愛玩
ここ最近では当たり前のように授業が実習同然となっている。魔法基礎学、魔法演習、魔法工学、そして魔草薬学に至るまで課題を出されていた。もちろん、残る魔生物学の授業までその影響を受けていたのだ。
「トレヴァー先生、私はこの授業に意味を見出ません。やめても良いですか?」
今回、魔生物学の授業で出された課題に私は不満しかなかった。別に他の生徒からしてみればそこまで無茶な課題ではない。非常に簡単な、頭を悩ませるほどの問題でもないのだ。
そんな私の発言に対し困った表情で近づいて来るのはトレヴァー先生、微笑んでいるというのに私から見ると笑っている様にしか見えない。唇の端が少し吊り上がっているので、本人は苦笑いしているのかもしれないが、私は確実に先生が笑っていると確信している。
トレヴァー先生はこの状況下の中で必死に笑いを噛み殺し、表情を悟られないと頑張っているはず。実際にそれでも仕方ない、私も第三者としての視点に立てば同じことをしてしまうだろう。
「小鳥遊さんからして見れば、この課題については不満で仕方ないと思います。簡単な課題でも躓いてしまう人がいるのも分かってます。ですが、召喚獣とのコミニケーションもだい……じ、ぷふっ!あはは!」
「………」
遂にトレヴァー先生は発言の最中に吹き出してしまった。腹を抱えて口を手で押さえて蹲っている。その原因となっているのは私が呼び出した召喚獣にあった。
「ご主人様。召喚獣とのコミニケーション、もとい、スキンシップは大事ですよ。さぁ! 私の頭を撫でて下さい!」
「………嫌だ」
リヴィアが頭を突き出し撫でて欲しいと少しずつ近づいて来る。トレヴァー先生が笑いを堪えていた原因は彼女の頭から生えている犬耳と尻尾だった。
笑かしに来ているのか、彼女の普段の装いであるメイド服に加えて、ぴこぴこと犬耳らしき部分が動き尻尾が数秒の間に何度も往復している。それも時折り激しく動くので、苦笑いをする生徒が後を絶たない。
よほど疲労困憊にならなければ幻覚が見えたりしないのだが、私の目にはしっかりと存在していた。幻覚ではないことを証明する為にリヴィアの頭へと手を伸ばし、撫でる振りをしながら犬耳のカチューシャを外す。
「何コレ?」
「犬耳ですが?」
「見れば分かる………これ、どこに売ってたの?」
「百均ですよ。本当に便利ですよねー、低価格で最高品質の商品が売ってあるんですから。品揃えも豊富………」
入手場所はどうやら百均のようだ。魔力に反応するらしく、犬耳のカチューシャに魔力を込めるとぴこぴこと動く。さらに魔力量を多く込めると、飛び立つのではないかと思うほど速く動いた。
「悪魔が百均って、魔界には無いの?」
「ありませんよ。あっ! 私、ご主人様の分も買って来ました。どうですか?」
取り出したのは犬耳ではなく猫耳だった。しかもおまけで尻尾が付属している。どうやらリヴィアは私に着けさせる為に用意していたらしい。いつの間にか手にはカメラまで、撮影する気でいるらしく表情は嬉しそうだ。
何でこんな召喚獣を呼んでしまったのかと私は嘆く。魔生物学の課題は自身の召喚獣とのコミニケーションを図ること、使役する召喚獣を呼び出し語り合う。毛繕いを手伝う為にブラッシングをしたり、美味しいおやつをあげたり、さらに召喚獣と一緒になって遊んであげたりなど、スキンシップを行い絆を深める。
幾ら言うことを聞く召喚獣でも無茶な要求は罷り通ることはない。魔法陣によって相性の良い魔物と契約を行えても、召喚すらされずに長年放置し続けた結果、野生の魔物として自分自身に襲いかかって来る可能性があるのだ。
だからこそ、この授業で召喚獣のことを少しでも知っていく必要がある。私からして見れば全く意味がないけど………
「誰か、私の召喚獣と交換してくれる人は居ないかな〜?」
契約を切る方法が存在している。だが、その方法自体が面倒くさい。魔法陣で契約を交わしているせいで時間がかかる上に、一筋縄ではいかないのだ。もしも魔法陣を介さずに行われた契約であれば簡単に破棄しやすい。
一方的な契約が為される場合であれば、主の方に契約権利が譲渡されるので破棄が容易である。ただし、主従関係になるには自分自身の実力を行使して、魔物に認めて貰わなければならないのだ。そのせいか、召喚魔法を主軸に据えて戦闘を行う者は数少ない。
それ以外の方法として魔生卵から孵したり、魔物が幼い頃に愛情を込めて育てないと、召喚獣にするのは難しいのだ。
それに魔力と召喚獣を呼び出す時間さえあれば、自身の戦力は倍に膨れ上がる。敵対する相手が召喚魔法の使い手であるなら逃げた方が良いだろう。弱い魔物でさえ能力によっては厄介なのだから。
ある程度リヴィアの手綱を握っているとは言え、頑丈とは言い難い。もしも契約を切った後、私の制御下を外れた悪魔が街中で暴れ出したとしたら、責任が私にまで及ぶ可能性が出る。
ならば契約はそのままに、彼女を引き取ってくれる相手に譲渡してしまえば良い。主従関係を崩すことなく変えることで、破棄せずに権利を手放せる。だとしても貰い手が居なければならないので意味がない。それよりも私は、先生の後ろで控える魔物が気になった。
トレヴァー先生の召喚獣らしき犬型の魔物、墓守り犬とかブラックドッグとも呼ばれる"ヘルハウンド"が先生の召喚獣らしい。見た目は真っ黒で、夜になれば見つけることは難しいのではないかと思う程に黒い色をしている。
夜闇でも唯一分かる赤い双眸、恐怖心を掻き立てられるはずだが、不思議と怖い感情は湧かない。自身の中に、その魔物が妖精とも言われるイメージがあるおかげか、それとも召喚獣として呼ばれた為か、凶暴性は感じられなかった。
「先生の召喚獣はヘルハウンドですか? 羨ましい………」
「そうだとも、可愛いでしょ?」
「………ほーら(バフっ!!)」
よほど好物なのか、ビーフジャーキーの姿を見つける前に匂いだけで反応した。美味しそうに頬張り咀嚼するヘルハウンドの頭を私は撫でる。巨大な体格に似合わない可愛さがこの魔物にはあった。
「よしよし、もっと食べたいだろ? うちの子になれば腹が膨れるまで食べさせてやるぞ〜」
「バフっ!!!」
「た、小鳥遊さん………さっき笑ったことは謝るからそれはやめて!」




