槍と剣
"セイバートゥース"と呼ばれる虎型の魔物、それが私たちの前に現れてこちらを睨んでいた。鋭く身体を射抜く視線は、大抵の生物であれば恐怖で動けなくなるのは間違いない。
「セイバートゥース⁉︎ 何でこんな場所に王獣が、生息域は峡谷のはずです⁉︎ 」
詩音が叫んだ通り生息地は深い峡谷で、ひっそりと過ごしている。あまり人前に姿を見せる魔物ではない上に、強さはそんじょそこらの魔物とは一線を画す程だった。
セイバートゥースは魔法省から王獣と指定されている魔物で、そのように呼ばれる魔物は魔王種に進化しやすい。さらに、進化前でも高ランクの実力を持つ為に、数体だけでも魔王種に匹敵してしまう。
「確か、セイバートゥースのランクって………」
「Aランクとされていますが、あれは魔王種です。玲夏さん。逃げましょう!」
「………詩音。逃げられると思う? 」
「そ、それは………」
何故だか分からないが、魔王種はその場を動かずにこちらを睨んでいるだけだ。もしも、私たちが動けばすぐにでも襲い掛かってくるだろう。通常種のセイバートゥースであればAランクだが、魔王種の場合は強さが一段階上がる。
魔物のランクにはA.B.C.D.E.F.の六段階に決められているが、魔王種はさらに上のSランクに定められていた。魔王種と判断されれば、問答無用でSランクとされ警戒する対象に変わる。
詩音からしてみれば、勝てる相手ではないと思うのも無理はない。片目を隠していた眼帯を外すと同時に視界が一気に開ける。
「死月の蒼槍、炎陽の黒剣」
愛用している死月の蒼槍と、漆黒の魔剣の印象を受ける、赤と金で装飾された黒剣を呼び出す。槍と剣を強く握り締め、背後にいる二人の方を一瞥した。
するとリヴィアは、私が武器を呼び出したのを見て何かを察したのだろう、詩音を抱えたまま後方へと下がって行った。自分自身の役割を全うする為に、最初に詩音を安全な場所へと連れて行くのを優先的にこなしたみたいだ。
私たちの準備が出来たのを確認したのか、魔王種は唸り始める。先程まで動かない状態であったのに、今は興奮している為か鼻息が荒かった。
「ガァァァアアアアーーーー!!!」
空に向かって咆哮をかました魔王種、戦闘前の鼓舞なのだろう。空気がビリビリと震え、大地が揺れている感覚を全身で感じた。魔王種はそのまま姿勢を低くした後、足元の地面が抉れると同時に走り出した。
「ガァアアアアーーー!!」
「………氷壁」
走り出した直線上に、十数枚の分厚い氷壁が出現しては魔王種の行手を遮る。だが、突進をやめることはないままに勢いよく、氷の壁に突っ込んできた。
バリンッというガラスでも割るかのような音を立て、氷壁はなす術もなく破壊されていく。最後の一枚を壊した後、私の目の前へと姿を現した魔王種は、刹那の合間に私を殺すと言わんばかりに睨んでいた。
「ガァアウー!!」
「………」
槍と剣を交差し突進を受け止める。その反動により地面は抉れ地形が変わっていく。受け止めた後、一度膠着状態になったが、すぐさま私は片手の剣を空へと掲げ振り下ろした。
「はぁっ!」
「ガァアアアアーーー!!!」
剣が頭部に直撃した事で、魔王種は悲鳴を上げ大地へと身体を沈めた。そのまま地面に縫い付けられた状態から、起死回生を図る為か攻撃してくる。
「ッ⁉︎ 尻尾⁉︎」
意思を持った尾は横なぎに薙ぎ払われ、攻撃を仕掛けてくるが。私は空中へと飛び上がり、魔王種の攻撃を回避すると同時に、すれ違いざまに剣で斬り付けた。
だが、剣での攻撃は無意味だった。硬い毛に覆われた尾は傷一つ付いていない。空中に浮かんだままでは狙いの的だ。すぐさま体勢を整える為に重力魔法を発動した。
「自重」
自身にかかる重力を増加して、ちょうど真下にいる魔王種を狙い槍を突き刺す。だが既に、動ける状態に戻っていたせいか即座に回避された。
そのまま地面へと槍を突き刺し、着地することに成功した私は、魔王種の姿を視界の端で捉える。大地を庭のように駆け、距離を取っては反撃の機会を狙っているようだった。
「………させない。炎連弾、冷光」
魔王種を標的に、火属性と氷属性の魔法を同時に発動する。無数の炎弾と青い光の球が空中に展開され、狙いをつけてから発射された。
移動速度が上まっていたせいで、次々に魔法が外れていく。炎弾が地面へと当たると爆発が起こり、氷の光線は意味もなく周囲を氷漬けにしていった。
詩音とリヴィアの二人は、安全地帯である城壁の上へと避難していた。退避後に勃発した戦闘を、その場で観ていた者たちは口を半開きにし驚いている。
「凄いです………玲夏さんがここまで戦えるとは思いませんでした。リヴィアさん、大丈夫ですか?」
「………えぇ、大丈夫です。私も、ご主人様がこれほどとは思っていませんでしたから………悪魔である私を召喚した以上は強いと分かっていましたが、これは予想外です」
最も安全な場所にて、観戦していた者たちは見入ってしまっている。本来であれば怪我を治す為に手当てを受けに行くが、それはお構いなしで戦闘の行く末を見守っていた。
近接戦闘から、魔王種との距離が一気に離れたことで魔法戦に切り替わった。その瞬間に全員が前のめりに、城壁の外側へと乗り出した。
「えっ⁉︎ 火属性と氷属性の同時発動⁉︎ 」
戦場では魔王種に襲い掛かる二つの魔法に、多くの者たちはさらなる驚きを見せた。滅多に観ることは出来ない魔法の同時発動に興奮し、夢中になっている。
「あぁ、なるほど。剣と槍を同時に使っていたのはこの為ですね。確か人間界では、二つの魔導具を同時に使うのは………」
「難しいです。別々の魔導具を触媒に魔法を発動するには、それぞれの明確なイメージと魔法の扱いが重要ですから。ましてや合成魔法ではなく、相殺しあう属性であれば最悪、打ち消されてしまいます」
「魔王種を相手に怯まない胆力、それを受け止めるだけの膂力、どちらも申し分ありませんね!さすがです!」
リヴィアは主を褒め称え、詩音は戦場へと視線を戻す。今もなお、戦っている彼女を心の中で応援していた。




