会長の秘密
豪華と言って遜色ない立派なデスク、その上には書類が大量に乗せられていた。今年度の予算案、生徒に関する情報、部活動の許可書などなどを書き連ねられた紙の束だ。そのデスクに積まれている書類を片付ける役割を任命された女子生徒は、学園のトップに君臨する生徒会長にして、聖女として知られる人物"法光院アルテシア"だった。
彼女は椅子の背もたれに身体を預け、深く座り込んで本を読んでいる。本物の聖職者らしく、今は神聖な雰囲気を漂わせていた書物を読み耽っていた。彼女以外、誰もいない生徒会室でじっくり一枚一枚ページを開いて読んでいると、部屋の中に入ってくる人物がいた。
扉を開いて入ってきたのは小柄な少女で、可愛らしさを振り撒く容姿をしている。だが彼女には、それと同時に目を奪われてしまう特徴があった。学園内で見かける者達の中では数少ない獣人、頭上にはフサっとした兎の耳が二つ、いわゆる彼女は兎人族と呼ばれる種族だった。
ぴこぴこと、特徴的なうさ耳を揺らしながら、未だに本を読んでいる聖女に近づく。
「会長……………会長!」
「ひゃっ⁉︎ ひゃい⁉︎ 私はちゃんと仕事してます!」
「………」
「あ………えっと、こ、これは違うんですよ。今日のノルマは完全に終わっていますから………その……」
「はぁー」
何度目かの呼びかけによって、ようやく彼女の存在に気付く事が出来た聖女。入室したことが分からなかった為に驚きで身体を跳ねさせ、書物を引き出しへと素早く仕舞い込む。一連の動作を呆れた様子で彼女は見ていた。今日のノルマは終わったと、必死に言い訳をしている聖女に大きな溜息を吐いた後「そんなことは気にしていません」と返す。
その言葉に目を丸くして驚いている聖女だが、彼女を含めた者達はよく知っている。聖女と呼ばれる存在が、どれだけの働き者かを身に染みているほど理解しているのだ。ちょっとした休憩を、咎める者は此処にはいなかった。
「会長、お疲れでしょう。いまお茶を入れますので、少し待ってて下さい」
「ありがとうございます。みーちゃん!」
「みーちゃんって言わないで下さい!! 恥ずかしいんです!!」
「フフフッ!」
休憩がてら、お茶を入れると言って湯を沸かし始める彼女に、お礼と同時に愛称で呼んだ聖女。気に入ってすらいない呼び方をされた彼女は猛抗議で、やめるように言った。恥ずかしさで真っ赤になった顔を見て、聖女は機嫌が良さそうに微笑んでいる。
「この紅茶、いつも美味しいですね」
「おだてすぎですから、やめて下さい」
「本当のことなんですが………ところで、私の机がどうかしました? そっちの方ばかり見てますが?」
「えっ? あー、特には………」
「そうですか? あっ! みーちゃん、これを渡し忘れてました」
話しの最中にデスクの方へ視線を向けて凝視していた為か、疑問に思って聞いてみた聖女に何でもないと彼女は返す。その影響かは知らないが、大事なことを思い出したと差し出した一枚の紙、そこに書かれた内容は一人の生徒に関する情報だった。
だが、まとめられた内容からはどう考えても、渡し忘れていたと言うほどの重要な事柄が書かれた紙とは思えなかったのだ。危惧すべき問題があるかと問われれば、それらしい事は書かれていないと答えられた。
彼女は片手を頬に添えて、態度に表れるくらいに動揺し戸惑っていた。
聖女は仕事が出来るタイプの人物だが、一度でも考え事などに嵌まり込むと周りが見えなくなる。結果的に渡された紙については、内容を確認せずにそのまま渡したからだろう。そう思い至った彼女は紙を、聖女に見えるようにして言った。
「会長………これどう考えても、内容を確認しないで渡しましたよね?」
「ん? あっ! すいません、間違えてしまいました。正しくは………こっちですね。うっかり!」
「まぁ、会長らしいというか、ちょっとしたミスですから、気にしてないんですけどね。ところで………これは交流戦の選抜ですか? 此れは確かに重要ですね」
すぐにそれが間違いだと気付いて探し始めた。聖女は山のようにある書類の中から、一枚の紙を取り出して内容を確認している。渡すべき情報が記載された書類だと分かったのだろう。向きを変えて、内容を彼女に見えるようにして渡す。
改めて受け取った書類には、交流戦に出場する者達の名が書かれていた。既に決まっている生徒も中にはいたが、確定とまではいかない者の名も記入されている。上から下まで見通している途中、一人の生徒が気になった。
「あの……会長? この生徒はさっき………」
「それについては問題ありませんよ。セイラさんが手を回していますので心配しないでください」
「あの人が? 確かに一枚噛んでいるとなれば………やりかねないですね」
もう一度、書類に視線を落とし考え事に没頭し始める。学園長の秘書、セイラが裏から関わっているなら問題ないと納得出来たのか、何度か肯いていた。
選抜された生徒達は、それぞれ二年と三年が出場できる本戦と、一年の生徒が出場する新人戦の二つに分かれていた。本戦の方に選ばれた者達の一番下、一年B組"小鳥遊玲夏"学年と共に名がしっかりと記入されている。間違いではなく故意で、選手として登録されていたのだと分かった。
「さて、そろそろ時間になりますので、ここで失礼しますね?楽しみに待ってて下さい。みーちゃん!」
「みーちゃん言わないで下さい!」
徐に立ち上がった聖女は用事が有るらしく、生徒会室を出て行く。反射的に抗議するが、予想通りに受け流されて終わる。
扉が閉まった後、物音一つ聞き逃さないようにうさ耳を直立させていた彼女は、徐々に遠ざかる足音を確認していた。戻って来ないと確信を覚え、緊張を解すようにうさ耳をしんなりとさせて、ふさふさな状態に戻す。
すぐさま立ち上がり、聖女が使用していたデスクの引き出しを開ける。中には一冊の聖書、先程まで聖女が読んでいた書物だと思い、ゆっくりと丁寧に取り出した。傷を付けないように気をつけて中身を開く。
「万民が持ちし物、異なる二つの宝玉、神への扉が開く………? 」
聖書に書かれた言葉を読み上げるが、意味を理解出来ないので首を捻ってみる。そんな時に頭に浮かんだのは、読んでいる聖書のタイトルを確認だった。だが目の前から聖書が消えて、代わりに現れたのは………
「か、会長………」
戻って来ないと確信していた分、驚愕し戸惑っていた。現れた聖女は、明らかに憤怒しているのではないかと錯覚してしまう笑顔だった。微笑んだままの表情で、彼女へと手を伸ばす聖女に、ぎゅっと固く目を閉じる。
「こらっ!」
「痛っ!………へっ?」
「まったく、勝手に見ちゃ駄目ですよ」
思っていた反応と違い、額にデコピンされてそれで終わる。彼女は内心、もう少し怒られると思って身構えていたが、結果は注意されただけだった。それよりも不思議に思っていたのは、聖女が持っていた書物だ。
(どうして消えたはずの聖書が此処に………どうやって持ち出したんですか会長)




