣使い、侮れませんね」


 突如暗闇から溶け出すように現れたのは、見覚えのある黒装束に仮面をつけた二人組だった。


「……君たちは?」


「黒十字騎士団、といえば理解できるでしょう?」


 その名を聞いて、警戒度を三段階引き上げた。


「ラニ、僕の側を離れないで」


「う、うん」


 純白の魔剣を引き抜き、牽制するように構える。

 彼ら二人の得物もロングソードの類のようだ。

 警戒しつつ、逃げられないか様子を伺う。


「様子見の姿勢か。余裕ですね……我々の刃は、既に貴方の喉元に向けられていますよ?」


 直後、全身が総毛立つ感覚に従って勢いよく剣を後ろに振り抜いた。

 すると音もなく忍び寄っていた黒装束の一人が振るった刃と衝突し、甲高い鋼の音が鳴り響く。


「気配が薄い……!?」


「我々は隠密に長けていましてね。加えて──三対一! 勝てるなどとは思い上がらないことです!」


 三位一体、三つの刃が同時に振るわれる。

 普通ならば防御不能の三太刀

 横にはラニもいる状況で、どう防ぐか。


「──な、に……ぃ!?」


 僕の答えはこうだった。

 一人は魔剣を投擲し、防御させ攻撃を中断させる。

 一人は肘を足で蹴り上げ、腕の軌道ごとずらす。

 残る一人の斬撃は、白刃取りによって防いでみせた。


「そんな不安定な体勢で、曲芸師ですか……ッ!?」


「片田舎の農民兼宿屋の息子だ、よッ!」


 そのまま黒装束を蹴り飛ばすと、弾かれた魔剣を掴み、鞘に納めた。

 そして、今この場に最も適した武器を模倣する。


「いくよラニ──黎明に熾せ『ウテナ』!!」


「おっけい!!」


 黄金に輝き、万物を燃やす火焔の剣を再現。

 花弁の如き火の粉が舞い散ると同時に『ウテナ』から生じた炎の羽衣が僕の体に巻きついた。


「太陽剣『ウテナ』……!? くっ、これでは我々の刃が通らない!」「それにこの炎……人が寄ってくる!」


 そう、それが僕の狙いだった。

 炎の羽衣による防御で数の不利を覆すだけでなく、炎の熱気と明かりは周りに気づかれやすい。派手な魔力の昂りも合わせれば尚更だ。


「まだやるかい?」


 鋒を向け、不敵な笑みを浮かべながら威嚇する。

 魔剣の模倣は消耗が激しい。まして『ウテナ』は極上だ。持久戦を仕掛けられたら厄介すぎる。

 引いてくれるなら、それが一番ありがたかった。


「く、長引かせて時間を稼ぐつもりが……やはり可愛さと隠密だけが取り柄で戦闘には不向きな私たちでは……!」


 そんな希望を込めたハッタリが通じたのか、なにやら呟きながら黒装束の集団は後退を始めた。

 よし、そのまま立ち去ってくれれば言うことは、


「──ああ、次は俺が相手だ」


 瞬間、背後から奇襲が仕掛けられる。

 だが問題はない。羽衣による防御が刃を防いで、


「ぐ、ぅ!?」


 防ぎきれず、衝撃が背中を打ち据えた。


「嘘でしょ、魔剣でもない限りこの羽衣は突破できないはず……まさか!?」


「魔剣か。当たらずとも遠からずだな」


 突如現れた四人目──黒い外套コートを着た天狗面の男を目視する。他の三人は今のやり取りに乗じてどこかへ消え去っていた。


 ありがたい。

 この強者を相手取りながら他の三人も対処しなければならないとなると、絶望的すぎて笑えなかったところだ。


「……ってことは、魔剣の贋作かな?」


「下手に魔剣を使えば痕跡を残す羽目になる。ならばこれで十分だろう。……貴様のような雑魚を殺す分には、な」


 天狗面の男は挑発するようにそう零した。

 少しだけ腹は立ったが、背筋を走る死の予感が怒りを押さえつけてくれる。


 立ち居振る舞いを見ただけで分かる。

 目の前の男は別格だ。

 これまで戦ってきたどの相手よりも強い。

 武器のアドバンテージはこちらにあるというのに、勝てる未来が少しも見えなかった。


「言ってくれるじゃないか」


 そういって強がってはみたものの、腰は引けていた。今すぐにでも逃げ出したかった。

 最悪ラニだけでも逃がせないものか。

 そう考えたところで僅かに剣が揺れた気がした。もしかしたらラニからの無言の抗議かもしれない。


「分かったよ。僕らは一蓮托生、だよね」


 剣の揺れが収まる。少しだけ勇気が湧いてきた。


「フ、ククッ、クククッ。……生の主人公との戦い……興奮してきたなぁ……!」


「……? 何で笑ったっ」


「なに、気にするな。貴様には関係のないことだ」


 男の姿勢が変わる。

 刀剣を鞘に納め、居合の姿勢を取った。


「これから死ぬ貴様には、な」


 瞬きの、刹那後。

 気がつけば、眼前に男の姿があった。


「え」


「ではな」


 銀閃が奔る。

 贋作とはいえ魔剣。鋼鉄くらいなら簡単に切り裂き、『ウテナ』による防御すら貫いてみせた実績のある斬撃だ。


 あ、死んだ。

 そう確信したと同時、黄金の剣が勝手に動いて銀色の死を跳ね除けた。


「さすが……!」


 男は想定していたのか、流れるような動作で後退していく。一方僕は困惑していた。

 剣が勝手に動いた。つまり今のは、僕ではなくラニが防いでくれたんだ。


「あ、ありがとうラニ。お陰で助かったよ」


 お詫びに剣の刀身を撫でる。あとでお小遣いで買える範囲のお菓子でも買ってあげようと思った。


「それよりも、今のはなんだ……? 一瞬で僕の目の前に迫ってくるなんて」


 改めて先程の男の動きを思い返してみる。


 視線は外さなかったはずだ。

 どういう挙動をして接近してきたのか、ちゃんと頭では理解しているのに反応できなかった。

 その理由を自分なりに考察してみる。


「膝……そうだ、膝の力を抜いて前に倒れるように向かってきたんだ」


 物は試しだ。僕も同じように膝の力を抜いて、重力に従うように姿勢を前に倒す。

 そしてその勢いのまま踏み込み、一気に相手の懐へ飛び込んでいった。


「鵜の真似をする烏だな」


 だが所詮は猿真似、男には容易く躱された。

 ……いや、違う。猿真似というだけではない。もっと深いところで、男と僕とでは異なっていた。


「一体何が違うんだっ」


「あの世で考えろ」


 再び男は刀を鞘に納めたかと思うと、静かに腰を落とす。まるで獲物を見定める肉食獣のようだ。

 対する僕は、今度こそ奴の一挙手一投足を見逃さまいと視線を凝らす。

 凝らして、凝らして。


 気がつけば、天狗の面が視界を塞いでいた。


「またっ」


 再びの接近。だが今度は無策じゃない。

 敢えて体の片側に防御を寄せる構えを取ることで死角を生み、攻撃を釣り出す。


 これなら攻撃のタイミングが分からなくても、来る位置は分かる。

 その上で羽衣へ魔力を注ぎ、防御の脆い部分に来るであろう刃を受け止めて──、


「凡策だ」


「う゛っ!?」


 意識外から放たれた蹴りが、鳩尾をモロに穿ち抜いた。


「ごほっ、ごほっ!! ぐ……ぶっ、おええぇぇ……っ!!?」


「魔剣だけでなく、貴様自身も他人の猿真似が得意のようだが……生憎と、俺の"縮地"は"見"る目がある人間に程刺さる技でな」


 肉体、魔力、意識全ての面で防御が薄かった部分を的確に蹴り抜かれたせいで、予想以上のダメージを食らい膝を折ってしまう。

 羽衣を死角側に集中させていなければ防げていた。

 いや、もしかしたらそれを見越した上で防御を《《誘われた》》のかもしれない。

 

 それは致命的すぎる隙だった。

 首筋に刃を当てられ、身動きが取れなくなる。


「チェックメイトだ。力の程を確かめるつもりだったが……我らが組織に刃向かう芽は、早いうちに摘み取っておくに限る」


「……っ」


「ほう、この絶体絶命の状況でその目……まだ逆転の芽があるとでも思っているのか?」


 思ってはいない。が、生えてきてくれると信じるしかない。

 これだけ魔剣を使って暴れたんだ。

 誰か一人くらい異常に気づいて来てくれても不思議はないはずだ。


「などと、そのような戯けた考えをしているのが手に取るように分かるぞ。……空を見てみろ」


 言われるがままに視線を上げる。

 すると夜空が、まるで絵の具を溶かした水のようなマーブル模様の膜に包まれ、歪んでいた。


「なに、これ」


「『幕』。西洋風に言えば『結界ディバイド』か……基礎的な結界術だ。今回の場合、内の異常を外に隠す効果を持つ」


それはつまり、僕のSOS戦術が一切功を奏していなかったということで。


「つまりは詰みだ。貴様に助けはやってこない。ここで大人しく首を斬られる運命というわけだ」


「……ク、ッソ」


 拳を固く握りしめる。

 男の言う通り、もう何の手も残っちゃいない。

 打開策を取ろうにも、その前に贋作の魔剣が僕の首を刎ね落とすだろう。

 数秒先に迫る死が鼻先をくすぐる。


 ごめん、ラニ。

 僕はここで、命を落とす──。





「ダメだろ少年、そんな簡単に自分の命を諦めちゃあ」


 ギュッと瞼を閉じた、その瞬間。

 聞き慣れた声が耳朶をくすぐり、甲高い鋼の音が頭上で鳴り響いた。


「馬鹿な、何故貴様がここに──ぐぅ!?」


 絶対強者だったはずの男が、ただの一振りで呆気なく吹き飛ばされていく。

 そんな信じがたい現実を生み出した張本人。

 ボサボサの白髪を雑に括ったその人は、闇夜に浮かぶ白衣を風になびかせながら立っていた。


「まだ君たちの研究は始まったばかりなんだ。私の許可なく勝手に死んでもらっては困るんだよ、死ぬほどね」


 サイフォス王国騎士団、整備補給部隊長。

 フヨウさんが、そこにいた。

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