実力者
私たちが車に乗り込んでからというもの、誰も一言も発さなかった。さすがに流れていく景色を見ている訳にもいかなかったので口を開く事にした。
「………それで、何があったの?普通だったら緊急避難用のサイレンを鳴らすはずだけど?」
通常であれば、即座に避難指示が出るはずだが、今回は何故か鳴っていなかった。
「まあ、そうじゃな、詳しい情報は軍が知っておるぞ。何でも、思った以上に深刻な事が起こって大変らしい」
つまりは、魔王種の出現によって予想外の出来事が発生した為に対応出来ていないか、それとも脅威にはなっていないが解決出来ないかのどっちかだ。
それに具体的な事を知らない詩音が、不安そうに私の服の裾を掴んでいる。安心させる方法として、手を握った。説明してあげたいところだが、私にはこれぐらいしか出来ない。
「大丈夫?詩音」
「大丈夫です、玲夏さんがいてくれてますから。その………一体なにがあったんですか?」
「………ごめん、今はまだ何も言えない。ただ何があっても、おじいちゃんかセイラさんの二人から離れないようにして」
「は、はい………」
まだ少しだけ不安そうにしているが問題ないだろう。
車に乗ってからというもの、学園都市の郊外にある森へと出たが、此処が目的地ではないはずだ。そのままセイラさんが車を運転していると、建物が少しずつ見えてきた。
「此処が、学園都市を守護する為に存在する建物、軍の駐屯基地です。今後の状況については、軍の人達が教えてくれるはずですが………」
「大変な事になっていなければ良いんじゃがな?」
「はい」
基地の入り口に車を近づけていく、すると門番らしき迷彩服を着た二人組が確認しに来た。こんな時に混乱に乗じて侵入する者はさすがにいないだろうが、それでもしっかり確認しにきているのは軍人と言えた。
「すまないが止まってくれ………お、おい! 賢者様が来てくれたぞ!」
「早くお通しするんだ!」
通行の許可が降りた結果、セイラさんが車を基地内へと進めていくが。その際に後部座席にいた私たちが不思議だったのか軍人の何人かが首を傾げている。
全く関係なさそうな者がいれば不思議に思ってしまうのは当たり前だった。
車から降りて早々に一人の女性が近づいてくる。
美女という言葉が似合う人物であり、彼女は軍服に身を包み頭上にはギャリソン・キャップ、または舟形帽と言われる帽子をかぶっていた。
彼女の種族は、特徴的な耳が帽子からはみ出て、腰のところから細長い尻尾が生えていた。
数多くいる獣人の中では、彼女たちの種族を猫人族と呼んでいる。女性だけがそのように言われ、男性たちは虎人族と決まっていた。
私たちの少し手前で止まった彼女は敬礼を行い、自己紹介を始めた。
「陸軍曹長、ミランダと申します。賢者様方、お忙しい中すみませんがこちらへ」
そのまま誘導されるようについて行った先には、会議室と書かれたプレートのある部屋へとやって来た。おそらくだが、未だにこの部屋で今回の件について話し合っているのだろう。もしくは、私たちが到着するのを待っていたかのどっちかだ。
足を止めて全員いるのを確認した後、彼女は扉の方へと向き直った。数回程、扉をノックした後に一拍置いてから開け放った。
部屋のなかにいる者達に知らせるノック音でも、誰が来たのか気になるのだろう。全員がこちらを向いて待っていた。あまりの迫力ある風貌に、足が竦んでしまうほどに怖かった。
「賢者様方が御到着なさいました」
その場にいる強面の男たちは、その言葉に安堵の溜息を吐き出して喜びあっていた。
「はぁー! 良かった。賢者様が来てくれれば大丈夫だ!」
「あぁ! もう問題ないな、これで解決出来たも同然だな!」
先程の雰囲気を払拭するほどの喜びように何も言えない。今は事態が切羽詰まる程の事は起こっていないと考えられるが、それは時間の問題だろう。
すると私たちの前に、身長が2メートルを超える程の大男が現れる。何故だかその人物は、賢者と呼ばれる学園長を通り過ぎて、私のところにやってきた。
巨人族と思われる人物は、スッと巨大な手を差し出してくる。それに対して私も、同様に手を握り返す形を取った。
「………お逢い出来て光栄だ。白猫殿」
「えっと、こちらこそ、お会い出来て光栄です。"鉄壁"のコランさん………まさか、二桁の人と会えるとは思ってもいませんでした」
序列第二十七位、"鉄壁"の異名を持った厳つい巨人族の男であるその人は、言われている異名通りに無敗の強さを誇り、対人、対魔物戦においてどんな攻撃も防いでいた程の男だ。
軍人からしてみれば憧れの対象であるのは間違いない上に、様々な知識を元に兵達を指揮していた人物でもある。握手をし終わると同時に手を頭の方へと持っていく、敬礼を行うと改めて名乗り出した。
「陸軍大佐、コランであります。賢者様方、お待ちしていました………ところで白猫殿? お名前をいただきたいのですがよろしいか? それと、我の事を覚えておいでか?」
「………あっ! 私は小鳥遊玲夏と言います。えっと、すいません。初めてお会いしたと思うんですが?」
頭の中を探るが記憶に残ってはいない、一度でも会えば分かるが、知り会ってはいないはずだ。二桁の人物は有名人ばかりである、その為に顔についてもある程度割れてる場合があり知っていたが、私は直接的にこの人と会ったのかは覚えていなかった。
「そうか………さすがに数年前の出来事で、少ししか顔を合わせなかった。なら覚えていないのは当然だな、仕方ない」
「………なんかすいません」
「問題ない」
席に案内され座ると、詩音が私の耳元に顔を近づけ周りに聞こえない声量で一つの疑問を聞いてきた。
「あの、玲夏さん。コランさんが先程言っていた白猫というのは?」
「私の通り名みたいな物かな? 知っている人は少ないけど………」
「そうなんですか?」
先程の巨漢の男、コランさんは周囲を見渡し、全員が落ち着くのを見計らい口を開いた。詳しい情報を知っているのだろう。
「今回発生したのは、魔王種の発生及び、魔物たちが群れている事について話し合いたい」
想像する事の出来ない事に、その場の全員が驚いて顔を見合わせている。それもそのはず、通常通りであれば魔王種は暴れることしかしない。大量の魔力を一度に吸収してしまえば、精神に異常をきたしてしまう為だ。
さらに魔物が群れで行動する事は有り得なかった。別種の魔物はそれぞれ相性が存在している、食物連鎖がある以上、群れて集まる習性を持った魔物は数少ない。なにせ魔物は人類だけでなく、他の魔物さえも捕食し魔力を吸収するからだ。
有り得ない事象が二つ同時に発生してしまっては対処出来ないだろう。そして、この中にいる者達は多くの知識を所有している人物に顔を向けた。
学園長だ。世界中にいる人達の中でも祖父の事を知らない者はいない。賢者と呼ばれる逸材である以上、この時の対処法を心得ていると思うはずだ。全員の期待と言える視線を受けて、咳払いを一つした後に問い質した。
「なるほど、もうすでに出来る限りの事はしたんじゃろ?」
「はい、部下の数名を見張りに就かせ、何かが有れば即座に動けるようにしています」
「………つまりは魔物たち、魔王種は動いていないんじゃな? だからこそ儂等を収集し、解決出来るだけの戦力を整えさせているところじゃな………ふむ、儂でもこんな経験は初めてじゃな」
確かにそのように捉えることができる、行動していないのなら、時間さえ有れば魔王種に対抗する術を揃えられる。だが、それは一桁に匹敵するだけの人物に限られていた。
現状等を鑑みるに、それはさすがに厳しすぎるのだ。この街に来れて対処出来る、または動かせる人は少ない。
「序列………第四位、第五位、第八位、そして第九位の合計4人位しか居ないだろうが。厳しいな………」
「第四位と第九位は本国の方へと戻っている。此処に来るには時間が掛かり過ぎてしまう」
「第五位はどうなんだ?」
「連絡したと思うが、来てくれるとは思えんな」
「第八位には連絡ついているか? 仕事で来れないかもしれないが………仕方ない」
その場の全員が一桁について話し合っている。中々厳しい事に、様々な意見を上げては否定していた。
第一位は王を警護することが務めであり、国の最終防衛線そのものの為に動けない。第三位も同じく似た内容の為に来てくれるとは思えないだろう。
つまり現状は二桁の人物たちがどれだけ来れるかの、時間との勝負であった。




