迷宮
学園入学から約一カ月後
この世界には三大奇象と呼ばれるものが存在する。迷宮、境界、断崖の三種があり、未だに解明されていない謎が数多くあった。今回はその内の一つである迷宮へと、実力をつける為に学園の生徒たちが来ていたのだ。
「はぁっ!」
「グギャ⁉︎ 」
広く薄暗い洞窟のような場所で大剣を振り、緑の体色をした魔物、ゴブリンを倒している少女がいた。短い悲鳴を上げて、ドサッと倒れた後に動かないのを確認して終わったと思った少女、エリスは振り返る。
「これでノルマは終わったな、それにしても良く湧いてくるよな?迷宮の魔物は………」
「仕方ありませんよ、迷宮産の魔物は、外敵である私達を殺すことしか頭にありませんから」
エリスの問いに対して、委員長である宝仙滴はその様に返した。今は迷宮に潜って魔物を倒す為の授業を行なっている。街の外側にいる魔物と違い、迷宮産の魔物は誰かれ構わずに襲ってくる生き物だ。
迷宮ではいつの間にか魔物が生まれては、縄張りどころか意識を持っているのか怪しいくらいに知能がない。
同種の魔物でも、大人しいとされていた在来種と、迷宮産ではえらい違いがある。その為に迷宮は危険な場所として知られ、命を落とす可能性もある程だった。
ならば迷宮に潜らなければいいという話しにはならないのだ。何故なら、魔物から取れる魔石は数少ないエネルギー源と化している。
日常生活を支える魔導具に使われている魔石は、いくつかの欠点があった。魔力が押し固められている状態のせいか、抽出する為には時間が掛かってしまうのだ。私達が魔法を発動させる触媒とは違い、長時間の運用が可能になっているが、威力ともに発動速度が遅いという点がある。
逆に自分たちの魔力を使えば、すぐさま体内に保有している魔力が空になる。魔石でなければそう長くは使えないのだ。その為に多くの冒険者たちは、迷宮に潜って生活用の魔石、エネルギー源を確保しているのだった。
魔法を発動するなら自分たちの魔力で、生活用などの場合には、魔石をエネルギー源にしている魔導具を使うといった具合に分けていた。
委員長は、エリスの持つ武器にチラリと視線を向けた。両手剣よりも小さく、片手剣より大きめな、バスタードソードと言える武器を彼女は持っている。
前の時は重そうなイメージがある戦斧だったが、今は剣へと持ち変えているのが気になった委員長は聞いてみることにした。
「エリスさん。何でバスタードソードに変えたんですか?」
「あぁ、此れか? 小鳥遊から聞かれたんだよな。魔法の触媒になる魔導具は何かって?剣か槍であれば教えられると言ってたんだよ」
「それで剣をですか?」
「これくらいの大きさと重さがちょうど良くてな?前々から憧れてたんだ!」
「なるほど、第一位に憧れてたんでしたね」
「お二人とも大丈夫でありますか?」
「ああ、大丈夫だ山下。どうしたんだ、瓶なんか持って?」
「差し入れであります。グイッと飲むでありますよ!」
パーティメンバーとして迷宮に潜っていたクラスメイトである一人、山下君が二人に近づき声を掛けてきた。だがその手には、怪しい雰囲気が漂う瓶が握られていたのだ。
ちょうど二人分、エリスと委員長の為に用意された物だろう。とりあえず、渡された瓶の中身を覗いて確認してみるが、どのような代物なのかが分からない。
だが、それとなく気になったエリスは開口一番に中身が何かを聞いてみる事にした。
「これは一体何だ?」
「サナーレ先生からの差し入れ、新作みたいであります」
内容を聞いたエリスはそのまま、持っていた瓶を地面へと叩き付けた。衝撃によって瓶が割れた事で、中身が溢れなんらかの液体は土の中に染み込んでいく。
通常であれば勿体ない行為だが、彼女の事を良く知る人物であるなら当たり前の行ないだった。
さすがに怒りが隠せないのか、エリスは手をパキパキと鳴らして山下君へと近づいていく。言わなくとも、その行為だけで未来を想像出来てしまうだろう。
「………委員長。こいつしめるか?」
「良いですね、やりましょう!」
「ちょっ、ちょっと待つであります!今回のは苺味であります、問題ないでありますから!」
「サナーレ先生の新作っていうのが問題なんだが?」
学園内では有名人と化しているサナーレ先生は、毒草の栽培だけでなく。薬品等の調合が趣味なところがあった。一回目の授業において痛い目にあったのにも関わらず、彼女に関わるとは懲りていないらしい。
「サナーレ先生は悪い人ではないであります。おかげで魔力量が少し上がったでありますから」
「まぁ、確かに悪い人じゃないが、変な薬を他人に飲ませるか? それより苺味と言ってたが、まさか………飲んだのか?」
「耐性がついたでありますからな〜、気絶しないで済んだであります」
「まぁ、いいや、それにしても小鳥遊の奴は大丈夫なんだろうか?」
エリスが話題に出した人物は今はいない。決められたパーティーメンバーには、委員長や山下君を含めた男子二人に、監督官として先輩達が一人ずつ就いている事になっていた。本来であれば、七人いなければならないのだが、今は六人しかパーティーとして成立していなかったのだ。
それというのも、迷宮に入る為には冒険者が持つライセンスと呼ばれるカードが必要になってくる。学園に通う者たちには、代わりに生徒手帳を持っている事が迷宮に入る為の条件になっていた。
迷宮に入る前に先生が直接、生徒手帳を配っていたが、彼女の生徒手帳はなかったのだ。迷宮には入れず、その代わりとばかりに授業が免除になっている。
もしも学生証が配られていた場合には、エリス達のパーティーメンバーとして行動していたはずだった。
「そうでありますな、他のパーティーメンバーである二人も残念がってましたしな〜」
「あいつら、小鳥遊がパーティーに入ったのが分かったら、ぬか喜びしてたからな」
「小鳥遊さんは美人ですからね、パーティーメンバーになったら、少しでも話したりすることができますから。普段から人を寄せ付けないオーラを出してるので………」
「まぁ、しょうがないよな。此ればっかりは先生たちに非があるからな」
「えぇ、仕方ありませんよ。生徒手帳が無ければ、身分の証明どころか迷宮には入れませんから」
学園の生徒たちにとって、迷宮に潜る事は一種の憧れと化している。それぞれの目的などは様々だが、迷宮には潜るだけの価値があった。
地上とは違い、地下であるにも関わらずに海や森林と言った場所が存在していたのだ。他にも珍しい金属が生成されていたりもするので、人によっては宝の山と呼んでたりする。研究者たちが迷宮の謎を追い求めて日夜、護衛を雇い潜っていた。
景色や見晴らしが良い為もあってか、観光目的で入っていく人も後が立たないと言われ、安全地帯でピクニック同然の行いをしている人達も居た。生徒たちにとっても同じで、年齢制限とライセンスで今まで入れない為に、一度でも入りたいと思う者達もいた程だった。
エリスと委員長の二人が話し合っていると、山下君は袋に手を突っ込んでは、ある物を取り出した。先程の何らかの薬品が入った瓶を取り出して、彼は言ったのだ。
「これを飲んで元気を出してもらうであります!」
「お前、マジで殺されるからな?あいつは怒らせるとヤバイぞ?」
「ですね。内側から、魔法で破壊されますよ?」
「………」
脅しに近い言葉を聞いた山下君は、最後には黙ってしまった。




