禍時の小径 ③
「えっ⁉︎ 何で⁉︎」
本来であれば刀によって真っ二つに裂かれるはずだった。当たったまでは良かったが相当な威力が乗せられていた為に、ゴーストは吹き飛ばされてボールのように弾んでいる。バウンドし終わった後は動く気配がない。
詩音は驚きで目を見開いて呆けていた。思っていた予想が外れてしまったので、思考が止まっているのだろう。刀を振り切った状態のまま動かず、飛んでいった魔物の様子を見ている。
ゴーストはぴくりと何かに反応した後、ゆっくり浮遊し始めた。数秒の間に気絶していたらしく、よろよろとどこか危なっかしい。ようやく意識が覚醒したのか、先程とは違い怒っている様子で小さな両手らしき部分を挙げて鼻息荒くしている。
「むきゅーーー!!!」
即座に構える詩音、刀に魔力を送ってもう一度斬ってみるが同様の結果にしかならない。私から見れば充実過ぎるほど完璧と言えた。なにせ経った数日の間で斑をなくし、戦闘に使用出来る状態にまで仕上げるにはとても時間がかかる。
先程の私のように、ゴーストを魔力が宿っていない武器で、魔力制御のみで倒すには次の工程に行かなければならない。習得速度は尋常じゃないぐらいに早かった。詩音のことだ、教えればすぐに形に出来るだろう。なので、そろそろ止めないと………
「し、詩音………もういいよ、さすがにやり過ぎだよ………」
「………ふぇ?」
「む、むきゅ〜」
少しの間考え事をしていた。その間に、納得出来ないと必死で刀を振っていた詩音の手によって、何度も転がされたゴーストはフラフラな状態で目を回している。もしも相手が魔物でなければ頬は腫れてしまい、目を背ける結果が待っていただろう。
最初の出来事で倒すまで至らないのは明白だが、悪影響の一つや二つ起こったとしても不思議じゃない。
まさか、混乱状態になるのは予想外だった。無防備で力尽きて地面に転がっている。起き上がろうと必死になっているが、後は煮るなり焼くなり自由だ。残りの魔物達は、委員長やニア先生、魔法が使える者たちで掃討され姿を消していた。
こんな絶好の機会、早々に訪れることはないだろう。次の工程を詩音に教えて魔力制御を確実に習得できるように促す。
「魔力を送るまでは良かったよ。次は魔力を刀に纏わせた後、鋭利な刃物をイメージしてみて」
「………イメージですか?」
深呼吸しながら構え直した詩音は、瞳を閉じて魔力制御に集中した。落ち着きのある雰囲気を醸し出した状態で瞳をゆっくりと開けて、いままでとは違い刀をゴーストに押し当てる。
今度はスッと横薙ぎに払っただけで二つに分かたれた。ゴム製のボールを思わせる固さで干渉するのがやっとだったのに、そのイメージを払拭させてしまう程簡単にゴーストを倒してしまう。
これで詩音は魔力制御のほとんどを学び終えてしまった。まだ教えていない部分も残っているが、それはまた今度になるだろう。次は魔力制御を意識しなくても、より長く持続できるようにする訓練を行う予定だ。
「詩音の件はこれでいいとして………エリス、大丈夫? チョコレート食べる?」
「あぁ、ありがとう小鳥遊。心配かけて悪い、もう大丈夫だ」
「そう? なら良かった」
ちょうど休憩していたエリスに声を掛ける。持って来ていた非常食用のチョコレートを渡し、彼女の様子を窺う。落ち着いているところを見て、私は問題ないと判断した。だが戦闘には参加させない方が良いだろう。精神的にも体力的にもすり減らした状態では辛いはずだ。
暫くの間、全員が休憩を行い、終えた後に早速立ち上がろうとしたところで誰かに声をかけられた。目の前に現れたのは、男性二人と女性一人の三人組だ。
「君たち、大丈夫かい? 怪我人とかはいるかい?」
「えぇ、大丈夫です。ご心配いただきありがとうございます」
「問題ないなら構わないよ。じゃ! またね!」
リーダーらしき人は此処にいる私達の様子をざっと見て、そのまま片手を挙げて去っていく。残りの二人もすれ違いざまに少し頭を下げていた。同様にその場にいた全員が手を振って見送る。個人が所有している迷宮ではないので、赤の他人が現れても不思議じゃない。
初見では分からないが、問題なのは彼らの服装にあった。ガッチガチに身を固めた状態で迷宮内を歩いている。正直言ってしまえば軽装だとしても、そこまで気張らずに攻略出来ていたとしてもおかしくなかった。
此処のレベルであれば入念に力を入れなくても、大丈夫だと思っている。本当のところはパーティーとしての連携を行いたかったが、必要無いくらいに戦力が充実していると改めて分かった。今度は、このパーティーに見合った迷宮を探しておくことがベストだろう。
「今の人達って冒険者ですよね?」
「迷宮内を見回っていたんだろうね。此処の迷宮は危険度が低いと知られていても、用心するに越したことはないから。それに、場所によっては毒や麻痺の状態異常で動けない場合もあるし………」
今すれ違った者達は迷宮の巡回を行い、危険がないかを探し、困っている人がいれば手助けする任務を担当している冒険者達だろう。ギルドから直々に依頼されれば、後ほど報酬が支払われる。
特別な迷宮や事情を抱えた場所には派遣することは出来ないが、片手間に出来る仕事なので人気があり、他の依頼と併用して行うことが多い。人によっては目的は様々、小遣い稼ぎに来ている者もいれば、私達のように魔物を相手に訓練や修行しに迷宮へと潜っていく者もいる。
「それよりも、此処の魔物達のレベルは低いね。少しは期待してたんだけど………もう、いっそのことボス級の魔物が相手なら、パーティーとしての連携が必要になってくるかもね?」
「そうですね、エリスさんは戦力としては充分過ぎますしね」
「詩音も規格外だから何とも言えないし………」
「………というより、小鳥遊さんの発言は少しフラグな気がします」
委員長がフラグだと言ったが、そう簡単にボス級の魔物は出て来ない。さらに下の層へ行かなければ出現はしないのだ。歴史上の中で魔物の増減が数多く報告されているが、全く敵わないような存在が下層から上がって来たことはない。
「………」
少しばかり期待しないでもないけど、委員長が何故か胡乱気な目で私の事を見ていた。




