キューブ
「小鳥遊殿! 小鳥遊殿! 少しばかり、此れについて詳しく訊きたいであります。お願い出来ないでありますか?」
「私からもぜひ、お願いします!」
「………ま、まぁ、良いですけど?」
身を乗り出し、顔を私の目の前へと近づけてきた山下君とニア先生の二人、説明を求められたのは"デストルクシオン"を収納していた魔導具についてだった。
色鮮やかなワインレッドに染まった、ちょうど手のひらサイズに納まるキューブ状のそれは、ただの収納用の魔導具だ。性能自体が、ごく一般的に存在し売られているマジックバッグと遜色ない。
だからこそ四六時中、魔導具の事しか頭にない二人が身を乗り出す程とは思えない物だった。だが、興味が湧いてしまった理由は分かっている。
「何でこんなに、コンパクトにまとめられているでありますか?」
「そうですよ! 様々な企業から売られている魔導具は、毎日欠かさずチェックしているんです! いつの間に販売されたんですか⁉︎」
現在、販売されている魔導具の中でも収納に関する物は様々だ。バッグを始めとして、ポーチ、ケース、クローゼットなどの収納家具まで、魔導具として作製されていた。
収納系の魔導具全般をまとめた通称が"アイテムボックス"とされ呼ばれている。使い勝手の良さで持っていない者は皆無であった程、親しまれているのだ。
収納用の魔導具が持つ本来の構造では、魔法によって内部の面積が限界まで拡げられ、さらに収納した物を小さくし容量を増やしていた。とは言っても収納用の魔導具は、効果を常時発動させる必要が出て来る為、魔力を周囲から集める魔法も発動している。その結果、大量に収納するには必然的にサイズがデカい場合が多い。
無理矢理、限界までに設定して作製すれば通常よりも多く収納出来る。その場合、一つの魔導具に様々な魔法が掛けられているおかげで、負荷に耐えられないと爆発を引き起こす危険性があった。
従来の常識からは考えられないだろう。手のひらサイズで二メートルを超える物を収納するよりかは、いかに効率的に負荷を軽くして、大量の物を収納出来るかが重要だった。
「あ、えっと、先ずは販売されているかどうかだけど………此れは試作品じゃなくて、宣伝用の魔導具だから」
「宣伝用?………つまり?………」
「早くて、三ヵ月くらいには発売される予定になってるよ」
「「ッ⁉︎」」
発売される予定と聞いて、二人は衝撃を受けたらしく目を思いっきり見開いている。視線だけで今考えていることが手に取るように分かった。その情報が本当かどうか、間違いはないかと訴えている。
宣伝用にとは本当だ。会社の方から、エリス専用のバスタードソードが完成したと連絡が来た。それと同時に、収納用の魔導具の宣伝もして欲しいと言われ、その為にある程度の数を預かっていたのだが、先程から山下君とニア先生の様子がおかしい。
いきなり立ち上がった二人は、こうしてはいられないと喫茶店を出ようとした。
「ちょっと待って! 二人共、何処に行く気⁉︎」
「今から買いに行くんです!!」
「そうであります!! こうしている間に売り切れてしまうであります!!」
「いや、販売されるのはまだ先だから………それに、幾つか預かってるから………」
「「………」」
告げた一言で落ち着いたみたいで、座っていた席へと無言で戻る。気が早い上にまだ売られてすらいないのに、店に突撃しようとしていた。予約して、安心したいところだろうけど現物は私が持っている。早速、取り出してはテーブルの上へと置いていく。
「バリエーションが豊富ですね!」
「コバルトブルー、エメラルドグリーン、シルバー、ゴールドもありますよ!」
バリエーションが豊富という言葉通り、色付けされたキューブの種類は多かった。他にも、ヴァイオレット、イエロー、ブラック、ホワイト、合計で九種類ものカラーが揃えられていたのだ。全種類を集めるには、相当な金額が財布から飛んでいくことになるだろう。特にこの二人は、我慢せずに本能的に衝動買いしてしまうタイプの筈だ。
「好きなやつを選んで………」
「えっ⁉︎ 貰っていいんですか⁉︎」
「良いよ、羽白さんからは使ってみて不便なところや、こうして欲しいところを言ってもらいたいらしいから………後で感想聞かせて貰えればって」
「へ〜、そうなんですね。特に変わったところはないんですか?」
詩音の質問で変わったところと言うと、今までと違い大量に物を収納出来ない点だ。デメリットしかないと思われるが、これが非常に便利だった。
「荷物を大量には運べないけど、収納した物を即座に取り出せるよ。だからこそ小さく造られているんだけどね」
「それって………すぐに戦闘態勢に移れるんですね! かなり便利じゃないですか!」
「ですね、もしも性能を知れば、挙って買い求める客が後を絶たないはずです」
「だね! 特にあの二人は………」
先程から、端末の機能を十分に活用しては、写真を撮りまくっていた。販売されている中で、この魔導具は規格外と言われるだろう。何せ、収納系に関わらずに荷物が沢山持てない。というデメリットは無いに等しい、今までは武器を収納してから取り出すには、時間がかかり煩わしい程だったからだ。
もしも販売されれば革命が起こる可能性が高い。大抵の場合は迷宮入りしてからずっと、武器は持ちっぱなしだった。それがなくなり、スムーズに武器を取り寄せるとしたら。数ヶ月後に販売されて在庫が一瞬で消えることになるだろう。
だがそれは、私自身には必要ない魔導具である。魔法で武器を取り寄せることが出来るのに、所持するだけ無駄だった。
「ところで山下君とニア先生、まさかだと思うけど………分解してみたいと思ってるんじゃ………」
「「ッ⁉︎ ま、まさか!」」
さっきまで、魔導具にうつつを抜かし蕩けた表情でいたのに、今度は二人でコソコソと小声で話していたのでそう思った。聞いた後、二人の顔からは汗が滴り落ちて瞬き一つしていない。
この場に集った者達は、心の中で確信した。絶対に何かやらかすと………
「二人もいて協力し合えば、片方の魔導具はどうにかなるんじゃない?」
「確かにそうであります。なら分解しても………」
「片方が大丈夫なら、中身を詳しく知る為に………」
「………」
「「はっ、嵌められた!」」
「いや、嵌めてないし、それに分解したくないんでしょ? 売られてすらいない魔導具だから収集しときたい………そうでしょ?」
本当に嵌めていない、表情から簡単に汲み取れるので分かりやすかった。それに魔導具の分解は流石に冗談だろう。販売されていないのに加えて、九種類ものカラーを製品化するには相当な予算と時間がかかる。絞り込んだ上で最大、二種類位のカラーが出荷されるとしたら………
残りの色は、プレミアム価格で取り引きされてもおかしくない。此処にいるメンバーが、価格がつり上がったからといって態々売りに行くとも思えなかった。山下君とニア先生は重度のコレクターだと分かる。どの様な構造をしているか気になった結果、分解したいと思ったんだろう。
「あー、小鳥遊。これだけの物をプレゼントされて嬉しいが、色々と大丈夫か?例えば、金額とか………」
「ん? 問題ないよ、エリスは貴重なサ………可愛いモルモットだから。会社としても、無料で提供しても損失無いから………」
「今………サンプルって言いかけたよな? 可愛いで誤魔化しても意味ないぞ! モルモットって実験動物じゃん!」
エリスは、向日葵の種を口いっぱいに詰め込んだハムスターのように、頬を膨らまして憤慨していた。




