禍時の小径 ②
「ひっく………うぅ、たかなし〜」
「ヨシヨシ、怖かったね」
すぐさま私に泣き付いてきたエリス、仕方ないので頭を優しく撫でてやる。精神的に参ってしまい、服を掴む手は弱々しかった。瞳の端には涙をいっぱいに溜めて、私のことを下から覗き込むようにして見ている。正直言って可愛い。
「「チッ!」」
突如、背後から聞こえてきた舌打ちに全員が振り向く。そこにいたのはニコニコと笑顔溢れる表情を見せていた詩音とリヴィアの二人、何事もないので顔を前に戻す。が、エリスの様子が先程とは違っていた。
何故か青ざめた表情でぷるぷると震えている。見てはいけないモノでも見たかのようだ。さっきまでは生まれたての小鹿のようだったのに、今は天敵に出会い怯えた鼠に変わってしまった。
先程の件で、この場に居る者達は誰一人として笑う者はいなかった。苦手なアンデッドが相手なら仕方ないと理解している。ましてや誰が予想出来たか、スケルトン達が嘲笑うかのように顎の骨を鳴らして、エリスを怖がらせにくるとは思わなかった。
もしも私の前に黒光りする例のアレが現れれば、同様の状態に陥るのは明白、出会いたくない魔物のトップにも君臨している。
大抵の場合は躊躇なく襲いに来るのが一般的であり、迷宮内に存在する魔物は、侵入者となった私達を敵と見做して倒すのが役割となっている。無駄な行動は極力しないのが普通、それが当たり前だ。
「玲夏さん………もしかしてですが、ユニーク個体ですかね?」
「多分………」
迷宮の中には例外が存在する。それがユニーク個体だ。通常種の魔物達と違い、何らかの能力や習性を持っていた。特殊な個体、ユニークと呼ばれる魔物であるなら、先程のように人を怖がらせにきてもおかしくない。厄介な行動をして惑わしにくる点は、既にエリスが身をもって経験済みだ。
詩音が言った通り、ユニーク個体の可能性が高く納得出来た。だが腑に落ちない点が幾つかある。倒したはずなのに消滅しない。迷宮内には濃密な魔力が漂っていて、魔物の動きを活発にしている。そのせいか召喚獣の霊体と同様に、倒すと魔石を残して消滅するのが当たり前だった。
他にも、改めてスケルトン達の武器を確認すると、高性能の武器を装備していたのが分かったのだ。禍時の小径は初心者向けでもある為、迎え撃つパーティーによっては苦戦していただろう。考えていても答えは出ないので、私達はその場を後にした。
戦闘不能に陥ってしまったエリスの代わりとして、詩音とアベル君の二人が、出現する魔物を相手にしていく。やはり苦戦することなく順調に進んでは、魔物を倒していっている。
刀を一閃した数秒後には、魔物は光の粒子へと変化する。視認することが出来ない速さと、刀の相当な斬れ味になす術もなく魔物達は倒れていく。詩音は、武器の持ち味を最大限に活かし刀を振るっていた。
アベル君は弓で、魔物を一体ずつ確実に倒していく。命中精度は高く、外さない事を前提として動いていることが分かる。そして後衛の役割をしっかりと理解しているのか、前衛である詩音の邪魔をしないような立ち回り方をしていた。
「あっ! 出て来ました!」
目当ての魔物が出て来たらしく、詩音は声を上げると同時に私の方へと振り向いた。白い半透明な魔物、ゴーストはぷかぷかと浮かぶようにして出現する。
「やっとか………」
「玲夏さん、どうしましょうか?」
「ちょっと見てて、今から御手本を見せるから………」
「はい!」
委員長にエリスの様子を見てもらい、私は死月の蒼槍を取り出す。調子を確かめる為に振り回していると、ゴーストはゆっくりとこちらに近づいてくる。物理的な接触でなければ、傷一つつけられないと本能で理解しているのだろう。とても余裕があるみたいだ。
死月の蒼槍に魔力を流し横薙ぎに払う。当たった瞬間、風船が割れるかのような感じで一気に消滅する、ゴーストは瞬く間に魔石へと姿を変えてしまった。
「えっ⁉︎ 魔法ではなく武器で倒してしまったでありますか⁉︎ 一体どうやって………」
「僕も驚きだよ。魔物を一瞬で倒すなんて………こう言うのはなんて言えば………そう、鮮やかな手口!」
「手口言うな! それだと私がどこかの泥棒みたいに聞こえるから!」
「あっ! 私も知っていますよ? 手癖が悪いとも言うんですよね?」
「委員長………何でそんな言葉を知ってるの?」
「私の友達に病的窃盗の子がいますから。あっ! 悪い子じゃないんですよ? 御先祖様が義賊らしくて、周囲から色々と言われて育ったみたいです」
「そ、そうなんだ………」
「悪口を言っていた人から、様々な物を拝借して困らせていたみたいです。生意気な相手の困る顔がたまらないと、言っていました。それ以外は盗みをしない良い友達ですよ」
独特な個性の友達を持っている委員長に、私は何も言えない。話しを聞いた感じだと重度の病的窃盗ではないと分かる。委員長が親友として見守ってくれているなら大丈夫だろう。
それに例の友人はどうやら、負の連鎖を生み出していたようだ。病的窃盗の特徴的に本人は、悪い事をしている自覚があると罪悪感を感じるらしい。だがそれ以前に、人によっては興奮や刺激が欲しくて何度も何度も繰り返し盗みを働いてしまう。
その友人は仕返しとして、自分自身の得意な技術、つまり窃盗で困らせる事に成功した結果やめられなくなってしまったのだろう。もしも悪い方ではなく良い方向に変えられるとしたら、とても強力な技術になる。
相手に気付かれることなく罠を仕掛け誘導するのは朝飯前、対人戦なら隠し持っている物を相手から盗み使用不可能に出来た。法律ではいけないことだが、大会等のルール内であれば相手に使わせないという名目で許される。もちろん盗んだ物を返すのが前提だ。
「玲夏さん、次が来ました!」
詩音が私に呼びかけ、大きめの声量で周りに注意を促す。姿を現したのはまたもやゴースト、先程は一体だけだったが今度は複数体での出現だ。
「詩音………魔法は使わずに、魔力制御で倒してみて」
「分かりました」
詩音は両手で構えていた刀に魔力を送っていく。刀に纏わり付く魔力は、以前の時よりも洗練され斑が無かった。身体の重心を下げた状態から、鋭い一閃が解き放たれた。




