2.ハーブガーデン
エレナ達を乗せた黒いキャデラックが走ること1時間。
ハンドルを握るパンの目が、ルームミラーごしにエレナを見る。エレナはサンドイッチをかじりつつ、後部座席から流れる街風景を眺めていた。
「今回のターゲットは、惑星ライラ出星アンドロメダ星系の人型エイリアンだ」
パンはハンドルをまわしつつ続けた。
「アンドロメダ星人は私たちが過ごす三次元ではなく、五次元の存在だ。そのため地球人からすれば、プラズマ体やエネルギー体などの光の存在でしか認識できない」
エレナは風景から目を離し、ルームミラーを見た。パンのぞっとするほどの青い瞳に目が行く。
「それって、光みたいなエイリアンってこと?」
助手席のゴハンが軽く振り返り、ビンゴに指を鳴らした。
「そうそう! 地球近郊は時空嵐がひどいから、アンドロメダ星人は肉体を得ないとダメージをくらうんだよ」
なんとも荒唐無稽な話だが、昨夜のバケモノを思えば嘘だとは到底思えなかった。
素直に頷くエレナを見て、パンは静かにつけ添えた。
「ターゲットはニードルリング対策として肉体に入ったが、地球宙域を飛行した際、地球に引き寄せられ墜落したようだ。船が壊れ、肉体に長く入っていたため魂と癒着し、母星に帰還できなくなったと」
それにエレナがふと疑問を飛ばす。
「ね、ニードルリングってなに?」
パンは百も承知に、流れるように続けた。
「ニードルリングとは人工電離層形成目的とした、軌道傾斜角約96度・高度約3500kmに浮遊する無線通信機だ。大元は1961年に制作された銅製ダイポールアンテナから始まったが、銀河連盟によって……」
エレナがまばたきひとつ、やや眉をハの字に寄せた。抑揚のない、いかにもな説明文が耳に滑る。
フリーズするエレナに助け舟を出したのは、ゴハンだった。それとなくパンの肩を叩き制止を促し、エレナに振り返る。
「ま、ひらたくいえば軍事目的の残骸さ! そのせいで墜落して帰還できずに困ってるんだって」
エレナは適当に何度か頷いたのだった。
対向車もなく、なだらかな風景が街を遠くする。車がちょうど、大きな山道に差し掛かるころ。
「そろそろ到着かな。そういえばエレナちゃん、トイレ大丈夫?」
まるで小さな子どもに訊ねるように、ゴハンが軽く問いかけた。
もうすぐ到着、の一言に緊張がよみがえる。
昨夜のバケモノを思い出しやや身震いするものの、落ち着き払ったMIBに不思議な気持ちになる。
「うん、平気。……私は何をすればいいの?」
ゴハンはドリンクを飲みつつ、スナック菓子のように軽く答えた。
「ターゲットに、レンズごしに懐中電灯の光を当てるだけ。肉体から引き剥がして母星に送還させてやるんだよ。な~に、すぐに終わるさ」
昼間だというのに、深い木々がトンネルを作る。光と影のコントラストに目がくらみつつ、車は闇を抜けていった。
この先に、一体なにがあるのだろう?
いつか映画で見た、真っ黒いUFOだろうか? それともSFチックな軍事基地?
(初めての仕事だもの、しっかり頑張ろう!)
エレナはきゅっと唇を噛み、気合を入れたのだった。
……・……
深い緑のトンネルが開けると、綺麗に手入れされたハーブガーデンが広がった。
「わぁ!なんて綺麗なの……」
緑の木陰に停車し、ドアを開けてすぐ。エレナは思わず声をあげた。
アンティークなレンガタイルを包むように、鮮やかな生垣が映える。色とりどりの花を咲かせたその奥に、ささやかな山小屋が1つ。
あたたかな太陽のもと、苔の生えた屋根で小鳥たちが日向ぼっこをしていた。
山小屋のウッドデッキには60歳ほどだろうか、ひしゃげた老婆がハーブに水やりをしている。まるで天国の入り口のようだったが、老婆の風貌は老婦というより魔女のそれだ。
「彼女がターゲットのアンドロメダ星人だよ」
そう軽く言ったゴハンに、エレナが仰天に振り返る。
「うそ!」
「本当だ。レンズで視てみなさい」
パンの言い抑えに、エレナは素直にレンズを掲げた。おだやかにゆらめく虹色の先……レンズが映し出す老婆の正体は、確実にヒトではなかった。
薄い水色の肌、2mは軽く越えた高身長。その手指の長いこと! まるでモデルのようなスタイルだがやや厳しい表情で、髪もなく、青暗く落ちくぼんだ瞳に光はない。
エレナは愕然にレンズを降ろした。老婆はふるえる手でジョウロを傾けている。
「さ、行ってきなさい。MIBの使いだと」
パンの軽い声にエレナはぶんぶんと顔を振った。
「むむむムリムリ……! あんなバケモノみたいなエイリアンに話しかけるなんて、絶対にイヤ!」
エイリアン目前に気合が吹っ飛んだエレナは、涙目にパンを見上げた。パンは軽く頷き、エレナの手元のレンズを指す。
「レンズが白っぽく光っているはずだ。白は無害なエイリアンの証だ。レンズを使える君が交渉してくるんだ」
エレナは噛みつくように切り返す。
「もし危険な目に遭ったら!」
真面目くさったパンが、軍人のようにぴしゃりと一言。
「遭わない」
「ほんとに!? いきなりガブッ! って噛みつかれたりしない?」
それにパンが思わず小さく噴き出し、顔を背けた。エレナは矢も楯もたまらずゴハンを見た。ゴハンはさっきからニヤつきまま動画を撮っている。
「もう……!」
エレナはゴハンの携帯を掴み、録画を切った。そして、言い聞かせるように真剣に問いかける。
「噛まれたりしない? 絶対に、危なくないって誓える?」
爆笑をこらえたゴハンが、ひいひい言いながら涙をぬぐった。
「しないしない! ガキのお使いだよ、本人にもこれから向かうって連絡済みで……」
言い終える前に体を二つに折り、笑いをこらえる。
何がそんなにおかしいのか、パンも口元を押さえたままだ。先ほどの真面目くさった返しも、笑いをこらえていたのだと悟る。あっけになったエレナは、自分がバカみたいにみえてなんだか急に恥ずかしくなった。
「もうッばかにして……!一人でも交渉できるわよッ」
ツンと顔を背け、振り切るように勇み足で山小屋に向かう。
背のMIBの気配が遠くなるにつれ、なんだかまた薄ら怖くなってきた。少し振り返ると、ゴハンが海水浴客のように手を振りながら、またムービーを撮っている。エレナはそれに意地悪く舌を見せ、またツンと山小屋へ歩んでいったのだった。
ふと、木の立て看板を見る。綺麗に掘られた文字で、〔ハーブガーデン。アロマ諸々取り扱っています〕とあった。どうもハーブのお店のようだ。山奥のためか他にお客はひとりもいないようだが、いかにも老人らしい筆跡に少し気持ちが和らぐ。
ふと見れば周囲はハーブばかりだ。爽やかな香りに、エレナは一呼吸。落ち着いた足取りで小屋へ向かったのだった。
さてとムービーを切ったゴハンがエレナの背に目を細める。
「……行ったな。安全な仕事とはいえ、一人で向かわせるの可哀そうじゃない?」
パンは腕を組み、車に背を任せた。
「アンドロメダ星人は念話で交信するため、相手の思考が全て読める」
それに、はたとするゴハンが片眉を下げ両手を広げた。「それが何だよ?」と。
「心を読む彼女らは不正や悪事を何より嫌う。計らずとも、エレナ・モーガンがイルミナの撒き餌かどうかわかるわけだ」
少し間があった。ゴハンが言おうとして止めて、ちょっと考えてやっぱり言った。
「それって、エレナちゃんが撒き餌だったら危険じゃないか」
パンは氷のような冷たい目でゴハンを横目見た。
「……あの小娘が俺たちを欺こうとする悪人なら、後悔させるにいい案件だろう」
波音のように木々がせせらぐ。太陽照る木々の木陰は、しんと冷たかった。




