聖水
「何これ?」
「えっと………その……」
まるで叱られている子供のように、エリスは身を縮こませていた。ただでさえ、いつもの学園の制服ではなく、バイトをしている時の格好であるウェイトレス姿で申し訳なさそうにしている。店内にいる事情を知らない人達から私は、何処ぞのクレーマーに見えているところだろう。
正直な話し怒ればいいのか、それとも呆れればいいのか頭を抱えていた。もちろんそうなっているのには理由がある。こうなった原因を直接エリスへと、現物をしっかりと見せてから言ってやった。
「何⁉︎ この聖水の数は⁉︎ ………迷宮にいるアンデッドを全滅させに、バスターしに行くの⁉︎ 」
これだけあれば、迷宮に蔓延るアンデッドを根絶やしに出来る。
透明な水晶を加工したような、独特な曲線を描く瓶に封入されている聖水を、一本、二本、三本、とエリスが持ってきていた鞄の中から取り出していく。合計で、三十本余りの聖水がテーブルの上に並べられている。金額を想像したくなくなる程の多さに、私は辟易していた。
今日はエリスのバイト先、喫茶店"リブラ"に来ている。変わらない面子である詩音や委員長に加えて、リヴィアもこの場に集まっていた。というのも近々、迷宮へ潜ろうと思い今までの準備と、確認を行なっていたのだが………早速これである。
「はぁー、とりあえずエリスは、聖水の使用方法についてどれくらい知ってる? まさかだと思うけど……」
「バッチリだ! 聖水をアンデッドに掛ければ良いんだろ?簡単だな!」
「やっぱりこれだよ! 使い方は間違っちゃいないけど、一瓶丸々投げつけて対処する気?」
「うん?そうだが?」
彼女は疑問に思うことなく、答えると同時に頷いた。聖水に正しい使い方があるわけではない。だが内容量を考えて使えば、大量に出現したアンデッドに対応出来る。一瓶を丸々使用して一体を倒すよりも、武器に聖水を掛けて清めれば、数体を相手取れた。
聖水は光属性の魔力が宿っている水だ。別名として魔力水と言える代物だが、違いはアンデッドに有効打を与える光属性なのかどうかである。アンデッドに指定されている魔物、ゴースト、レイス、スケルトン、ヴァンパイアに対して絶大なダメージを与えることが出来た。
チラッとリヴィアの方へ視線を向ける。悪魔の強さによるが、彼女に聖水の効果が発生するか分からない。魔力量も多いので、意味もなく終わる可能性もあるだろう。試してみるのも良いが………
魔力水は、真水に魔力を溶かすイメージで流せば作成することが出来た。基本的には召喚獣や魔物の飲み物になり、私達で言うところのビール、ワイン、ジュース、コーヒー、紅茶などに近い。
それに魔力水は、放置すれば少しずつ魔力が抜けていく。ただ特殊加工された瓶には、魔力を留め保存する効果があるので使用期限は長くなっている。市販品として売られている訳ではないので、買いに行くならデパートやコンビニではなく、教会に赴かなければならない。
もしも、何処かの企業が商品として売るなら利益が少ないからだ。聖水を封入する効果がある、瓶の素材や加工には金がかかる為と言えた。大抵の人達であれば、魔力水ではなく聖水を求めにやって来る。教会ならばその場で作成してくれる上に、瓶を持ち込めばその分が割り引きされるのだ。
「どうやってこれだけの聖水を集められたの? 金額もそうだけど………伝手でもあるの?」
「ふっ、聖女様だよ。あの人があたしの頼みを聞いてくれたんだ!」
「シア先輩が? どうして?」
「署名に名前を記入するだけで良いって、無料で!」
「それって騙されてるんじゃ? いや、聖女として知られるあの人が、そんなことをするとは思えないし……」
変な噂が広まるのは早い。聖女と呼ばれる人ならそれが顕著に表れる。権力を振り翳しているなら、とっくに称号を剥奪されていてもおかしくはないのだ。ただ単に、購入記録にサインしていただけだろう。それに、大量に用意してくれた上に無料で聖水を譲ったとすると利益がないはず。
聖女であるシア先輩を含めた聖職者たちは、無償奉仕ではない。生活費や食費の為に、なんらかの仕事に従事している。
「何でも、新人の教育で聖水が大量に余っちゃったらしいんだよ。その時に譲って貰った」
「なるほど、それなら無償同然でも構わない訳だ。とは言ってもこんなに必要?」
大量に聖水を用意出来た理由は分かった。だが気になってしまうことが二つある。一つ目は新人の人達が聖水を作成したという点だ。期待している効果が発生するのか怪しいと思わなかったのか疑問に思うが、エリスのことだ。そこまで考えていないだろう。
もう一つは、大量に必要なのかどうかだけど、三十本もある以上は絶対に余る。もちろんこうなった原因は、潜る予定になっていた迷宮のせいだろう。とりあえずエリスに尋ねてみた。
「もしかしてだけど………"禍時の小径"に行くのが怖い?」
「だって、アイツら物理的に効かないだろう? 意味わかんねー」
「私も分かんねーよ。なんで脳筋ってこうもゴーストに対して………」
「玲夏さん。別の迷宮じゃダメなんですか?」
「ダメじゃないけど………詩音やエリスの修行にはもってこいなんだよ」
"禍時の小径"には、アンデッドがメインとして出て来ることが多い。今回潜る迷宮をその場所に決めたのは、それが理由の一つだった。
詩音が言ったように別の迷宮を選択しても良いが、アンデッドが出現する迷宮は少ない。色々な実験もしたいので"禍時の小径"ほど最適な場所はないのだ。
「それで、準備の確認はどうします? 続けますか?」
「いや、大丈夫でしょう。エリス以外は………」
「ですね………」
満場一致で、エリス以外は問題ないと判断された。
委員長も賛同し、リヴィアさえも同様に考えているのか、頭を縦に振って肯定している。さすがにエリスの持ち物は過剰すぎるのだろう。備えあれば憂いなしとは言うが、備えすぎるのはある意味問題しか残らないはず。
話し合いが終わったちょうどその時、客の来店を知らせるベルが鳴った。喫茶店に入ってきたのは見覚えのある者達、学園の制服を着たクラスメイト二人と、高価そうなスーツを身に付けた教師の三人だ。
彼らは店内を見渡した後、こちらに気付いたみたいで近づいてくる。迷宮に行くには準備が必要、呼んだのは私だ。
「今回、迷宮攻略を手伝ってくれる。助っ人の到着みたい」




