追憶
私はただ、彼女の側に居る事が出来ればそれで良かった。
さらさらと靡く白い絹の様な髪、左右で異なる澄んだ海の如き蒼い瞳、燃え盛る太陽の如き紅い瞳、姿形は違えど私にはそれが印象的だった。
あの日、私と彼女が出会ったのは運命だった。事情により、たった一日しか逢えていないが、私自身が変わる事が出来た分岐点と言えた。その日を最後に別れた後、約十年という歳月の後に学園へと入学を果たした。
ようやく出会えた存在が彼女だった。今はあの頃と違い、とても綺麗で美しい女性へと育っていた。
桜が舞い散る中、彼女に近づき話しかけた。だが予想とは違い、私の事は覚えていなかった。長い空白の期間があったが、忘れていたとしてもいい、これから先の未来を一緒に過ごせれば私はそれで良かった。
だが、やっと出会えたというのに私の前から姿を消した。仕方ない、それが彼女であり運命だからだ。
後ろ姿を見送った後、隣にいた女性悪魔であるリヴィアさんは、一言だけぽつりと呟いた。
「悲しいですね………」
「………えっ? それはどういう………」
私の護衛として居てくれる彼女、リヴィアさんが放った一言が理解出来なかった。あまりに大雑把すぎて、内容が何一つ分からない。
リヴィアさんは俯いてから、自身の右手へと視線を移した。彼女は何故か、右手を見つめたまま話し始めた。
「………服従と信頼。私たち召喚獣には魔力経路が主と繋がっています。それが右手にある"契約の証"です。本来は見えませんが魔力を送ると…」
リヴィアさんの右手の甲に徐々に変化が訪れる。赤黒い模様、それこそが"契約の証"として刻まれていた。
それは私にも存在して刻まれている。自身の召喚獣はカーバンクルと呼ばれる希少な聖獣である。
「私たち召喚獣には、契約の証を通じて主から魔力を貰います」
「魔力を貰うことで召喚獣は少しずつ成長するからですよね?」
「………そうです。召喚獣として呼び出された場合は実力、強さとしてのランクが下がります。ですが安全装置として、霊体の状態で召喚されますから」
つまり召喚獣は、呼び出された場合は弱くなるが、霊体なので本体には影響しないと言いたいのだ。だがリヴィアさんが言いたいことは違うのではないかと私は思った。
「詩音様。魔力は何処から来ると思っていますか?」
「えっ? 魔力は空気中にある魔素が、人の体内に貯まるものではないのですか?」
リヴィアさんは私の答えを聞いた後、何かを考え込む素振りを見せた。この世界にある答えとしては一般的である、誰もが知っている常識だった。
考えがまとまったのか、ゆっくりと目を見開き納得したと言える表情を私に見せた。何が分かったのかは知らないが、リヴィアさんは悪魔だ。魔界に暮らしていると言われる悪魔からしてみれば、違った常識なのだと私は改めて思い知らされた。
「………なるほど、そう言うことであれば納得です。悪用すれば、非人道的な事になるのは間違いないですから」
「………………すいません、一体どういうことか教えてくれませんか?」
未だに分からない、最初にリヴィアさんが言った言葉の意味と、魔力が何処から来るのか、それがどの様に繋がっているのかは彼女が知っているのだろう。
「最初に言った答えは、ご主人様から魔力を貰うのと同時に、感情が送られて来るからです。自己犠牲、大切なものは生命を懸けてまで救おうとするでしょう」
「それって………リヴィアさんは、玲夏さんの気持ちが分かると言うことですか? 」
「はい、なので詩音様に何かあれば、ご主人様は悲しみます。私が護衛として付いているのはその為です。それと、後一つ………」
先程とは違う、とても真剣な表情に鼓動が速くなる。このさきの質問は私にとって、ある意味で運命の選択になるだろうと思った。
「詩音様………あなたにとってご主人様はどの様な存在なんですか? 」
「………………」
「………まぁ、いいです。近い内に聴かせて下さい、あなたの心を」
何も答えを返すことが出来なかった。それはまだ良い、聞いた本人であるリヴィアさんは、あまり期待してなさそうだったからだ。私にとって玲夏さんはどの様な存在なのか。私としては、そばで彼女を見守ればそれで良い、だがそんな事が最善の答えではないだろう。
「ところで、ご主人様を追いかけなくて良いんですか?」
「………えっ⁉︎ そんなことが出来るんですか⁉︎ 」
長く話しをしてしまった以上は、間に合わないと思っていたからだ。言われた通り戻るまで待っている予定だった。今から玲夏さんの元に行けるなら行きたい、そう思った私はリヴィアさんに向き直り、お願いした。
「お願いします!」
「かしこまりました。なら、掴まっていて下さい」
「えっ?………あ、その、待って」
リヴィアさんは、お姫様抱っこの姿勢で私を抱きかかえた。大地を強く踏み締めた後、一気に空中へと飛び上がる。あまりの勢いに、私は悲鳴を上げて彼女に抱き付いた。
「いやぁぁぁあああああーーー!!!」
「シャァァァーーー!!!」
ミューダは威嚇同然の咆哮を上げ、その場を蹂躙していった。巨大な尾による一撃が大地に叩きつけられ、衝撃波が魔物を襲い地面を抉っている。
最後に残った魔物を倒して、戦闘は終了した。戦場となった場所では死屍累々と化し、何かが動く気配はしていない。そんな場所に降り立った私は、辺りを見回してから二体の方へと向き直った。
「助かったよ。アトラ、ミューダ、ありがとう」
御礼を言ったが、ミューダはともかくアトラはとても不満そうだった。呼ばれたにも関わらず、何も出来ない事が嫌なんだろう。
「はぁ………呼ばれたのに活躍出来なかった。まあ、母様の役には立てなかったけど、いっか。ミューダがしっかりとやってくれたし、母様と一緒にいれたし!」
少し落ち込んでいたが、すぐに笑顔になったアトラの頭を撫でる。一応の戦力を整えて来たが、必要はなかったみたいで安心した。すると、私のすぐ側に誰かが来る気配がする。そちらの方を見ると、詩音と護衛に就くように命じていたリヴィアがやってきた。
「来ちゃったのか、詩音。リヴィアが連れてきたんでしょ?」
「すいませんご主人様。てへっ♪」
此処に来ること自体は問題なかった。もう既に戦闘は終わっているのに加え、危険はないのだ。
リヴィアは、この場にいる私以外の二体を見てから口を開いた。
「そちらの方達はご主人様の召喚獣ですか? 魔力経路が繋がっているようですが………機動力の確保と戦力の為に呼んだんですね?」
「そうだよ、この子はアトラ。そっちの大蛇がミューダって言うの、二人とも挨拶をして」
私が挨拶を促したせいで後悔した。アトラはリヴィアをジロジロと見終わった後に一言だけ放った。
「何? このババアは?………」
「ばっ、ババア!」
予想していた返事とは違い、いきなりの罵りの言葉にリヴィアは目を見開き驚いていた。彼女の見た目はともかく、悪魔である以上、中身の年齢は私たちの想像を超えるのは間違いなかった。
それに対してリヴィアは、優雅にアトラの前に出ると同時に、スカートの裾を摘み御辞儀をしだした。
「私はご主人様の忠実な僕、いわゆるメイドである。リヴィアと申します、小娘」
「小娘⁉︎ 思った以上に根に持ってる!」
悪魔である為、年齢については許容範囲になっていると思ったが、女性である以上そうとう気にしていたみたいだ。それと、リヴィアは補足とばかりに付け足した。
「それと私は、永遠の二十五歳です」




