4.コットンキャンディ・ユニコーン
「ウギャーッ!!」
エレナの素っ頓狂な悲鳴に、ゴハンは大慌てでトイレから飛び出した。
リビングでは、耳まで真っ赤にしたエレナが、両手を顔にへたりこんでいた。そばでバスタオルを腰に巻いただけのパンが、お手上げに両手を広げてみせる。どうやら風呂上りのパンとかちあったようだ。
「着替えを取りに出ただけだ」とパン。
ゴハンは呆れに顎で物をいった。いいからとっとと風呂場に戻れと。
「エレナちゃん……エッレナちゃ~ん」
ゴハンの声に、エレナは恐々顔をあげた。もう半裸のパンは脱衣場に戻ったようだ。しゃがんだゴハンが覗き込むように、エレナと目線を合わせる。
「ごめんごめん! パンの奴、あまり気がまわらなくてさあ。俺チャンがビシッ! と言ってきかせたから安心して」
そう明るくウィンクし、ゴハンがエレナの頭を撫でる。
エレナがちょっとうめいて鼻をすすった。すすって、涙目に首を振った。物音に振り返ったら、半裸のパンがいたのだ。初めて男性の裸をみたエレナは、脳みそが爆発したかと思った。湧き上がるように思い出し、いっそう顔が熱くなる。
「……び、びびびっくりした……びっくりした……ッ」
なんとも純情なエレナにゴハンが苦笑ひとつ。
「お。恥ずかしがってる~! 俺も脱いじゃおっかな? 腹踊り見せちゃうぜ」
場を和ませるようおどけてみせるも、エレナは赤い顔でじろりと睨み返す。
「……ゴハン、そんなことしたらお尻けっとばして、外にほっぽり出すわよ」
「温度差ー! えっそこはパンみたいにドキドキしちゃってよ~! 俺チャンさみしいッ!」
ちょうどその時だった。エレナの携帯が着信に揺れる。耳を当てたエレナの顔に花が咲いた。
「ミシェル! ……うん、大丈夫よ。……でへへ、バレたか。うん、サボッちゃった。……うん、ゆっくりできたわ」
にこやかに頷いたエレナはまばたきひとつ。「えっ下に? すぐ行く! 待っててね」
言うなり通話をきって、大慌てで玄関で靴を履き始める。
「なになに? どったの?」とゴハン。
エレナは靴を履きもって、肩越しに言った。
「親友! 今ロビーにいるんだって、家に来たらバレちゃうから、ロビーで会ってくるっ」
玄関を飛び出したエレナはものの5秒で戻ってきた。
「ラエティーシャさんからもらったアロマや苗を分けてあげよっと!」
言い終わる前に紙袋をつかんで、また出て行った。
エレナの小さな足音遠く、ゴハンがぽつりとつぶやいた。
「普通の女の子じゃん。どうしてイルミナの一人娘が、豪邸とはいえこんな一般居住区に住んでるんだか……」
その声を合図に、パンが脱衣場から出た。乙に済まし、咳払いひとつ。
「世間的には、エレナはイルミナの親戚筋という事になっているようだ。どうも臭うな」
ゴハンは余裕な笑みを返した。
「でも、いい子じゃん?」軽く言って、棚のユニコーンのぬいぐるみを手に取る。
「見ろよこれ~。今はやりのコットンキャンディ・ユニコーンのヌイグルミだぜ。甘い匂いがするやつ」
ゴハンはコットンキャンディ・ユニコーンを振ってみせた。小さな鈴の音に合わせ、甘い砂糖菓子の匂いがプンプンと自己主張する。
パンがふと指をさした。
「そのヌイグルミ、裏側が写真立てになって……ん?」
「へ?裏側?」
ゴハンが目を凝らすパンにまばたきひとつ。手元のコットンキャンディ・ユニコーンを見る。その瞬間、ゴハンとパンは同時に声をあげた。
「そいつは……!」「おいおいマジで?なんでこいつが映ってんの!」
息をのむような間があった。見合って、ゴハンが噛み合わせの悪い顔をする。
「……どうも臭うに完全同意。ホンット、ヤな予感」
パンは真顔で大きく頷いた。
「ああ。お前の言う通り、裏があるようだな。……裏側だけに」
うまいこと言ったつもりのパンに、ゴハンがちょっとだけ笑いをもらす。
「突発的な寒いギャグやめてくんない?」
……・……
ほんの10分ほどだろうか。親友ミシェルの手料理をさげたエレナがご機嫌に戻ってきた。
「休んだから親友が来てくれたの。もしかして寝坊したでしょ、だって! バレちゃった」
言いもって、はたとした。
ゴハンとパンが、コットンキャンディ・ユニコーンを手に取り合っていたのだ。なんともいえない表情で。
「……何? そのぬいぐるみが欲しいの?」とやや怪訝にエレナ。
パンがゴハンの足を踏む。ゴハンが我に返ったかのように、頭をかいた。歯切れ悪い様子まま、エレナの紙袋に指をさす。
「ぁー……もしかしてそれ、アップルパイ?」
それにエレナが目を丸くした。「どうしてわかったの?」
とっさにパンがゴハンを肘で小突き、「リンゴとシナモンの香りがするからな」
エレナはさっきの赤面パニックはどこへやら、鼻歌まじりのご機嫌で紙袋をキッチンに置いた。
「でしょ? おいしいのよー、ミシェル特製アップルパイ。皆で食べましょ」
黄金色のリンゴが輝くアップルパイは、まるで金縁の琥珀のように美しい。エレナはアップルパイを切り分けつつ、隣で紅茶を淹れるパンをちらと見上げた。端正な横顔の綺麗なラインに思わず目が奪われる。
パンがふと視線に気付き、ティーポットにティーコジーをかぶせつつ呟いた。
「……さっきはすまなかった」
エレナは驚いたように首を横に振った。一瞬とはいえ、パンのしなやかで逞しい筋肉が目に焼き付いていた。こんなハンサムな人の体を見てしまったんだと、改めて赤くなる。
「私こそ、いきなり脱衣場を開けてごめんね」
見合って、ちょっと笑いあう。エレナはどきどきが止まらなかった。
★
「いつもあんな仕事を?」
穏やかなティータイムはMIBへの質問タイムとなっていた。陽気に答えるゴハンと、時折つっこみを入れるパンと笑い合う。こんなに賑やかな夜は初めてだった。
「ねえ、もっと色んな話を教えて!」
目を輝かせるエレナにMIBが笑みを返す。楽しい時間は、あっというまに過ぎていったのだった。




