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第26話 毒蛇剣『ナーガラージャ』

 ゲーム『魔剣戦記』における大まかなストーリー展開は非常にシンプルだ。

 敵である黒十字騎士団を倒す。

 様々なキャラの思惑が絡み合うことはあるが、この一本軸がブレることはない。

 

 その一環として、入学二日目の夜にもまた黒十字との戦闘イベントが挟まれていた。


標的ターゲット二名の移動を確認。恐らく夜の散歩といったところかと』


 そして原作においても、ここがラゴウとシャクヤの因縁が生まれる最初の負けイベントだった。


 顔を隠した状態でシャクヤたちを強襲。

 謎の強者として奴を圧倒し、あわやといった寸前まで追い詰めるが、周囲への影響を遮断する結界が解けて撤退することになるのだ。


 のちにこれは黒十字からの襲撃命令をラゴウがうまくかわした結果だと明かされる。


 その際「今宵はこれでお開きか。だが忘れるな。我らの刃は常に貴様らを映している……」と残して去っていく。

 悪の組織のライバルキャラたるもの、最初は驚異的なまでの強者であるべし。は〜かっこよ。


「武器も原作と一緒にできたし、準備万端だな」


 魔剣持ちであるシャクヤに対し、俺はアベリア製の贋造魔剣ファルシュで挑む。

 魔剣には特有の魔力反応があるため、『永闇』を解放すると身バレしてしまいかねないからだ。


 しかし真作と贋作とではステータスの強化幅に大きな差がある。

 本来なら後者が前者に勝つのは、それこそ竹刀で真剣に勝つくらい難しい。

 その上で圧倒し、俺の強さを見せつける。


『贋造魔剣であの強さ……もし奴が本物の魔剣を使っていたら、一体どれほどの力を発揮していたんだ……!?』


 最高やね。


『オマエに渡したのは風の魔剣です。カマイタチで鎧くらいならスパッといけて連射も可能ですが、魔剣相手だと威力は控えめですね』


『十分だ。後はフヨウが気づかないよう全力で誘導しておいてくれ。絶対だぞ、頼んだからな』


 万が一にも乱入してきたら、その時点でゲームオーバー確定レベルの相手だからな。


『ご指示通り、監視役も含め周りの団員は『脚』で固めました。結界も張るため組織に渡る情報も操作できます』


 サクナからの報告を聞き終える。

 完璧だ。

 入学前までの不安が嘘みたいだ。

 最初は悩みの種だったが、『蟲』とやらも精々便利に使わせてもらおうじゃないかクックック。


 アベリアに作ってもらった認識阻害効果付きの天狗の面を着けたら準備完了だ。


「各員配置についたな。よし、では作戦開──」


 始、と告げようとした瞬間だった。


 首筋を、死神の鎌が撫でつけるような感覚が走った。

 咄嗟に飛び退く。するとさっきまで俺がいた空間を、鞭のような何かが切り裂いていった。


「おや、今のを避けますか。学園に潜り込んだ羽虫にしてはやりますね」


 声の主、屋根の上で月光を背景に浮かぶシルエットに視線を移す。


 そこにいたのは『影』だった。

 人間らしい色を持たない漆黒──否、闇夜に一番溶け込みやすい濃紺装束で正体を隠した暗殺者。


 そこにいるのが見えているのに、まるでそこにいないかのような錯覚を覚える気配の無さ。

 なにより今し方俺を襲った鞭のようなシルエットの正体──蛇腹剣。


 原作知識をフル活用して正体を特定する。

 間違いない。奴の名前はラシード・シーシュ


 アレクサンドラの執事として登場した、今のところモブ同然の男キャラ……!


「王国に六人いる魔剣使いの一人……唯一表に知られていない『隠密暗殺部隊』の隊長」


 アレクサンドラ√でスポットが当たり、王国の暗殺部隊長を務めるアサシンであることが明かされるイケメン眼鏡糸目執事キャラだ。

 裏切りそうなビジュアルだと話題になっていた。


 あの気配の薄さも、サクナのように気配遮断系のコモンスキルを伸ばした猛者だからだろう。

 ただし練度は圧倒的にあちらが上。

 まだ未熟なアレクサンドラの護衛役でもある。


 だが原作だと影も形もなかったはずだ。

 実はいたとして、なぜ今手を出してきた。


「彼らは貴重な魔剣戦力候補……大切なお客人です。不届者に命を摘み取らせる訳には参りません」


「……ほう、つまり俺の実力を見抜いたからこそ止めに入ったと?」


「イエス」


 つまり原作より強くなってしまったせいで、ラシードに様子見という選択肢を取れなくさせてしまったわけだ。

 なるほどなるほど。

 俺こんなんばっか。


「それでは……王国の暗剣として、潜り込んだ羽虫を狩り取ることにいたしましょう」


 来る。

 風の贋造魔剣を構え、攻撃に備える。

 ゲームでのモーションを思い出しつつ、あくまで参考に留め、奴の動きをこそ注視する。


「ルートヴィヒの時然り、ゲームの性能にだけ囚われると足元をすくわれるからな……!」


 分割された刃節が強靭な鋼紐ワイヤーで結ばれ、鞭のようにしなる軌道を描く斬撃が迫る。

 ギャリギャリギャリィッ、と鋸のように細かい刃が並ぶ青黒色の剣身をなんとか防ぎ弾く。

 伝わってくる衝撃から威力の程が窺い知れた。


 毒蛇剣『ナーガラージャ』。

 その名の通り毒属性の蛇腹剣であり、スキルを用いずとも中距離対応可能な異端の剣だ。

 鋸のような刃もとにかく相手に傷をつけることを目的としているが故だった。


「パッシブスキルは毒状態の蓄積付与……この世界だと、刃に毒でも仕込まれているのか……!?」


 だとすればかすり傷でも致命傷となりうる。

 大袈裟なくらいの回避と迎撃を続けた。


「……妙ですね。刃を避ける動きに無駄が多い……いや違う、無駄がなさすぎる。『ナーガラージャ』の特性を知っていなければ不自然な程に……」


 そして向こうも俺の反応から、魔剣の特性がバレていることを察知したようだ。

 一流の使い手相手だと、少しの動作からこちらの思考が露見してしまう。

 ええいこれだからバトル作品のキャラは!


「随分と謎の多い羽虫だ。捕らえて研究することにしましょうか」


「御免こうむる」


 『ナーガラージャ』は蛇腹剣の中でも、どちらかといえば鞭状態を主体とする武器だ。

 先端部分なら音速すら優に上回る猛攻は、レベル7〜80はある俺ですら対応に手間取る程だった。


 部隊長クラスのレベルはおよそ50から60。

 原作における『十剣シュヴェルト』下位〜中位層と同程度の実力を持っていた。


「クッ、どうする……?」


 このままシャクヤたちの前に現れても「なんか知らない人同士が戦ってる……こわ」で終わりだ。


 かといって現れなければ原作の流れが断ち切れる。ライバル的に外せないイベントだ。


「仕方ない──『脚』に告ぐ。二、三人ほどの人員でターゲットを襲い、足止めをしろ。危険を感じたら撤退して構わない。以上だ」


 これでリカバリーは完了した。あとは、


「油断大敵ですよ」


 思考が他所に移った瞬間を見逃してくれない。

 鞭のようにしなるナーガラージャが贋造魔剣に巻きつき、間接的に俺の動きを縛った。


「魔剣の贋作……例の黒装束ですか。丁度いい、捕らえた人員は服毒自害したとの報告です。新たな情報源として貴方を捕らえて差し上げましょう」


「ハ、是非ともお断りしたい提案だ、なッ!」


 贋造魔剣の能力発動。猛風を放つことで巻きついた『ナーガラージャ』を僅かに緩ませる。

 その隙に離脱、素早く距離を取った。


「逃すとお思いで?」


 だが流石は暗殺部隊の長、すぐさま距離を詰めに来た。風の斬撃も全て叩き落とされる。


 贋造魔剣と魔剣の格差。

 レベル差があるとはいえ、中距離対応可能な奴から逃げ切るのは時間がかかるだろう────。


「それは、雑魚の思考だ」


 こちらに向けて刃を伸ばした瞬間を狙い、"縮地"によって一気に距離を詰めて懐に飛び込む。

 蛇腹剣の弱点だ。鞭状態では咄嗟に刃を引き戻せず、対応が後手に回る。


「いつの間に──くっ!?」


 しかし流石は隊長格といったところか。

 剣の柄で辛うじて斬撃を防いでみせた。


 だが防がれるのも想定内だった俺は、すぐさま次の行動に移れる体勢を取っていた。

 そのまま足蹴りを入れ、ラシードを遠くへ吹き飛ばす。


「っ……中々やるようですが、少しパワーが足りないようですね」


 やはり贋造魔剣のステータス補正では厳しいか。

 依然奴の武器の射程距離に収まったままだ。


「それに、そろそろ効いてくる頃でしょう」


 ラシードがニヤリと笑う。直後、視界が揺れた。

 これは……毒か。


「私の魔剣は毒を分泌する。直接傷口から注入する他にも、剣を振り散布した毒を吸わせるという使い方もあります」


 なるほど、ゲームではなかった応用だ。

 気をつけてはいたはずだが想定外だった。


「さあ、大人しくついてきてもらいましょうか」


 勝負はついたと思ったのだろう。

 ラシードは気を払いながらも近づいてくる。

 俺はそんな奴に対し、なす術なくこうべを垂れて──、


 贋造魔剣ファルシュを振るい、紙一重で回避された。


「ちっ、かわしたか」


「っ馬鹿な、確かに毒を吸入していたはず……」


「毒か。子供の頃から食らっていたよ、家庭の事情でな」


 こちとら五歳から食事中でもお構いなしに毒魔法を食らってきたんだ。

 お陰で多少の耐毒スキルは獲得している。

 直接攻撃を受けていたならともかく、そうでなければほとんど問題はない。


「そして、俺にだけ注意していていいのか?」


「なにを……、っ!?」


 死角から突如伸びてきた槍の刺突が、ラシードの胴体を貫かんと迫る。

 彼は寸での所で刃を盾代わりに刺突を防ぐも、勢いまでは殺せず更なる後退をしてしまう。


 その隙は致命的だ。

 俺は急いで走り抜けると、闇に姿を隠した。


「……逃げ切れたか」


 十分に距離をとったところで、ほうと息を吐く。

 予想外の事態だったが軟着陸させることには成功した。

 ギリギリ赤点ちょい上といったところか。


「よくやった、サクナ。助かったぞ」


「いえ……ラゴウさまのお役に立つことこそ我が使命、我が誉でございますので」


 功労者の正体はサクナだった。

 通信に異常があれば駆けつけると事前の作戦会議で決めてあったのだ。


「その『槍』、確かアベリア手製の……伸縮自在の能力を持った贋造魔剣か」


「はい。如意槍『随心ずいしん』。最大一町ほどまで伸長可能で、間合い外からの攻撃を得意としております」


「お前の気配遮断と合わせれば強力な不意打ちとなる、というわけか」


「は。先の乱波らっぱは『十剣シュヴェルト』とも打ち合えるだろう強者……わたしが介入するなら不意打ちしかないと愚考致しました」


 正解だ。サクナのレベル自体はラシードとも十分やりあえる水準だろうが、魔剣を持つか否かの差は大きい。


「これからどう致しましょう。件の青年の下へ向かうにせよ、下手に行動を起こせば再び先の乱波に襲われかねませんが……」


 振り切れはしたが、向こうも警戒態勢に入っている。近くで戦闘が起これば乱入してくるだろう。

 ならば諦めるか。


 否だ。俺の理想のライバルキャラルートの為には、是非ともここで種を蒔いておきたい。


「予定通りシャクヤを襲う。それまで奴の気を引いておけ。危険を感じたらすぐに撤退しろ。作戦終了時間は五分……いや、三分後とする」


「は、承知致しました。──《内なる清浄しょうじょう、外なる魔障ましょう、シーマバンダに別たれよ》術式10項『まく』」


 詠唱と同時、半径数十メートルの空間が歪む。

 『幕』。内の異常を隠し、外からの監視を防ぐ基礎的な結界術だ。

 侵入や脱出を防ぐほどの機能はないが問題ない。


 いよいよ始まる──ライバルの時間が!!!!!

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