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MIB 1st contact  作者: 光輝
■第8話 夢の中へ編 (4P)
34/42

3.少年ミリアム

目覚めると、濃い曇天だった。


まるで写真のように動かぬそれに、黒金は自身が仰向けで寝ている事に気付く。

そこにふとジュリアが顔を覗かせた。やっと起きたか、という顔だ。


黒金はネクタイをゆるめ、老人のようにゆっくりと上半身を起こした。

頭は重く、二日酔いか寝過ぎの感覚に似ていた。体も泳ぎ疲れたかのようにだるい。


「……ここが、北条ジュリアの精神世界か」

そこは地平線まで続く、荒野のど真ん中だった。不気味なほど静かなのに、空からもの恐ろしいなにかが監視しているような感覚がある。

怪訝に空を見上げる黒金を横目、京が顎でジュリアをさした。ジュリアはじっと地平線の先を射抜くように見つめている。


「こっちよ」

ジュリアは夢ならではのひらめきまま、歩を進めた。黒金も京も、黙ってそれに続いていく。

鉛のように重く冷たい空気が肺を満たしていた。


挿絵(By みてみん)


まったく足が棒になりそうなほど歩いていた。

やがて次第に、最初こそぽつぽつと会話を交わしていく。

「……で、白いスーツ男にホイホイ釣られて幽霊屋敷にか」


そう返す黒金に、ジュリアは堅く頷いた。迷いひとつないジュリアの声が荒野に通る。

「北条家虐殺事件の真犯人は、白いスーツ男よ。警察も誰もあてにならなかった。誰も裁けないから、私がやるだけ。腹痛がなくなれば、もっと効率よく犯人捜しに取り組めるわ」

京はちらと黒金をみた。黒金はじろりと京を睨み返すだけだった。



さてと京が先を仰いだ。

針の孔ほどちいさな点ひとつ。点はどんどん大きくなり、巨大な森が眼前に広がる。

いつの間にか月どころか星ひとつない不気味な闇が、一行を静かに見下ろしていた。ジュリアは溜息一つ、肩越しに振り返った。

「……ここよ。でもそれ以上はわからない。ここ、ということがわかるだけ」


黒金はふむと森に目を凝らした。

よく目を凝らせば闇夜の奥に、ぽつんと隔離された大きな戸建てがあることがうかがえる。

うっそうと茂った森をくりぬいたかのように存在する戸建ては、まるでホラーゲームの幽霊屋敷のようだ。


「そこにジュリアちゃんのお腹に寄生しとるモノがおる」

京はそう言って、口元に扇子をやって笑う仕草をしてみせた。その目は黒金を見たままだ。


黒金は舌打ちひとつ、じろりと京を睨んだ。正しくは、京のかたちをした式神に。

黒金は一杯食わされた気分だった。部室に乗り込んだ時点で既に、こいつは本物の京が放った式神だったのだ。

式神は術者の力が弱いと、逆に術者を喰らい飲むほどの力をもつ。それを実体化させ、あろうことか喋らせここまで使役させる京に、黒金は関わり合いになるべきではないと心の内で思った。きっとそれすらも、見透かされているだろうが。


「……あの家、見覚えがある」とジュリア。

ふと黒金の目が、戸建ての大窓に集中した。

「おい、あれ───」

言葉尻が消えた黒金の視線の先に、ジュリアが目を奪われる。2人の視線は窓の奥にくらいついた。


陸上火薬のような銃声がいくつも響く。戸建ての中は、血の惨劇だった。


……・……


耳をつんざくような銃声と、風のような血しぶき。

血なまぐさい死の臭いが鼻腔を貫く。薬莢がいくつも血に落ち、やがて不気味な静寂へと変わった。


血だまりの中心で、白いスーツを真っ赤に染めた少年が、力なく銃口を降ろす。

少年は細い肩で呼吸をし、頬の血を拭った。足元に転がる遺体に奥歯を噛む。

「臭い……またこの臭いだ。パパの中にあった金属片と同じ……変な臭い。黒い臭い、薬みたいな臭いがする」


どういうわけか黒金達の視野が映画のようにズームアップし、2人は少年の視野になった。

2人は白いスーツの少年が、〔若き日のミリアム〕だとつぶさに理解した。

そして現状が、〔ジュリア暗殺の刺客を、間一髪で防いだ〕ということも。


少年ミリアムは痛手を負っていたが、エキゾチックならではに瞬時に再生する。

綺麗になった自らの手を見て何を思うか、黒金達にはわからない。その手首にはいかにも子ども向けの、大きいビーズの腕輪があった。


横たわる遺体は、ジュリアの両親だった〔イルミナの育成員〕達だ。

そしてジュリアの姉妹たちは、〔ジュリアの量産型クローン〕達だと目覚めるように理解できた。


(これはミリアムの過去か)

黒金がつぶさに思う。ふと、ジュリアの思念が黒金に流れこんできた。愕然とするジュリアの胸の内が手に取るようにわかる。

それはまるで脳みそを直接触れられたかのような感覚だった。


少年ミリアムは、横たわる刺客を蹴った。激闘に敗れた刺客は、少年ミリアムと同じ白いスーツを着ている。


それを見た黒金がふと呟いた。

(……白いスーツは、イルミナの戦闘着だ。どうしてジュリアをめぐって潰し合うんだ?)


その言葉に、ジュリアがぎょっとした。おそらく隣にいるであろう黒金の意識に声を投げる。

(白いスーツが、イルミナの戦闘着? そんなはずないわ。先生はイルミナが運営する、聖イルミナ医院の院長なのよ)

(どこの組織も一枚岩じゃねえよ。それにここは君の夢の中だろ、なぜミリアムの記憶が存在している)


その時だった。

黒い大きな犬ことビッグメンが、最後の刺客の頭をかみ砕き、少年ミリアムに駆け寄る。

少年ミリアムは優しく、その頭を血まみれの手で撫でてやった。

「……ありがとうビッグ。ごめんよ、君には血の味を覚えさせたくなかった」

ビッグメンは嬉しそうに尻尾を振る。傷まみれの体は痛ましい限りだが、ゆっくりと再生していた。



奥の部屋では、若き日のサムソンがうずくまっていた。あたりは血の海で、サムソンのすすり泣きが静かに響いている。

「また、……また、守れなかった……」

その腕の中には、今と見目変わらぬジュリアが眠っていた。しかし全身は紙の様に白く、明らかにこと切れている。

ジュリアの溢れた臓物をかき集めたのか、サムソンもペンキをかぶったかのように真っ赤だ。


少年ミリアムはどうということなく歩み寄って、サムソンに目線を合わせた。

「めそめそ泣くなよサムソン。ジュリアの血はまだ温かい。ぼくの半身を与えれば、ジュリアは再生できる。ぼくはエキゾチックだから」


サムソンはゆっくり首を横に振り、嗚咽に涙を流す。

「ミリアム……でも、でもそんなことすれば、君は君じゃなくなってしまう」


その懺悔にも似た涙に、少年ミリアムはかぶりをふった。

「パパが死んだ時、そばにいてくれたのはサムソンだ。やッと恩返しができるんだぜ」

言って、糸が切れたように首を垂れたミリアムの口から、半透明のナメクジのようなものが零れた。


溢れるそれは幼児の腕ほど太く、滑り込むようにジュリアの破けた腹へ潜り込んでいく。


半ばで切り上げた少年ミリアムは、残りを呑み込んだ。

もう半分を腹におさめたジュリアはたちまち傷が失せ、頬に命の赤みがさしていく。


「ぼくがジュリアに半分寄生している間は安全だ。刺客どもも検知できないさ」

サムソンの肩を叩いた少年ミリアムはそう言って、できるかぎりの笑顔をむけてやった。





黒金とジュリアは、意識が少年ミリアムから引き剥がれたことを知った。

それはあまりに衝撃的で、うんと突き飛ばされたかのような感覚に二、三歩後ずさる。


戸建ては最初に見た時と同じで、しんと静まり返っているだけだ。


「北条家虐殺事件の真犯人は、イルミナの刺客たちか」

やや興味なさげに呟く黒金に、ジュリアは愕然に首を横に振った。

「……そんな……家族も偽物だったなんて、ミリアムのことも……先生はそんなこと、一言も……」


あきらかに動揺に揺れるジュリアに、黒金はうんざりに頭をかいた。

京は2人の様子を黙ってい見ていた。黒金の知ったことかという態度は、微塵も隠す気は無いらしい。


戸建てのドアがふと開く。中から現れたのは、少年ミリアムだった。

女の子のような可憐な容姿だが、血染めの白スーツは幽霊屋敷の男を彷彿とさせる。眼前のミリアムに黒金が驚き、ジュリアは足が縫い付けたように動かなかった。


少年ミリアムがちらとジュリアを横目見た。

「そんなビビんなよ。本体は今は鞍替え中だ。……おかげでこっちに意識を集めることができた」

ミリアムが軽く言って、真っ先に指をさしたのは京だった。

「おい妙なガキ。オレとジュリアを引き剥がすな。オレがいるからジュリアは怪我を負わないし、危険なエイリアンを見分けることができるンだよ」


そこでやっと、ジュリアの唇が震えるように動いた。

「……どうして黙ってたの、何年も……私のお腹の中にいたって」


ミリアムは呆れかえったように両手を広げて見せた。

「お前は馬鹿か? お前が下手打って首謀者にこの事実が流れたら、お前もサムソンも消されるだろうが」

流れるように歩み寄り、銃口を向けるかのように人差し指を挿す。

「だからオレはお前の身体が欲しかッた。完全体になりゃサムソンを守れるし、お前も少なくとも死にャしねーからだ。でも予想よりずッと早く、イルミナが動き始めている」


ミリアムがちらと黒金を見た。静観していた黒金の視線がちらと動く。

「黒金、お前の取り立てはサタンも小便を漏らすんだろ?」

当然のように頷いた黒金にミリアムは少し笑って、泡のように消えていった。

黒金はのぼっていく泡を見送る。その拳が硬く握られていることは、誰にもわからなかった。



「目が覚めたら、ミリアムを探さないと」

ジュリアの誓いにも似た呟きに、京が大きく頷いた。

仕切り直すように、両袖に手を突っ込んで背筋をピンと伸ばす。ジュリアをしゃんと見て、はっきりと告げた。

「さて。北条家虐殺事件の真犯人は、イルミナの刺客やった。そんで腹痛の原因は、先の【少年ミリアム】よ。

少年ミリアムは引き剥がさんとく。幽霊屋敷の礼はここまで、ちゅうこっちゃ」


ジュリアはしっかりと頷いた。それはこれまでにない、光のある目だ。

「ええ。ありがと。あとはミリアムに直接訊くわ」


それに京がツイと指先を右から左へとやる。それが何かはわからなかったが、ジュリアの体がとたん泡のようにわきはじめた。帰るのだと理解したジュリアは声を上げる間もなく、泡のように消えていった。


「ほな僕らも帰ろか」

京の声が軽く響く。響いて、世界は暗くなった。




「ッぶはっ!」

黒金は水面から飛び出し、呼吸にあえいで宙に手を伸ばした。


ゴハンは水面を見渡した。見渡して、自らの額をパチンと叩く。視線の先に浮かぶは京の依り代だ。

「うっそ、また式神だったのかよ!? 京のやつ、魔法使いじゃねーの?」


ゴハン達の声が聞こえた気がしたが、黒金はそれどころではなかった。

氷のように身体が冷えきっているせいか、地上はまるでサウナだった。やっと掴んだプールの淵は、まるで鉄板のように熱い。


パンに一気に引き上げられた黒金は、腹の底から水を吐いた。どういうわけか、感覚的には逆に引きずり込まれたかのようだった。

くそ、と立ち上がろうとして眩暈に地面に伏せる。立ってるのか逆立ちしてるのかすらわからなかった。


「どうだった」

パンの声がくぐもってきこえる。心配している様子は1㎜も感じられぬ声音だ。

黒金は「返事できるわけないだろこのバカ野郎が」と思った。

生ぬるい水を吐ききって、今度は寒気が襲ってきた。歯の根も合わぬほど震えが止まらず、バスタオルをかきいだく。


穏やかに眠るジュリアを拭いていたエレナは、黒金の様子に立ち上がった。

「だ、大丈夫かな黒金くん……、あっ」

エレナはさっき黒金が置いていた瓶を手に取る。終わったらこれを飲むか、ぶっかけりゃ死にゃしねえとかいってた瓶だ。

瓶を手に、エレナは転がるように黒金に駆け寄る。そして勢いまま、瓶の中身を黒金にぶっかけてやった。


ゴハンが「エレナちゃん、何してんの?」とあっけに声を上げる。

エレナはちょっとたじろいだものの、黒金が用意した瓶を印籠のように見せた。

「黒金くんが、これをかけたら死なないって!」


2人をよそに、黒金は酸素ボンベをつけたダイバーのように呼吸を取り戻した。呼吸は一気に落ち着いたようで、効果は抜群だ。


エレナは黒金をのぞき込んだ。ゴハンも覗き込んだ。出し抜けにパンが覗き込む。

「「大丈夫?」」


黒金は苦虫をミキサーに回し一気に飲み込んだような苦々しい声で、宙に呟いた。

「……ゃる……」

エレナが耳をすまし「えっなんて?」。


「境京め、あいつは平気だろうが……こっちは神通力をごっそり持っていかれた……、療養費、がっつり請求してやる……!」


一同、顔を上げて見合った。

「元気そうだね」

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