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MIB 1st contact  作者: 光輝
■ 短編 ■
25/42

1.電動知性体フィロフィシス

挿絵(By みてみん)


「ヴィヴィ! あまり遠くに行っちゃだめよ」


男児ヴィヴィは拾った木の棒を片手に、オオウイキョウの茂みをかきわけていた。

テントを張る母親の声遠く、大自然あふれる湖畔のキャンプ場はまるでダンジョンのようだ。

鏡のような湖に、遠くの巨大な山が映っている。



ヴィヴィはふと、何やら卵の腐ったような臭いに鼻をつまんだ。

ゴミ捨て場でもあるのだろうかと先を進んで、ヴィヴィはあるものを見つけた。


茂みに小さく現れたミステリーサークルの真ん中に、それはあった。

手にすっぽり包み込めるほどの、とても綺麗な水晶だ。


ヴィヴィは息を呑み、そっと手に包みあげる。

金色の筋がいくつか入ったその綺麗な水晶は、太陽の光をいっぱい浴びて、まるで太陽の宝石のようだった。


挿絵(By みてみん)




草木も眠る丑三つ時、水をうったかのように静かな夜のこと。


MIBが調査に向かった湖畔のキャンプ場は、確かにエイリアンの痕跡があった。

腐った卵のような臭いが漂う中、MIBが飛行盤の残骸を回収していく。


レンズ片目に散策していたエレナが、ふとミステリーサークルに屈んだ。

「ねえ、2人とも。これ何かな?」

何やら象牙色の小粒が、なぎ倒されたオオウイキョウの隙間に落ちている。




「タブレットだ。よく発見したな」

パンはタブレットを摘まみ上げ、試験管のようなガラスの管に落とす。そして、軽く振ってみせた。

「これは硫化水素ナトリウムのタブレットだ。神経伝達調節機能や細胞保護効果があり、抗生物質抵抗性も調節されるため、

オキュパント(搭乗者)がよく飲む錠剤だ。酸との接触で硫化水素を発生する。腐卵臭はこれが原因だろう。

旧式の飛行盤の痕跡によく落ちているものだが、これはどうも未使用のようだな」


エレナはわからずとも頷いた。そして、あたりを大きく見渡す。

「オキュパント(搭乗者)、どこにいるのかな……? レンズではここで痕跡が途切れてるの」


パンが慣れたように頷き返した。

「救難信号履歴はないから、何者かに誘拐された可能性が高い」


2人の間をゴハンがふと覗き込んで、目を丸くして声をあげる。

「う~わ、懐かしい。これバイアグラの効果もあるんだよな」


エレナはひとつ頷き、はたとゴハンにふる。

「そうなんだ。バイアグラってなに?」


パンがすかさずゴハンの頭をひっぱたいた。

「タブレットは製造ロットによって、純度やアゼノタイト組成が異なる。調査すればどこのメーカー製造かだいたい判別できるわけだ。

それと飛行信号履歴を照らし合わせれば、衛星画像からオキュパント(搭乗者)のおおよその足取りはつかめるだろう」


パンはライトを口に、細長い棒をガラス管に押し込んでタブレットを押しつぶす。

砕けたタブレットが、ガラス管の中で煙のように広がった。

慣れた手際にエレナが感心に観察する。

「よくあるの? こういった事件は」


識別中のパンの代わりに、ゴハンが横目にウィンクを返した。

「ああ、流れ星ほどしょっちゅうある。MIBがそれを回収して、本部が色々調査するわけ」


エイリアンの飛来が流れ星ほどあるだなんて、想像するだけで目がくらみそうだ。

エレナはただただ関心に頷いたのだった。


……・……


「あれっ、また牛乳がない!」


緑豊かな住宅街に、平和な声があがる。

生活感あふれるキッチンで、冷蔵庫に首をかしげた女性がエレナとジュリアに振り返った。

「ごめんねー、オレンジジュースでもいいかな?」


「いえ本当、おかまいなく」

エレナはそう言って、ちらとあたりを見た。

パンの言っていたおおよその足取りは、この何の変哲もない一般住宅だった。


挿絵(By みてみん)

(この家の誰かが湖畔のキャンプ場で、オキュパント(搭乗者)と接触があったはずなんだけど……)


隣のジュリアは神妙な顔だ。

エイリアンを判別できるジュリアは、〔間違いなくこの家にエイリアンがいる〕と断言した。

だが本当に何の変哲もない一般家庭なので、気配に意識を噛んでいる。


女性はソファにこじんまりと座る2人の女の子に目を細め、カラフルなクッキーを皿に広げた。

「で、ガールスカウトの先行調査だっけ? 湖畔はおすすめよ」


ちょうどその時、2階から駆け下りた男児が玄関を飛び出す。

矢のように飛び出してすぐ、庭の〔ツリーハウス〕に登って行った。


枝から下がったロープに猿のようによじ登り、男児は小屋にするりと消える。

エレナは何の気なしに見ていた。

「わぁ、ツリーハウス! 木の上の秘密基地なんて、楽しそう」


ジュリアは返さず、猫のようにその秘密基地を見つめている。


女性がすぐさま窓を開け、木の上の小屋に声を上げた。

「こら、ヴィヴィー! また牛乳隠したわね、湖畔キャンプ場で猫でも拾ったの!? お客様にきちんと挨拶なさい!」


それにエレナが眉を上げ、ジュリアと見合い頷いたのだった。



「こういうのはムッキムキな俺たちMIBより、子ども同士の方が適任なんじゃない?」

ゴハンは腕を組み〔ツリーハウス〕を見上げた。

「いいねえ秘密基地。俺も子どもの頃よく作ったな~!」


挿絵(By みてみん)


「猿同士、お似合いなんじゃないの」とジュリアがゴハンに目を眇める。

ゴハンはお手上げに肩をすくめて、おどけ返した。


「ヴィヴィくーん! ちょっとお話しようよ!」

エレナが見上げて叫ぶも、ヴィヴィは一向に降りてくる気配がない。

ちらと顔を見せたかと思えば、あっち行けと言わんばかりにスーパーボールを投げるのだ。


エレナは振り返り、ちらと家の方を見た。

リビングでは、パンと女性……もといヴィヴィの母親が談笑している。

ヴィヴィの母親はハンサムなパンにすっかりめろめろのようだ。

庭で惨殺劇が繰り広げられていても、きっと気付かないに違いない。



ヴィヴィは木の下で騒ぐエレナ達に、フンと鼻を鳴らした。


昨日拾った綺麗な水晶をハンカチにくるんで、大事にポシェットにしまいこむ。

せっかく見つけた宝物を奪いに来たのかもしれないと、オモチャの剣を握るヴィヴィの手に力がこもった。


ふと、木にぶら下げたロープのきしむ音がした。


ロープを両手にひょっこり顔を出したエレナは、少年らしい秘密基地に目を丸くした。

部屋と呼ぶにはやや狭いスペースだが、いろんなオモチャが密集している。おまけにお菓子や、牛乳も。


「勝手に来ちゃだめなのー!」と、ヴィヴィが歯を見せ眉を寄せる。

みたところヴィヴィは5歳ほどだろうか、まだ赤ちゃんの名残がある可愛い顔つきだ。


エレナはとりあえず登りきって、続くジュリアに手を貸した。

ヴィヴィは警戒まま、プラスチックの剣先をエレナに向けている。


「いきなりごめんね、ヴィヴィくん」

エレナはきちんとすまし、お姉さんらしい声音でつづけた。

「実はね、湖畔で持ち帰ったそれを返してほしいの」

そう言って、秘密基地に大事に祀られてある、チュパカブラの置物に指をさした。


「エレナ、それじゃないわ。ヴィヴィのポシェットの中」


ジュリアのツッコミにエレナは赤面に咳払いひとつ。仕切り直しポシェットに指を向け直した。

「ヴィヴィ君にもお母さんがいるでしょ? そのポシェットの中の子も、お母さんがいるの。一緒にバイバイしてあげ————」

エレナが言い終える前に、ヴィヴィの剣がエレナに大きくチョップをかます。

「ぃいッたぁー! 何すんのよバカッ!」

おすまししたお姉さんエレナの面影はどこへやら、すっかり子ども同士のケンカである。

ジュリアは呆れまま、鼻でため息をついた。


「バカって言う方がバーカ! ブース! 鬼ばばー!」

ヴィヴィはそう吠え、さらに隠し持っていた泥団子をエレナにおみまいした。


泡を食うエレナのわきを過ぎ、ヴィヴィはロープに手をかけ、滑るように着地する。


「ッごめんジュリア! お願い!」

頭を押さえる泥まみれエレナに溜息ひとつ、ジュリアは軽く飛び降りた。


地面に着地同時、拾った枝をヴィヴィに投げつける。

枝に足をとられたヴィヴィは、顔面から盛大にずっこけた。


「やばッ泣いちゃうかも」と秘密基地からエレナ。

しかしそこは男児、ヴィヴィは語彙に乏しい罵詈雑言をジュリアに浴びせる。バカとかブスとか酷い言い草だ。

ジュリアはゆったりとした足取りで、屈むことなくヴィヴィを見下ろす。


その光が失せた目に、ヴィヴィは呼吸を忘れた。

地獄の底のようなジュリアの目に、動物的な本能が警笛を鳴らす。生を受けて初めての殺意だった。

ヴィヴィは震える手で、ジュリアにポシェットを手渡すしかできなかった。


それを見て、エレナがガッツポーズを作る。

「やったー! 回収完了だね、ジュリアありがとう!」


喜ぶエレナを背に、ジュリアがヴィヴィにうんと顔を近づけ、射抜くように言い落とした。

「よかったわね、お母さんの歯を1本ずつ折らずに済んで」


ヴィヴィは引きつった悲鳴をあげ、ズボンを濡らしたのだった。



【オプトジェネティクス・レーザー】でヴィヴィ親子の記憶を操作したパンは、玄関のドアを開けた。


「何がそんなにおかしいのよッ!」

泥まみれのエレナがゴハンの尻に蹴りを入れ、それをジュリアが無言で撮影している。

ゴハンは腹を抱えて笑っていた……なかなかにカオスな状態だ。


「ご苦労だったな」

パンはレーザーを内ポケットにさしつつ言った。


エレナが鼻息荒く振り返る。

「もう最ッ悪! 髪が泥まみれ! 目にもちょっと入ったんだから! 笑えない!」

こと普段のヘアケアにもかなり気合を入れているエレナである。髪は女の命なのだ。


「それにしても綺麗ね」

ポシェットから出した水晶に、ジュリアは魅入った。

金色の筋がいくつか入ったその綺麗な水晶は、葉脈のように光の小さな粒子が流れている。

「でもこれ、エイリアンだわ。生き物じゃないエイリアン、初めて見た」


白い手袋をはめたパンが、ジュリアから水晶を受けとった。

そしてスタンガンに似た計測器を当てる。計測器の針がうんと右にふれた。

針は一定のリズムで揺れている。


「……類似非電離放射線からして、【電動知性体フィロフィシス】に間違いないな」


一通りゴハンに八つ当たりを終えたエレナが覗き込む。

「【電動知性体フィロフィシス】……? とっても綺麗だけど、どんなエイリアンなの?」と。


パンはエレナに水晶こと【電動知性体フィロフィシス】を見せた。

「これは古代から存在する無機物型カブルとはまた違う、いわば完全外来の電動知性体だ。

といっても、生き物としての定義には欠ける。生命体というよりは、生体物質が表現に近いだろう」


エレナはパンから受け取って、ジュリアと目を皿にした。

【電動知性体フィロフィシス】は、見た目よりうんと重く、まるで鉛のようだ。

カブルは粘性がある生命体といったかんじだったが、【電動知性体フィロフィシス】はいかにもな無機物だ。


「このフィロフィシスを、ラエティーシャの時みたいにレンズで送ればいいの?」


それにゴハンが首を横に振った。

「いや、【電動知性体フィロフィシス】は、特定の電磁波で座標を示してるみたいだね」

言って、フィロフィシスを受け取る。

「もしかしたらそこに宇宙船があるのかもしれないな。これから飛行盤で向かおうぜ」


エレナは合点承知に大きく頷き、意気込んでジュリアに振り返る。


しかしジュリアはあからさまな難色を示していた。

「帰るわ。白いスーツ男は関係なさそうだもの」とくだらなげに溜息一つ。


それを見たゴハンが目配せ、パンが小さく頷いた。

「では私が、ジュリアを家まで送ろう」


かくしてゴハンとエレナは、【電動知性体フィロフィシス】が示す場所へと向かう事になったのだった。






「助手席は嫌いか?」


後部座席に座ったジュリアは返さず、ルームミラーごしにパンを睨み返す。

お前ときく口は持ち合わせていない、そんな様子だった。


パンからすれば、敵意丸出しのジュリアは可愛らしいものだった。

軽蔑なり敵意なり、とにかくこちらを意識してるだけで十分落とせるものなのだ。

とはいえ、ジュリアの淡い恋路に水をさす気はなかった。

ただ、ジュリアが恋する男サムソンが、イルミナ関連の医療従事者という事は、頭の隅に引っかかってはいるが。


車を出そうとした時だった。

ヴィヴィの家の前に、白い車が滑るように停車する。

ドアを開けたのは、白いスーツの男だった。


パンはすかさずロックをかけた。案の定、ドアを開けようとしたジュリアがパンに歯を剥く。

「白いスーツ男を見逃せっていうの?! あいつが北条家虐殺事件を……私の家族を殺した奴かもしれないのよ!?」


パンは肘置きに手をやって、やおら振り返った。

「10年も追いかけまわしてそれか……。猪突猛進は好機を逃すぞ」


ジュリアは奥歯を噛み、パンと共に様子を伺った。

白いスーツ男がヴィヴィの母親に二、三訊ねるも、記憶が消えたヴィヴィの母親は首をかしげ両手を広げる。

ガイガーカウンターのようなものをあたりにふった白いスーツ男は、見当外れに肩を落として車に乗り込んでいったのだった。


「追うぞ。このままターゲットをひと気のない場所まで追い込む。尋問はそれからだ」

特殊ナビが行先を示し、パンがギアを入れる。


ジュリアは黙ってギターを掴んでいるだけだった。だが、その瞳は復讐に燃えている。

地獄を宿したその瞳に、パンは少しだけ同情したのだった。


……・……


飛行盤のシャワーはなかなかに快適だった。


泥を洗い流し、さっぱりしたエレナがホールに戻る。

デスクではゴハンがフィロフィシス傍ら、調査書にペンを走らせていた。


「MIBの仕事って素敵ね。困った宇宙人を助けるのって、やすやすとできることじゃないもん」とエレナ。


ゴハンが調査書にサインひとつ、ペンを回してはにかんだ。

「そう? 歩合制だから収入不安定だぜ~、タダ働きとかあるし」

「でもやりがいがあるじゃない? どうしてゴハンはMIBになったの?」


エレナの何の気なしの問いかけに、ゴハンはちょっと言葉に詰まった。詰まって、気まずげに視線を逸らす。

「……忘れたなぁ~昔すぎて」

はぐらかすように笑って、エレナの肩を軽く抱いて窓の景色に促した。


フィロフィシスが示した座標が近づいていた。

かなり距離はあったものの、さすが飛行盤というところだ。風のように雲を抜け、矢のように青空を飛ぶ。


「ほんと、空って綺麗! まるで鳥になったみたい」


ゴハンと並んで青空の景色を見ていたエレナは、それとなくフィロフィシスを手に取った。

「見てみて、フィロフィシス。もうすぐ着……」


ふとエレナの言葉尻が消え、ゴハンがはたとエレナを見る。

エレナは湯あたりしたかのように、眩暈に手を頭に当てていた。

声をかける間もなく、エレナがゴハンの腕の中に崩れ、眠りいるようにうつろに呟いた。


「ここ……こーここッこのデータはフィロフィシスが選んだ人のみ開け……

りっりりりりりょ良心ある人がこのデータを活用してくれることを願ガガガ……」

まるで壊れかけの録音テープのような声が、エレナの口から流れ出した。


ゴハンはエレナの手を見る。

フィロフィシスの金の筋と、光透けるエレナの手の神経が、葉脈のように繋がっていた。

エレナが固く握りしめたフィロフィシスは、エレナの神経を通してダイレクトにアクセスしているのだ。


昏睡するエレナの口を借りた【電動知性体フィロフィシス】が、録音を流し始める。


「……私はトリリオン精神工学技術総合研究センター所属、人間情報研究部門の室長。

志あるものが目指していた精神工学サイコトロニックはもう無い。

奴らは……【イルミナ生命工学研究所】は、トランスヒューマニズムの亡者だ」


ゴハンは黙って耳を澄ませた。

(トリリオン……確か、イルミナの孫請け研究所だな)


エレナの口が機械的に動く。


「イルミナは、必須ワクチン経由でリキッドチップを埋め込み、脳をオンライン化する計画を着々と進行している。

バイオモディフィケーション(生物学的改良)やサイボーグ技術を使い、異星人の未知の技術まで詰め込んだスーパーヒューマンを造ろうとしている。

フェザーチャイルド、ゴッドチャイルド……〔新種の人類〕は今この瞬間もなお、次々と造られている。

永遠に実をつける林檎に、いくら肉を削いでも回復する豚まで造っている。……恐るべきは、それが既に一部市場に出回っているということだ」


フィロフィシスが脈打つように輝く。金の粒子はエレナの神経に流れ込んでいる。

薄く開かれたエレナの瞳は空を捕らえ、まるで蠅のように忙しなく動いていた。

桜色の唇は無感情に動く。


「イルミナの野望は留まる事をしらない。

私は長年の研究から、〔電動知性体の生態領域がすべての有機体に影響し、犯罪のない完全な国家をつくることもできる〕事を発見した。

耳障りはいいが、裏を返せばこの通り、使いようで世界を簡単に掌握できるだろう。

イルミナは、フィロフィシスをつかって視聴覚脳とコンピューターを完全にリンク・ハッキングして無意識化を操るシステムの提案をしている。

強制改宗・洗脳・逆洗脳、強制マインドコントロール技術を開発しようとしているんだ。

だが私はフィロフィシスを……私の大切な友人をイルミナにくれてやるわけにはいかない」


抑揚のない声音は続いた。


「私と同じ境遇の研究員もいるだろう。このままではアントロポセン(人新世)は技術的特異点から始まり悲劇に終わる。

だから私はフィロフィシスと共に、すべてを白日の下に晒す。

フィロフィシスの力を使い、端末をモデムとして〔隠された真実〕を全世界に一斉送信する。

おそらく無事ではすまないだろう。だがその時は、フィロフィシスだけでも逃がす算段はつけている……

もしこの計画が失敗に終わったら、これを聴く者に未来を託す。どうか、人類の未来を……」


録音が終わったのか、フィロフィシスの輝きが溜息のように失せた。

エレナの穏やかな寝息に、ゴハンは安堵の息をついたのだった。


……


飛行盤は、カウカソスバレーに降り立った。

山間が広いため、バレー(谷)というよりは広大な盆地だ。あたりも山と呼ぶより岩山ばかりで、だだっ広い荒野が表現にふさわしい。


そのだだっ広い荒野のど真ん中で、すっかり老朽化した巨大なパラボラアンテナがひとつ、呆然と空を見上げている。

そばのガラスドームは大きくひび割れ、そこから太い樹木が大きく広がっていた。

重厚だったであろう塀はすっかり役目を終えていて、雑草がアスファルトを遠慮なく突き破っている。まるでちょっとした植物園のようだった。


挿絵(By みてみん)


座標が示したそこは、かつて無線通信の撹乱や人工衛星の破壊を目的とした軍事研究施設だった場所だ。


「やーっと座標に到着! エレナちゃん、そろそろ起きなー」

ゴハンがそう言いもって飛行盤を開けた瞬間のことだった。


ベッドで眠っていたエレナがふいに起き上がり、ゴハンに構わず飛行盤から飛び降りたのだ。

ゴハンが声をかける間もなかった。

エレナが綺麗に着地してそのまま、洞窟のように口を開けた研究施設の暗闇へと消える。ゴハンが慌ててその背を追いかけた。


明るい外から暗い研究施設に飛び込むと、目がくらんで一瞬真っ暗になった。

ゴハンは考える前に、袖で口元を押さえる。

生ゴミとはまた違う、重苦しく鼻にまとわりつくような不快な臭いに思わず声をあげた。


「エレナちゃん! 待って!」


エレナはふと立ち止まり、逃げ惑う野鳥たちかまわずその場に膝を折った。

目が慣れたゴハンが案の定に息をつく。

首を垂れたエレナの膝元には、樹木まみれのコンソールに背中を預けた、ひとつの遺体があった。


「電動知性体の生態組織は、人を操る力がある。乗り移るも簡単ってわけか。

エレナちゃん……いや、フィロフィシス。君はここに来たかったんだな。その遺体が録音の主?」


呆然と座り込むフィロフィシスは応えない。エレナの手ごと、また金に脈打っているだけだ。

いつまでそうしていただろうか、ゴハンは頭を掻いてフィロフィシスの背に声をかけた。

「フィロフィシス、残念だけどそいつはもう死んで……」

ゴハンが言いかけ、言葉を呑んだ。


すがるように遺体の手を握るフィロフィシスの頬を、大粒の涙が滝のように流れていたからだ。


ゴハンはフィロフィシスの隣に屈んで、遺体を見た。

銃痕まみれの遺体の名札には、録音の主の名前があった。口封じに消され、見せしめに捨て置かれたのだろう。


「……フィロフィシス、そいつはきっと命がけで君を逃がしたんだぜ。どうして戻ってきたんだよ?」


ふとフィロフィシスの上半身が揺れ、ゴハンにもたれかかる。

フィロフィシスが乗り移っていたエレナの手には、砂のように粉々になったフィロフィシスがあった。



ゴハンは、粉々になったフィロフィシスと共に室長を埋葬することにした。


作業すること1時間と少し。

シャベルを地面に刺したゴハンが研究施設を見上げる。

木々で割れたガラスドームの向こうには、鳥がのんびり空を泳いでいた。


スマホから、ふとパンの穏やかな声が返った。


《データが適合した。その遺体は、トリリオン精神工学技術総合研究センター所属、人間情報研究部門の室長で間違いない。

〔試料をもって逃亡〕し、捜索願が出ていたようだが、2日前に死亡確認として処理されてある》


ゴハンは肩でスマホを押さえつつ、遺体に隠れていたファイルを広げていた。中は機密事項が抜かれたのかほぼ空だ。

ふと、挟んであった1枚の写真が足元に落ちる。

その写真には、ヴィヴィほどの年齢であろう室長と、フィロフィシスが仲良さげに映っていた。


ゴハンは写真を手に、静かにファイルを閉じる。

「なあパン、電動知性体に〔感情〕はあるのか? 悲しいとか、好きだとか」


《記録にはない。石塊や金属に〔感情〕があるなら、あると仮定できるだろうが》


ゴハンは返さなかった。

室長の遺体に涙したフィロフィシスが、きっとその答えなのだろう。


《気が滅入るだろうが、ガーデニング(遺体処理)もほどほどにしろよ》とパン。


「わかってるよ。でもせめて、最後くらいは一緒にね」

ゴハンは軽く言って、2人の墓に写真を添えたのだった。



……・……

挿絵(By みてみん)


闇のとばりが降りる頃。

レストランの駐車場の隅で、ゴハンとパンは日報を打ち込んでいた。


パンがノートパソコンのキーボードを叩きもって、面倒くさげに溜息をつく。

「まったく、とんだドライブだった。白いスーツ男を尋問したが、所詮外回りの捨て駒だ。

回収屋に毛が生えた程度で、北条家虐殺事件も知らなかった。無駄足だったな、お互い」


ゴハンは大あくびひとつ、両手を後頭部にやった。

「俺たちの任務は、セリオンと北条ジュリアの調査。できれば奴らとの接触は避けたいけどね。

今回の任務は……どうも裏がある。どの事件もイルミナに繋がってるよ、座りが悪いっての」


日報を打ち終えたパンがノートパソコンを閉じる。

「そういえばゴハン。後輩から聞いたが、本部で動きがあったらしい。技術科(戦闘員)が俺たちの科に出入りしているそうだ」


「マジで? 戦争でもおっぱじめるのかね~。今回の任務は長くなりそ」

ゴハンが軽く言って、ちらとレストランを見た。

窓際の席では、エレナとジュリアが楽し気に会話に花を咲かせている。


ふとエレナと目が合ったゴハンが、へらと笑って手を振ってみた。

可愛い眠り姫エレナが笑顔で手を振り返す。



手を振ってからアクビひとつ、寝起きのエレナがピザを割った。

「ふぁあ……昼寝しすぎて変な感じ~~……。飛行盤に乗ってたのに気付けばレストランだもん、驚いちゃった」

言って、小皿に取り分けジュリアに差し出した。

「ジュリアの方はてんやわんやだったみたいね」


ジュースを小さく吸ったジュリアは、コップをコースターに置いた。

「別に。慣れてるわ」


これまで数々の修羅場を潜り抜けてきたジュリアである。

MIBと共にいれば白いスーツ男の尻尾が掴めるのではと踏んでいたが、今のところ空振りばかりだった。


エレナがサラダを突きつつ、笑顔を向けた。

「そういや、ミシェルが今度一緒に遊ぼうって! 明日空いてる? ボーリング行こ!」


眩しいほどの明るい笑顔に気後れしつつ、ジュリアが気恥ずかしげにひとつ唸る。

「……別にいいけど、ボーリングしたことないわ」


「やった、行こうよ! ボーリングはね、これくらいの綺麗な球を転がして……」

「それは知ってる」


賑やかな店内は昼間よりも明るく、街灯が、建物が、車が、街を眩しいほどに照らしていた。


夜空の星なんてほとんど見えなかった。きっと流れ星すら、誰も見えやしないだろう。



挿絵(By みてみん)

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