取り引き
学園都市の様々な店が立ち並ぶ区画で、多くの人々が歩道を行き交っている。そんな中、一際注目を集める存在がいた。黒一色の出で立ちをしたその人物は、怪しい雰囲気をこれでもかと漂わせていた為か、すれ違う者達を何度も何度も振り向かせている。
目深にフードを被り顔を隠した男、いかにも怪しい人物なのは誰の眼からも見ても明らかに分かるだろう。だが、そんな奇異な視線に構わず本人は堂々としていて、周囲の注目をちっとも気にしていない。
学園都市を含めたその他の街中では、彼の様な格好をしていても問題は無いのだ。例えば冒険者等が迷宮からの帰りに、そのままの姿で家へと帰宅する。大抵の場合は更衣室を借りて着替えることはあるのだが、彼の様に注目を集めても問題ないと言える神経を持った人物しか、冒険者の格好で出歩くことはない。
彼の様に自分自身の正体を隠す様な格好をした人物は、何かしらのことを隠していることがあると疑問に思われても仕方がないだろう。現に、兜や帽子で顔を隠した結果、怪しい雰囲気を漂わせてしまい人々の注目を集めて問題を起こしかけたりするのは………
「すいません、お兄さん。ちょっと良いかな?」
「ん?」
明るめの紺色で染められた制服に身を包んだ男性が、彼に話しかけてきた。帽子を被り、胸元にどんな職業に就いているのかを表すバッチも付けている。考えなくても、その格好を見るだけで誰が話しかけてきたのか分かってしまう。
「警察か? 俺に何の用だ?」
「あー、少しフードを取って、顔を見せて貰えるか?」
「………」
警官も同様に怪しいと思い、話しかけてきたのだろう。特に気になってしまっていた人は、無意識のうちに男の方へと目を向ける。彼は周囲の人々と自身の状況で、警官の目的を理解した。
実際に警官は、悪気があってフードの下の素顔を見せて欲しいと言った訳じゃないだろう。怪しい雰囲気を払拭させる為にも、周りで怪しんでいた人の為にも、不審者と化した男に話しかけたのだ。
深く溜息を吐いた後、彼が取った行動は至極単純だった。警官に言われた通りフードを捲り素顔を晒す。その瞬間、素顔を目視した警官は驚きで目を見開き息を詰まらせる。
「用は済んだか? これから人と会う約束をしているんだ。もう良いか?」
「………えっ、あ、はい! すいません、引き止めてしまって」
問題ないとの返事を受け取った男は、颯爽とその場を後にする。残された警官は立ち尽くし、大半の人達は疑問に思いながらも、不審者ではないと分かり次第各々の行動を取って散っていく。
とあるファミレスへと入った男は、店内を見渡し待ち合わせの人物を探す。来店と同時に動き出していた為か、それ程待つことなくやって来た店員に、事情を話し席へと案内してもらう。
「すまん、待たせたな」
先に座っていた人物へと、待たせてしまったことを一言謝り席に着く。既に待ち合わせの場所に居たのは一人の少女、美味しそうなチョコレートパフェに舌鼓を打っていた。それ専用のスプーンで次々に口に運び込んでいた少女は、食べる手を止め男を一瞥する。
「レヴァンか………それほど待ってはおらんぞ?」
「そうか? まぁ、それで良いなら別に良いが………」
レヴァンと呼ばれた男はテーブルに置かれた、チョコレートパフェが入っていたと思わしきグラスを見た。彼が到着がするまでに三杯以上も空になっていたグラスから、相当待たせていたと分かる。
だが、少女は怒っている気配を微塵も感じさせない。食事に夢中になっていたせいか、それとも昼食をまだ終えていないおかげで、予定していた待ち合わせの時間よりも前に来ていたと、そのように考えられる。そう思い直した彼、レヴァンは早速本題を口にした。
「前に言っていた件についてだが、引き受けても良い」
「ふむ、それは一体どういった心境なんじゃ?」
訝しんだ少女は、レヴァンの心の内を探るような視線を浴びせた。待ち合わせをした際、少女が思っていた予想とは違いすぎていたのだ。
「俺が作製した"ドラゴンゾンビ"を倒したらしいな。此処に来る前に、あんたが言っていたターゲットを確認してきた」
「お主が他人に興味を持つとは、予想しておらんかったぞ。態々、自分自身で確認しようとは尚更………」
確認して来たと聞いて驚いているのだろう。何せ少女が知るレヴァンの性格からは、そんなことをしない人物だと思われていた。
彼の趣味は研究のみ、暇にならない限りは食事を取ることはせずに、一日中自分の好きな研究をして過ごしている。それこそが唯一少女が知る彼、レヴァンという名の男だった。
「"ヘテロクロミア"を持っていると言っていただろう? 気になって見てきた」
「そうじゃな、持っておった」
「………俺が探していた人物だ」
知り得る情報を確認した後、レヴァンは無言のまま一冊の本を取り出しテーブルへと置いた。神聖な雰囲気を漂わせた聖書らしき本、それを見た少女は今までとは違い、呆れた表情でその本を眺めている。
少女からして見ればその本はハズレのような物、呆れているのはレヴァンが今までずっと、その本を肌身離さず持っていたことだった。
「十五年前くらいに儂が取ってきてやった本じゃな、諦めていたんじゃなかったかのぅ?」
「あぁ、そうだな、諦めていたよ。だがな………」
「だが?………」
「彼女さえいれば俺の研究は実る。ドラゴンゾンビが壊れたのは些細な問題なんだよ」
「些細とな? 確かドラゴンゾンビの作製には、希少な素材を使ってやっと創り出したと聞いたぞ?」
「あぁ、あんたが俺の部下を唆したせいで壊されたからな、今はあいつらに素材を集めて貰ってる」
希少な素材をふんだんに使って作られたドラゴンゾンビ、唯一無二の作品であるそれが、跡形も無く粉々に壊された。復元しようにも素材が足りない為に修復出来ないのだ。レヴァンの部下は今頃、素材集めを必死になって行なっているが、少女の予想通りならば一年以上もの歳月が経っても終わらないと言える。
しかしその代わりとなる者が、彼ら二人が持つ全ての問題を解消すると分かった。だからこそレヴァンはドラゴンゾンビの件を些細な問題と評し、少女の依頼を引き受ける事にしたのだ。
「儂の依頼を引き受けるんじゃな?」
「あんたからして見れば結果なんてどうでも良いんだろ? 自分の邪魔にさえならなければ、そうだろ?」
「確かにな………レヴァン、お主の言う通りじゃな。だが断わる」
「何? どう言うことだ?」
「既にその依頼は彼奴らに任せておる。少し遅かったな」
「あいつらか………」
彼が思っていた予想とは違い、既に依頼は他者が引き継いでいたらしい。詰まらなそうな表情をしたレヴァンは思考を巡らせる。ドラゴンゾンビの素材集めで忙しい結果、別の者達に依頼が引き継がれてしまっていたのだ。
彼らのことを知るレヴァンは、少女が依頼した者達に頭を痛める。行動が過激で派手、ある物を積めば何でも引き受ける者達、そんな存在が動き出したのだ。
彼にとって最悪の結果を生む、出来ることなら自分自身で依頼を引き受けてしまった方が良い。と考えるが、逆にチャンスと感じたレヴァンは自身の考えを口にする。
「取り引きしないか?」




