4.危険外来星物指定
中庭の木々が、夜風に葉を揺らしていた。
縛り上げられたインセクトイドは、まるで親父狩りでリンチを受けた中年のようだ。しかし、死んではいない。ただただ小刻みに震えている。そのそばで、ゴハンが腕を組みパンを見た。
「パ~ン、なんだよそのショボいなりは? MIBがインセクトイド1匹にてんやわんやしてどうすんだよ、なっさけなくて涙がでちゃう俺」
呆れる上官ゴハンに、パンは始末が悪そうに溜息ひとつ襟を正した。さてとゴハンはインセクトイドに軽く顎で指す。
「こいつはケプラー。スカラベに似たインセクトイドで、古代エジプトの壁画にも描かれるほどポピュラーな昆虫型エイリアンさ。でもこりゃ養殖ものだね、本来は膝くらいまでのサイズしかない。誰かが密輸入したか、それとも飛行盤から逃げ出したか」
エレナは、大きく頷いた。いつでも攻撃できるように、しっかりとレンズを構えて。ケプラーことイーシャは、とても怯えているようだった。少し顔を上げたかと思えば、おっかなびっくりに地面に懺悔している。足音ひとつにも、まるで雨に震える子猫のようにビクつくのだ。
それに、エレナは人間だった頃のイーシャを思い出した。
入学してからの奇行の数々……学園長のヅラを〔ロシアン帽カヨ!〕と叩き落としたイーシャを。インド人なのに〔カレーはキライデース!〕と言って、寿司を学園長にデリバリーさせたイーシャのことを。そんな元気なイーシャが今、か弱く恐怖に震えているのだ。エイリアンとはいえ、イーシャなのだ。
エレナはちょっと躊躇し、構えたレンズを下ろす。
「ねえパン、やっぱりイーシャを殺しちゃうの……?」
それにパンが不服に首を横に振った。
「そうする方が楽なんだがな、本部に転送する他ない。宇宙生物保護法の基、本人と意思疎通できない場合は、正規の手続きを経て母星に返還せねばならない」
その言葉にエレナが安堵し大きく頷いたのだった。
ふと響く足音に、ゴハンが銃を構える。構えて、あっけに銃口を上げた。
「チョと待てくだサぁ~イヨ~!!」
抜けた声と共に、MIB達とケプラーの間に躍り出る人物が1人。息をきらしたその人に、エレナとパンが仰天に声を上げた。
「「イーシャ・アルデバラン!?」」
肩で息をするイーシャの両脇には、大きなキャベツが抱えられていた。間髪入れずにキャベツを剥いて、ゴハンに投げつける。
「その虫! ワタシのデ~ス! ちょっとエサの時間に遅れただけ! ファッキン、ヤンキーゴーホーム!」
ゴハンがショボいキャベツ攻撃をドン引きで受けつつ、パンを見た。どういうことだと目で物を言う。パンは軽く肩をすくめ返した。
「……、どうも、ケプラーがイーシャだと勘違いしていたようだな。エレナ、ちゃんとレンズで確認したのか?」
エレナは仰天にレンズをかかげ、イーシャを視た。おだやかにゆらめく虹色の先……イーシャはケプラーにキャベツを与えている。
……イーシャは人間だったのだ! エレナはうっかり、ケプラーをイーシャだと勘違いしていた事を詫びた。
「ちょっと、マジでこの人なんなの? キャベツ投げるとかシュールすぎ」
ゴハンはドン引きにイーシャを見た。
「あのさ、キャベツちゃん? この虫とお友達ってわけにゃいかないんだよ。生態系崩れちゃうから危険外来星物指定されてんの」
イーシャは汗だくでエレナにキャベツを突きつけ、顎でゴハンに投げつけるよう指示をする。受け取ったエレナは驚きにパンを見た。パンはしっかりと頷き返す。とりあえずエレナもキャベツを1枚剥いてみた。もったいないので投げる気にはなれなかったが。
「ええと……」
エレナがキャベツを片手に、歯に挟まった何かを探るように、イーシャに訊ねた。
「あの、イーシャ……あなたとその、この虫ケプラーはお友達なの?」
エレナは地面に落ちたキャベツをうまそうに咀嚼しているケプラーを見た。友達にするにはなかなかの覚悟がいる見た目だ。
友達か? の問いに、イーシャは大きく首を振った。横に。
「この虫、山でGETしましタ。珍しいからインドに持って帰ルンよ。だから帰国までシークブの倉庫に隠してた。でも、エサ代かかル~! シークブはエサのネズミが沢山イル、駆除できるしエサ困らナイ。エサなくなったカラ、生徒たちにネズミ集めさセる算段」
エレナが引きつるように首を振った。
「っ……あれは飼育部のハムスターよ!? かっ、飼ってたの! ペット! エサじゃない……!」
今にも泣き出しそうなエレナに、イーシャが慌ててエレナの背をさする。
「あらら~ダイジョブよーエレナサァン。あれペットじゃナッシン、ネズミっていう生き物。カビが生えてちょっとカラフルになったネズミ」
まさかの異文化コミュニケーションにMIBが見交わし、呆れに肩をすくませたのだった。
……・……
エレナの涙に困ったイーシャは、あっさりケプラーを引きわたした。そして、首をかしげるケプラーの頭を1発叩く。
「お前、金になりソーだったけどエサ代かかる。もういいアバヨ、達者でナ」
それを合図に、パンがポケットから太いペンを取り出した。極太マジックのようなそれは、蓋を回すと先端部分が綺麗な青色に光りはじめる。何事かとエレナもイーシャも覗き込むが、パンはそれを手で抑止した。
「下がって」とパン。
その言葉に、エレナもイーシャも2、3歩下がる。
「ねぇパン、そのライトはなに?」
「これは【オプトジェネティクス・レーザー】。我々の必須アイテムだ」
青い光がケプラーに当たってすぐの事。ケプラーはどんどん青くなり、しまいに真っ青の光の塊になった。すると、ペンから音声案内が流れ出す。
〔本部に転送します。カウントダウン。5、4、3、2、1……〕
ケプラーが陽気に手を振る。イーシャはそれに応えるように、笑顔で手を振ったのだった。そして、ケプラーはストロボのように一瞬で消えた。しばらくして、ペンは電子レンジのような音を出し、横っ腹から小さなレシートを吐き出す。紙には〔5P〕とだけ記されてあって、パンはそれを黙って握りつぶした。
「すごいアイテムね! 〔5P〕ってなに?」とエレナ。
「Pと言って、給料のようなものだ。換算すると〔1P〕あたり大体100ドル程度の報酬が出る。今回の報酬は500ドルというわけだ」
それにイーシャが人事のようにパンの肩を叩いた。
「歩合制か、ご苦労サァン!」
空気を読まぬイーシャにゴハンがドン引きまま、エレナを見た。エレナは気の毒そうに目で物をいった。イーシャはそういう人なのだと。
パンがまたペン尻をひねると、今度は先端部分から強烈な細い閃光が伸びた。そのペンをイーシャの頭に当てたとたん、イーシャがふと棒立ちになる。まるで催眠術のそれに、エレナが驚きにイーシャを見て、レーザーポインタを照射するパンを見た。
パンが穏やかな声でイーシャに告げる。
「山で捕まえた虫は、逃げ出してしまった。今夜の記憶は、目覚めたらすべて消えている……」
それにイーシャが呆然に頷く。そしてくるりと踵を返し、振り返ることなく帰って行った。イーシャの背を見送りつつ、エレナがゴハンにふる。
「……イーシャになにしたの? 催眠術?」
ゴハンが得意げに、胸ポケットから自分の【オプトジェネティクス・レーザー】を取り出した。
「【オプトジェネティクス・レーザー】の光は、高周波電気インパルスにもなるんだ。パンはイーシャの1時間前後の記憶を改変したんだよ、次にイーシャが目覚めた時はベッドの上ってわけ。ともかくこれで、飼育部の事件は解決! おつかれさ~ん」
ゴハンは言って、さてと振り返った。ガラスが派手に割れた中庭校舎を見上げる。
「さてと、……500ドルぽっちで直るかね?」
……・……
一方その頃。輝く星の下、聖イルミナ医院。
呼び出しをくらったサムソンは駐車場にタイヤを鳴らし、足早に裏ロビーを抜ける。誰もいない廊下で、スマホを切った黒金が文句ありげに振り返った。その肩にはハンス……もとい、今やミリアムが担がれている。
「ミリアム!」
サムソンはすぐさまミリアムを抱き受けた。ミリアムは意識混濁に、定まらない視線を泳がせている。
「そこの集中治療室前で倒れた」と黒金は続けた。
「ベッドの管まみれの女を見て泣いていたぞ。声をかけたらぶっ倒れた。なんなんだよこいつは」
サムソンはちょっと言葉に詰まって、観念したように長溜息をついた。
「集中治療室……、リサさんの個室か。ハンスがまだ中に残ってて、同化しきれていないんだ」
サムソンはそう呟き、プライベートの処置室でミリアムを寝かせた。黒金は壁に背をまかせ、じっとその様子を見ていた。目の前のサムソン院長は、慣れた手つきでミリアムに点滴を刺す。そして、祈るようにミリアムを見た。
先ほどまで危うげだったミリアムの呼吸は、次第に落ち着きを見せはじめる。黒金は点滴に追加された医療用麻薬のアンプルを見て、またちらとサムソンを見た。
サムソンは黒金に見せまいとでもするかのように、静かにパーテーションを閉める。
「……あの体じゃだめだ、拒絶反応を起こしてる。ビッグメンと違って、ミリアムは鞍替えしたことがないから」
その蚊も耳をすますほどの呟きに、黒金は興味なさげなため息をつく。
「そいつがくたばっても、依頼金は払ってもらうぞ。君が保証人だからな」
「お金の事なら気にしないで。……ミリアムを運んでくれて、ありがとう」
サムソンは言うなり、慣れた手つきで固定電話のボタンを叩く。黒金は、コール待ちのサムソンとふと目が合った。サムソンは気付いたように指先で軽く宛先を指す。
「ああ、理事長に電話を。彼は今日、イルミナから配属された先輩でね。宇宙生物学を専攻していたから、ミリアムを安定化させるいい案があるかと」
サムソンは言いもって、隣の部屋へと移動していった。
静かな間があった。点滴の音がやけに耳に障る。サムソンとミリアムの間柄は何なのか、黒金は図りかねていた。2人は友人でも親戚でもなければ、恋人でもない。先日3人で食事をした時の2人は、まるで親子のようだった。
そしてそれは今もそうだった。サムソンはまるで母親のように、親身かつ献身的にミリアムの身を案じている。
ふとした気配に、黒金は遠慮なくパーテーションを開けた。パーテーション向こうのミリアムは、静かに天井を睨みつけていた。その拳は固く握られ、赤い血がベッドに跡を残している。
「……、時間がねェ」
ミリアムは吐き潰すようにそう言って、点滴を引き抜いたのだった。
……・……
後始末を本部に任せたパンは、車を校門前に停めた。
ふと、コケまみれの大樹を見やる。大樹の足元では、エレナが携帯を耳に当てていた。ゴハンはバツが悪そうにパンに目くばせる。
エレナの幼さ残る声が、夜の静寂に通る。
「……寝坊しちゃって……、……ごめんなさい、マリア叔母さん」
マリア叔母さん……エレナの保護者だ。その名前に、パンがゴハンと同じくエレナの様子を伺った。
「うん、……はい……はい。……ごめんなさい」
事務的に応えるエレナの目は、どこか傍観しているようだった。ふと、エレナが目覚めるように顔を上げる。
「やだ! 卒業まで待つ約束でしょ? ……顔合わせだって、絶対に嫌……!」
また、視線が下がる。下がってしばらく、通話は無言で切られたのだった。
パンは会話の〔卒業〕と〔顔合わせ〕にやや目を伏せた。およそ婚約者の件だろうと。なんて声をかけたらいいかなんて、わかりきったことだった。パンがエレナのか細い肩を抱こうとした時、ゴハンの軽い声が上がる。
「わお、例の怖~いマリア叔母さん? おっかないね~」
パンはゴハンにやや驚いた。ゴハンはこういう節がある、遠慮なく人のプライベートに土足で上がり込むのだ。それに救われたことも幾度かあるが、ゴハンは単に空気を読む気がないだけとわかったのはつい最近の事だ。ゴハンのそれは優しさからではない。単に、他人にさほど興味がないだけなのだと。
携帯をポケットに突っ込んだエレナは、細く重い溜息ひとつ。苦笑に肩をすくませた。
「うん、マリア叔母さん……なんだか最近、すごく機嫌が悪いの」
パンがそれとなくエレナの背に手をやる。エレナははたとして、やっと気抜けた笑顔を見せた。大丈夫よ、のそれにパンが頭を撫でてやる。
さてとゴハンがネクタイを緩め、エレナにウィンクを返した。
「じゃ、気直しに遅めの大人デートといきますか~」
とたんエレナは目を大きく瞬かせた。
「やったー! 忘れてなかったのね!」
ゴハンは策士な紳士のごとく、ご丁寧に車のドアを開けてみせた。流れるように内ポケットからチケットを手品師のように広げてみせる。なんとも高級そうなレストランが印刷されたチケットだ。
「クラシックコンサートのあと、100万ドルの夜景が一望できる高級ホテルで、豪華なディナーになさいますか?」
綺麗なチケットを揺らし、裏から手品のようにショボいプリントのチケットがチラリと顔を出す。
「……それとも、ボーリングでめいっぱい遊んだあとガストコ(ファミレス)に行ってカラオケ?」
その瞬間、エレナが耐えきらず弾けるように声を上げた。
「ボーリングーッ! ガストコ行ってみたい! 夜のカラオケ、行ってもいいの!?」
ゴハンは馬券が当たったかのように、ボーリングチケットを振り上げた。
「よ~し決定! 皆でいっちゃおうぜ~!」
パンが気抜けに頭をかいた。まったく、中学生のデートコースかと。
「パン、行こうよ! 早く早く―!」
エレナはたまらず飛び跳ね、転がるように車に乗り込み体を揺らす。パンは綻んだ口元に軽く手をやって、さてと車に乗り込んだのだった。




