禍時の小径 ⑦
「コイツ! 飛ぶ気か!」
背中にある大きな翼を広げるところを見た者達は瞬時にそう悟る。仕舞われていた龍の武器がようやく使われたのだ。もしも空へ飛び立ってしまえば相手の思う壺、そうはさせないと攻撃を再開して飛行を阻害する。だが、ドラゴンゾンビの何気ない行動で戦況が引っ繰り返った。
巨大な翼をはためかせた、それだけで突風が捲き起こる。全てを押し流す濁流のように風が吹き、近場にいた者達の身体を浮かせようとした。
「うっ、クソッ!」
「羽ばたいただけでこれか!」
冒険者たちはその場に伏せ、突風をやり過ごそうとするが、既に何人かは宙に舞ってしまった。吹き飛ばされた何人かは戦場の外、突風の有効範囲外へと強制的に追い出されるだけだが、身体や頭を地面に打ち付け気絶してしまう。戦闘では死んだも同然の状態、残りの者達は必死に耐えて反撃の機会を窺う。
もしも此処にいる者達が倒れれば、後衛が一気に全滅すると分かっている。だからこそ自分たちが盾になってでも攻撃を続け、注意を向けさせなければならない。最強の敵であるドラゴンゾンビを、どうこうする力を持っている訳じゃなかった。倒す方法を探り当て弱点を突くことが目的だが、今はそれも出来そうにない。
突如、風が弱まったのを感じる。強風で身体が浮かび上がりそうだったのに、ここにきてドラゴンゾンビが翼による吹き飛ばしを中断する訳はない。全員が思わず顔を上げ、その原因を探ることですぐに分かった。
攻撃の為に、ドラゴンゾンビが持つ自身の能力を行使する瞬間………勢いよく羽ばたいた際に射出された何か、白く細長い槍に似た形状の物が翼から飛び出していく。数千に匹敵するそれが、後衛に居る者達の方角目掛けていくのを見て思う。
「終わった………」
確実に無事では済まない。
大怪我であればまだ良い方だと言えるが、死に至る攻撃だと分かってしまう。最悪の未来、結果しか待っていないと思い知らされる。その場に居た冒険者たちは、絶望の淵に立たされた表情を浮かべることしか出来なかった。
本来ならば安全圏に近い場所に居た後衛の者達、危険ではないと言い切れない。前衛の者達は命を掛けてまで戦闘に参加を果たし、ドラゴンゾンビの足止め役を買って出た。死ぬと分かっていたが己の信念を貫き通す為に戦った。
呆気ない終わりの瞬間を見て、放心状態のまま何もすることが出来ないでいる。まだそれだけなら良かった。ドラゴンゾンビが後衛を潰したと確信して、次の標的に選ばれたのは近接戦闘を行なっていた者達、つまり此処にいる冒険者たちだ。
鎌首をもたげ近場に居た者達を睥睨するドラゴンゾンビは、巨大な前脚を上げて踏み潰そうとした。
「氷の青薔薇」
「グアッ!」
その直前、青い氷で出来た蕾が出現し、それと同時に花開いて薔薇を思わせるような形に変化する。氷の薔薇はそのまま大きさを増していき、止まることなく肥大化していく薔薇に、冒険者たちはただ見上げることしか出来なかった。
ドラゴンゾンビの体格に見合った巨大な薔薇に育ちきると、無数の蔦が襲い掛かる。ドラゴンゾンビに絡まる蔦は数を増やしていくが、それらを強引に引き千切り空高く飛び立っていく。脅威が去っていくのを見届けてから声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「………えっ?、あっ、助かった。礼を言う」
「ああ、君のおかげだ。ありがとう………ところで、一つ確認したいがさっきの魔法は?………」
「私ですよ。対巨大生物に使う拘束用の氷魔法です。が、逃がしてしまいました」
「それは気にしないでくれ、それより………」
助かったとしても表情は暗いまま、考えているのは後衛に居た者達の事だろう。何も出来ずに死なせてしまったと落ち込んでいる。それは仕方ない、命を落とす事が分かっていたとしても受け入れるには時間がかかる………
「とりあえず戻りましょう。此処にいるよりかはマシなはず………」
「戻るってどこへ? 後衛で待機して居る彼女達の元へか?悪いが彼女達は………」
此処に来るまでの間、一部始終を見ていたから理解している。ドラゴンゾンビの攻撃によって、後衛の陣地は壊滅状態だと分かってしまう。
私は空を見上げる。上空にはドラゴンゾンビが旋回しながら此方の様子を窺っていた。何もすることがないところを見ると、攻撃を仕掛ける気は無いだろう。
逆にこちら側からの攻撃を受けることもない。手出しが出来ない以上、別の行動に移る必要があった。次に何をするべきかは分かっている。
「行きましょう………私の仲間もそこに居ます」
恐怖と死が迫る直前、突如起こった現象に全員が目を見開く。
「何コレ………」
空中に静止した細長い白い槍、水中に落ちたかのように勢いを失う。徐々に意識が覚醒し、自分達が置かれた立場を少しずつ理解した。数千に匹敵する凶器………それが眼前へと迫り来る瞬間を改めて認識する。
物凄い速さで飛来してきたドラゴンゾンビの攻撃、当たれば間違いなく即死だと分かるが、一体誰が止めたのかは分からない。周りを見渡そうとしたリーダーの女性は、場違いの人物を見つける。
「まぁ、ザッとこんなものですかね? 止めるのは困難でしょうね。この大きさであれば………」
歩み寄る一人の女性、メイド服を着ている青髪の女性が片手を上げている。魔法を行使した存在、リヴィアが片手を下ろすと同時に凶器が地面へと落ちた。
リヴィアは彼女達の前に出てじっくりと襲い掛かってきた凶器を観察する。細長いとは言っても、近くで見ると人の背丈はある白い槍、正体はドラゴンゾンビの持つ骨だ。巨大な体格から繰り出された以上は、当然の大きさだった。
「………あなたは、一体」
言葉を詰まらせたのは、どうやって止めたか分からないからだろう。知識にある中では見当たらない未知の魔法を行使して、攻撃を強制的に停止させた。
他にも何故此処にメイドがいるのか気になったが、全ては彼女のおかげだと分かる。安心した者達、リーダーの女性を含めた全員は恐怖が薄れて、そのまま気絶してしまった。




