禍時の小径 ⑤
「"ドラゴンゾンビ"⁉︎ どうしてこんな場所に⁉︎」
巨大な骨の龍、腐肉が一切付いていない白い骨で構成された龍がそこに居た。遠目から見ても頭から尻尾の先までかなりデカい。目測で軽く十メートルは超えていると分かる。大地を強く踏み締め揺らしながら歩いていた。
"ドラゴンゾンビ"は種類が多い。私達がよく知る姿である蝙蝠の翼に硬い鱗と爪を持ち、さらに強靭な四肢を合わせ持ったスタンダードな龍、その成れの果てである骨と化した存在が目の前で咆哮を上げている。
この世界には他にも、蛇を思わせる四肢や翼すら持たないタイプの海龍や、空を駆けられない代わりに大地を走れるタイプの地龍などがいる。それらの朽ち果てた姿の龍をまとめて"ドラゴンゾンビ"と呼んでいた。
どの龍もワイバーンすら目じゃない程に強力だ。戦闘力は生前よりも厄介になっている。そんな存在"ドラゴンゾンビ"が現れた以上、並大抵の者達が倒す事は難しい。三桁以下の者であれば、なす術もなく返り討ちに遭う未来が目に見えている。
戦えない者達、非戦闘員は状況が分かり次第逃げていた。戦える冒険者も居たが無理もない。まともに相手を出来ない以上は逃げるのが確実、中には大声で周囲に知らせながら避難指示を出している人もいる。
あり得ない事態に収束は図れないだろう。初心者向けの迷宮に加えて、太刀打ち出来ない存在が現れたのだから………
「おかしいですよ! 現れるとしたらもっと下層です!」
「確かに………現れるとしたら下層だけど、さっき変遷が起こったばかりだし………」
「そうですね。変遷の可能性も無い訳じゃないと思いますが、さすがに禍時の小径でドラゴンゾンビが現れたのは聞いた事がありません」
何故ドラゴンゾンビが出現したのか私達が考察していると、茫然自失となっていた面々はようやく意識を取り戻した。
「皆さん! 逃げますよ!! 今すぐに!!」
「そうでありますよ! ニア先生の言う通りであります!!」
「僕もそう思う。あんなのは相手に出来ないよ」
ニア先生は、今までに見たこともない剣幕で逃げるように言った。だが他の者達が逃げるのはともかくとして、私だけ逃げることは出来ない。
何故なら、逃げた人達の時間稼ぎの為か、それともドラゴンゾンビを打倒する為かは分からないが、残っている者達が居た。各々の武器を両手で構えてドラゴンゾンビの前に立ちはだかっている。
遠目から見えているせいで表情は分からない。無謀に突っ込んで行く姿はない為、命を落とす可能性が有るとしっかり認識しているのだろう。そのまま睨み合いが続いていた。冒険者達とドラゴンゾンビ、両者の間は距離が離れていたが、あまり時間がない。すぐに開戦してもおかしくない状況だ。
「まぁまぁ、先生? とりあえず落ち着いて下さい」
「落ち着いていられますか!! 生徒たちの命がかかっいるんですよ!! メイドさんは黙ってて下さい!!」
「あっ、はい………」
なんとかニア先生を宥めようとするリヴィアだったが、凄まじい剣幕で黙ってしまった。摘まれた猫のようにシュンとしてしまった以上は、もう喋ることはないだろう。
リヴィアの種族が何であるかを知らないとはいえ、悪魔を一喝して黙らせた。彼女は悪魔であるのに、これでは形無しだ。暗い雰囲気を漂わせながらトボトボと歩き私の所に来ると………
「ご主人様、慰めて下さい」
「怒るよ?」
こんな時に冗談とは頭が痛くなる。とりあえずリヴィアのことは無視して、私は詩音達に逃げるように言った。
「詩音達は逃げて、此処に連れて来たのは私の責任だから」
「玲夏さんは残るんですか? なら私も残ります。戦闘の邪魔はしませんから」
「そう言うことであれば私も」
「なら、あたしもだな!」
「………………詩音ならともかく、委員長とエリスは私の戦い方を見たいだけなんじゃ………」
「「………」」
図星らしく二人して黙ってしまった。序列一桁を含めた上位の実力者たちは、そもそも会う事すら難しい。戦闘を観れるとなれば、危険な場所でも構わないと思う人が一人や二人居てもおかしくないだろう。最初からそのつもりでいた筈だ。緊急事態にも関わらず、二人は先程からやけに落ち着いていた。
「何言っているんですか!! 逃げますよ!!」
「ニア先生は、山下君とアベル君の二人を連れて逃げて下さい………」
「無理です! 私が教師になったのは、魔法工学を担当しているのは、あなたたち生徒を守る為なんです!逃げないと言う事であれば力ずくで………」
やはり教師として私達全員を逃したいのだろう。それは聞かずとも分かる。だけど困っている人達が居るなら無視は出来ない。普段よりも顔を顰めてニア先生は近づいて来た。その瞬間に、とある物を見せる。
「え⁉︎………序列第二位? あの? 嘘………」
見せたのは自身の生徒手帳、権力を行使する形になるが仕方ない。怖い表情から一転して、呆けた顔で目をパチクリと瞬かせていた。私が序列第二位だとは知らない残りの二人も、ニア先生と同様に驚いている。
溜息を吐き出して頭を抱えたニア先生は、私の実力を知って無理矢理に連れて逃げ出すのは出来ないと思ったのだろう。私を見てどこか諦めた表情をしていた。
「………私が魔法工学を専攻していた理由、分かりますか?」
「………」
「簡単ですよ。私は戦闘を熟せません、運動神経が悪く足手まといなんです。だからこそ、魔導具の技術を学んで役に立ちたかったんです………もしもあの時、私に守る力があるなら………」
「ニア先生………」
誰でも戦闘が得意ではないのは知っている。教師であるなら戦いとは疎遠になり、戦力が落ちたりすることもあった。魔法工学の技術で作製された魔導具なら、戦えなくともサポートするぐらいなら出来るのだ。それに、武器となる魔導具が優秀となれば戦力自体を大幅に上げられる。例え自分自身が弱くても………
「残ると言うなら山下君とアベル君は私が護ります。小鳥遊さん………あなたは自分のしたいことをして下さい」




