1.サカなんたら
しめやかな雨音が朝を告げ、レースのカーテンがそよ風に揺れる。
やわらかい朝日に、黒金は溶けるように目を覚ました。
見知らぬ天井遠く、シーリングファンがゆったりと回っている。黒金はぼんやりファンを見ていた。どうも地獄ではなさそうだ、と。
「おはよーさん」
ひょこっと顔を覗かせたのはゴハンだった。黒金は眉をひそめ、上半身を起こす。
ベッドのように心地いソファに、いかにも上級階級でございのだだっ広いリビング。黒金はあれからすっかり寝落ちしていたことを悟った。
ドヤ顔のゴハンが、両手を後頭部に足を組む。
「オヤスミの間、ちょっと調べさせてもらったよん。フリーランスの殺し屋、黒金くん。元神父なんだって? なんで殺し屋なんてやってんの」
黒金はテーブルにあった自分のグラサンをはめ、あくびをひとつ噛み殺す。
「……オレは神を信じぬ者を、愛をもって導くだけだ」
それにゴハンがおどけて大げさに肩をすくめてみせた。
「へー! 神さんとやらに会ったことないけどさ、今度ラーメン食おうぜって言っといてよ」
黒金はそんなゴハンを流すようにあたりを見る。
「それよりも京はどこだ、慰謝料を請求してやる」
「きょー? 誰」
きょとんとするゴハンに、黒金は怪訝にまばたき一つ。
見合う2人の沈黙を割るは、寝室のドアを開けたエレナだった。エレナはトンカチや麺棒など詰まった鞄を降ろして、ふと黒金を見る。
「あっおはよー! 黒金くん、体調はもう大丈夫?」
黒金は、エレナを完全に無視した。怪訝に眉をひそめ、ゴハンに軽く手を広げてみせる。
「誰って……陰陽師のガキだ。オレと一緒に潜ってたろうが」と。
ゴハンはバカでも見るように、やや呆れて首を振った。「ま~だ寝ぼけてんの? そんな奴いないよ、お前だけだったろ」
白昼夢から覚めたような感覚に、黒金は気付いた。
どこからともなく内に入り、さも仲間のようにふるまう京の術が解けたのだと。
エレナは黒金の朝食をテーブルに置いて、呆れに声をかけた。
「やだゴハンったら、何言ってるの? いたじゃん、今回の件も幽霊屋敷のお礼だもん。……ほら、……ええと、名前ド忘れしちゃった」
「さかい京」と黒金。エレナは手のひらに拳を落とした。
「ああ、それ! 境きょう! ド忘れしてた、どうして忘れてたんだろ?」
その様子に今度はゴハンが驚いた。食いつくように屈んで、大きく首をかしげる。
「えっほんとにいた? 2人して担いでない?」
エレナはまるで夢を思い出すかのように記憶を巡らせた。しかし考えれば考えるほど、油を塗った鉄棒を掴むがごとく記憶が飛んでいくようだった。
考えもってスマホを開く。確か画像フォルダに〔さかいきょう〕がたまたま写った画像があったはずだと。
しかし、思い当たる画像はなかった。数少ない写真の中、〔サカイキョー〕はどこにも写っていなかった。
「……いや、そもそも、サカなんたらって、一体なんだっけ?」とエレナ。
ゴハンも黒金も首を傾げた。
エレナも首を傾げつつ、パンが作った朝食を一口。
黒金は食後のコーヒーを傾けつつ、ふとエレナの頭の先からつま先まで見た。ご機嫌なエレナは太ももあらわで、体のラインがよく出る寝巻姿だ。
「……君はいつもそんな恰好してんのか?」
エレナははたとして、軽く両腕を上げて笑んで見せた。
「うん。可愛いでしょー、コットンキャンディユニコーンの新作ルームウェア! 歌姫アンヴェガと同じ色なの」
黒金は全く興味なさげに、ついと顔をそらす。
「婦女子がみだりに肌を露出すんな」
エレナは内心、なにがみだりかわからなかった。コットンキャンディユニコーンはTVや学園でも流行ってるからだ。釈然とはしなかったが、素直に従うことにした。
「えー……わかった、着替えてくる」
エレナが自室に消えたとたん、ゴハンがヤンキーのように黒金に絡む。
「おいおい元神父さーん! 何してくれちゃってんの~? 俺たちの日々の癒しを奪わないでくれる?」
黒金はドス低い声で「天に召されたいか、ド変態め」とだけ告げて、コーヒーを飲み干したのだった。




