2.地下倉庫の胎盤
それは、小鳥も穏やかに眠る夜のことだった。
最初にごうん、と音がして、鳥たちがパッと夜空へ飛び立つ。
それからコップの水が震え、輪をかけて大きくなってゆき、地面が大太鼓のように打ち揺れた。
「おお、地震だ。……今の、震度3くらいかな」と天井にゴハンが呟く。
おっかなびっくりのエレナは、体を強張らせたまままゴハンを見た。
「地震?! びっくりした……遠くで爆発でも起きたかと思った!」
……・……
一方そのころ、セリオン学園。
当直の見回り警備員は、当直室でドーナツを一口かじり、コーヒーをすすった。
目の前には大量に刷られたビラ紙が山積みとなっている。
ビラには〔迷子犬、探しています〕という文字と、凛々しい目をしたシェパードが載っている。
グリーンの首輪には、金色のドッグメダルが光っていた。
警備員は白い顎髭をもんで、ビラに溜息ひとつ。
「まったく……お前はどこまで狩りに行ったんだ? ラリー」
警備員はふと、コーヒーの表面が振動していることに気付いた。気付いてすぐ、ごうんという音がして、世界が振動する。
あっと思う間もなかった。
かたく掴んだデスクは少し動いたが、カップが倒れるほどではなかった。
巨人が走り幅跳びでもしたような感覚に、警備員はやっと地震だったことを理解する。
「いかん、今の地震で窓ガラスが割れたやもしれん。登校した生徒たちが怪我しちまう」
言うなりライトを掴んで当直室を出た。
警備員は、廊下を舐めるようにライトを照らしていく。幸いにも、窓ガラス達は無事のようだった。
ふと耳に障る音に、警備員は耳をすませた。壊れた水道管が噴き出しているような水音だ。
警備員は音をたよりに走った。元凶は、あっという間に見つかった。
それは、閉め切って何年にもなる古い地下倉庫の扉だった。扉のむこうで激しい水の音がする。
警備員は鍵の束を指でスライドして、1度も使った事のない古い鍵を手に取った。
埃で硬くなった地下倉庫の扉を開けて、警備員はウワッと声をあげる。
地下倉庫はすっかり水浸しで、階段まで水があふれ上がっていた。暗闇のせいか、水はまるで墨のように真っ黒に見える。
さっきの地震で水道管でも破裂したのか、溢れる黒い泡は石油でも掘り当てたかのようだ。
「こりゃあ大変だ、学園長に連絡しないと」
警備員は、ふと妙な水しぶきに目を皿にした。
水面に喘ぐように、何かがもがくように動いている。
「いかん、誰かが溺れているぞ!」
警備員はとっさに水に飛び込んだ。思いのほか深く、あっというまに水位は胸元まであがる。
構わず大きく水をかきながら、やっともがく腕をつかんだ。
やっとこ引き上げたそれは、シェパードだった。
グリーンの首輪には、金色のドッグメダルが光っていた。
…
小鳥が爽やかな朝を告げる。
ニュースはセリオン初の地震にもちきりだった。
それを横目、エレナがスマホを耳と肩に挟む。ふと、パンケーキにバターを塗る手が止まった。
「えっ休校? どうして?」と。
通話先のミシェルは頷いた、
『うん。なんでも昨夜の地震の影響で、学園の地下倉庫が水没したんだって。工事が大掛かりになるかもしれないね』
「水没! 地下倉庫なんてあったんだ」
じゃあまたねと通話を終えた時同じくして、パンも通話を終えた。
そして示し合わせたかのように、パンがスマホを振ってみせる。
「仕事だ。その地下倉庫の浸水について」
…
エレナ達が学園に到着したのは、午前7時をまわったころ。水道業者の簡単な調査がちょうど終わったころだった。
校門を抜けたダークスーツの2人組と1人の少女に、作業員たちは両手を広げる。
「工事が終わるまで、立入禁止だよ」
言い終える前に、パンは流れるように1本の太いペンを突き出した。例のオプジェネティック・レーザーだ。
作業員たちは、磁石に引き付けられたかのように釘付けになる。
パンは静かに告げた。
「工事の必要はなかった。君たちはこのまま本社に戻るんだ」
…
地下倉庫前は、キープアウトと書かれた黄色いテープが貼られていた。
パンはそれを遠慮なく引き千切り、回収していく。
「こんな場所があるなんて知らなかった」とエレナ。階段途中はすっかり水の世界だ。
中の浸水はすっかりおさまっているようで、物音ひとつしない。しかし水は黒く濁っていて、お世辞にも綺麗な水とはいえなかった。
レンズで視ると、水全体が緑がかって視える。
「なんだかぼやけてて、ちょっと緑っぽく見えるよ」
ゴハンは思案を流すように、顎を指先でつまんでいる。
「ってことはエイリアン確定か……なんでまた学園の地下なんかに?」
黒いトレンチコートを脱いだパンが、おもむろにネクタイをゆるめた。
「中を見てこよう」
パンはとっとと脱いで、階段を降りていく。
エレナは震えるように首を横に振った。
「やめようよ、パン。ばい菌いるかも、汚いよ。何か踏んでも危険だし」
それにパンは軽く片手をあげるだけだった。一呼吸おいて、静かに水中へ消えていく。
ゴハンが顎で汚水を指した。「もっとひどい現場を回ることもある。比べりゃここはプールみたいなもんさ」
パンが潜ってすぐのこと。まるで風呂の栓を抜いたかのように、水位がみるみる下がっていく。
やがて階段を上がって現れたパンは、枕ほどのサイズの塊を地面に置いた。
エレナがおずと目を眇め、「……なにこれ」。
それは粘菌というか、赤黒い胎盤のようなものだった。よくよくみれば、微妙に動いている。
エレナはレンズをかかげ、胎盤のようなものをみた。
おだやかにゆらめく虹色の先、胎盤は心臓の鼓動のようなモヤを放っている。
「こいつが浸水の原因だろう」とパンが呟き、一息に続けた。
「ここ地下倉庫を浸水していたのは、水ではなくこいつの体液だ」
エレナはぎょっとした。体液まみれのパンと目が合う。
「……エレナ、すまないがレンズの光を当ててくれないか」
エレナは大きく頷いて、レンズごしにタクティカルライトを当てた。パンはたちまち乾いていく。
同時、地下倉庫の水が逃げるようにひいていった。
すっかり底の見えた地下倉庫は、濡れた痕跡ひとつない。ただ一筋、地震でできたであろう真新しいヒビ割れがあるだけだった。
ゴハンが足先で胎盤をちょっと突いてみた。縮みあがったキンタマみたいな硬さだ。微妙に蠢くとこまでそっくりだった。
「エキゾチックの一種だね。でもレンズの視え方からして、ほぼ地球産かな」
それにエレナがゴハンを見る。
「ほぼ地球産?」
パンが頷いて、胎盤を特殊なボックスに入れた。どうみてもクーラーボックスだが、そういうデザインのボックスらしい。パンは蓋を閉め、軽く頷いた。
「ああ。未知の飛来生命体が、何百万年という歳月を経て、奥深い地中から現れることはそう珍しくない。
これは大昔に、地中深く眠っていた1種だろう。おおかた地震で集まったか」
エレナは「へぇ~!」と感心に頷いた。ほぼ地球産なのにエイリアンだなんて、不思議な話だと。
ゴハンが仕切り直しに手を叩く。
「よーし、じゃあ今回の任務はこれにて完了! おつかれさ~ん」
エレナはふと、パンの体液が全部落ちたか気になって、レンズをかかげてみた。
かかげてすぐ、足元に違和感を感じる。おだやかにゆらめく虹色の先……地面に、ナメクジが這ったような痕跡を視た。
「2人とも、待って! うっすらだけど、何かの筋が続いてるよ!」
何かの筋は廊下を出て、正面玄関を出て、裏庭の駐車場まで続いていた。
しかしそこで途切れていた。
「輪止めに、警備員専用駐車スペースって書いてるね」とエレナ。
ゴハンがおどけるように肩をすぼめた。
「……警備員さんとドライブにでも行ったかな? 何百万年という歳月を経て」
パンはゴハンに軽く首を横に振った。
「本体はボックスの中だが、幼生が逃げ出した可能性がある。ともかく、この痕跡の跡を追おう。警備員の家に行くぞ」
……・……
MIB一行を乗せた車は街を抜け、緑あふれる山間部へと続いた。
窓を開けると心地いい風が入ってくる。
あたりはぽつぽつと家があるだけで、あとはだだっ広い畑の世界だ。ちょっとした絵画みたい、とエレナが髪をなびかせる。
やがて目的地にたどり着いた一行は、車を降りた。
警備員の家は、なんてことない素朴な一軒家だった。白いペンキがちょっと剥げてはいるが、きちんと手入れされてあるのが伺える。
庭のプールサイドで、シェパードがのんびりとくつろいでいた。
「あ、シェパード! 大きくて可愛い~!」とエレナ。
玄関を開けた警備員は、目を丸くしてダークスーツ姿のパンを見た。
「おや、パン先生! 一体何の用で?」言って、後ろのゴハン達を見て「おお、新入生くんに、モーガンさんも!」
警備員は驚きつつも、皆目見当つかない面持ちだ。
パンは知的で穏やかな微笑みを警備員に向けた。
「どうも、突然すみません。少しお伺いしたいことが」
ゴハンがちらとエレナを見る。
レンズを下げたエレナは、OKのハンドサインを返した。警備員は普通の人間だと。
「OK! エレナちゃん、俺たちは警備員さんと話すから、車で待っててくんない?」
エレナは頷いて、プールサイドでくつろぐシェパードを指さした。
「待ってる間、あのワンちゃんと遊んでてもいい?」
警備員は親しみ溢れる笑顔で大きく頷いた。
「ああ、どうぞどうぞ! 狩猟犬だがとっても賢くて優しい子だよ、モーガンさんともすぐに仲良くなるさ」
言って、パンたちを家に招いた。
「どうぞどうぞ。ちょうど珈琲豆を挽いたとこでしてな」
「おいでおいで~、一緒に遊ぼ!」
エレナはしゃがんで、シェパードと仲良くなろうと地面に両手をつく。
シェパードのグリーンの首輪には、金色のドッグメダルが光っていた。メダルには〔ラリー〕と彫られてある。
「ラリー、いい名前ね。おいでラリー」
犬ことラリーは不動に、曇った瞳でエレナを見ている。
垂れた尻尾が庭のプールに浸かっていたが、ラリーはまったく気にしてない様子だ。
エレナはちょっとおかしいなと思い始めた。
犬って言うのはもっとこう尻尾を振ったり、口を開けてハッハッとかしなかったっけと。
ラリーはまるで剥製のような、どこか不気味な気配があった。
ふと立ち上がったラリーが歩み寄り、エレナの背に回る。
「あっ、お尻を匂うのは犬の挨拶だよね。どうぞどうぞ、仲良くしよう」
しかしラリーはそのままおもむろに、エレナのベルトを掴むように噛みついた。
「えっ」
パンは警備員からコーヒーを受け取った。
いい豆の香りが漂う、暖かいムードの家だとパンは思った。
「昨夜は驚きましたね。大変だったでしょう」
警備員はコーヒーを一口すすった。
「おお! 地震があったな、ありゃあ驚いたよ。地下倉庫も水道管が割れたとかで、今日は休校だってなぁ」
山賊のように笑う警備員に、パンは穏やかに訊ねた。
「何か、変わったことはありませんでしたか?」
ゴハンは適当にあたりを見ていた。不審なものはないかと目を光らせる。
壁には狩猟で得た獲物の剥製がいくつも飾られてあった。
剥製たちは曇ったガラスの瞳で、ゴハンを静かに見下ろしている。
(警備員サンは趣味でハンターをやっているのか。なかなかいい腕みたいだな)
ゴハンはそのまま舐めるように視線を流した。
そして暖炉のふと隣……山積みのビラ紙に目が留まる。
ビラには〔迷子犬、探しています〕という文字と、凛々しい目をしたシェパードが載っている。さっき庭にいたシェパードだ。
警備員はご機嫌に頷いた。
「変わったこと? そうだ! どういうわけか地下倉庫で、迷子だったラリーが見つかったんだよ」
パンがゴハンを見る。ゴハンもパンを見た。
「「さっきの犬のことか!」」
2人は弾かれたように立ち上がり、庭へと飛び出す。あっけにとられた警備員が、遅れて後に続いた。
「ひぃゃぁ~」
エレナはラリーに引きずられていた。それはもうとんでもない力で、問答無用の無情な引きずりっぷりだ。
遊びのそれではなく、獲物を巣に持ち帰る獣のようだ。
エレナは驚きとその恐怖から、腰が抜けた擦れ声しか出なかった。
その先のプールに持っていく気だと把握したエレナは、とっさにガーデンチェアを掴むも、それごと引きずられていく。
背中で、ラリーが尻からプールに入ったのがわかった。
ゴハン達が駆けつけるのと、エレナが水中に引きずられるのは同時だった。
最初に駆け付けたゴハンが飛び込み、ラリーを大きく殴り飛ばす。粘土のように歪んだラリーに、エレナは意識がぶっ飛びそうになった。
(ラリーが、逃げ出したエイリアンだったの!?)
でもそれどころではなかった。てこでもエレナを放さないラリーと、ゴハンの攻防は続く。
エレナは呼吸の限界に、暗闇をみた。腕を掴まれて、うんと体に重力がかかる。
「エレナ。しっかりするんだ、エレナ」
背中でパンの声がした。プールサイドに引きあげられたエレナは、空気と一緒に呑みこんだ水をゲェと吐く。
鼻の奥がツンと痛かった。咳込んで、噛みつくようにプールをみる。
「ご……ゴハンは!?」
慌てふためく警備員をよそに、プールから上がったゴハンは、毛まみれの肉袋を地面にくれてやった。
よく見ればそれは、ラリーだった。正しくは、ラリーに似ていた肉袋だ。
地面に広がるそれには、ちぐはぐに目玉や鼻が埋まっていたのだから。
…
木製の鳩時計がこちこちと時を刻む。
穏やかに揺れるレースのカーテン遠く、プールサイドでは警備員が膝をついていた。
「ああ神様、……どうしてこんな」
警備員はラリーだった革袋を直視できず、現実に絶望するように頭を抱えている。
痛みに耐えるかのような、震えた溜息が響いた。
「……わしは狩りで迷子になったラリーが……ラリーがわしを追いかけてきたと思って……」
皺が深く刻まれた指が、鼻柱の根をもむ。涙がきらりと見えた。
「教えてくれ、これは一体何なんだ? 生きた革袋のような、ラリーだったこれは」
ゴハンはガーデンチェアに腰かけた。両手を後頭部にやって、革袋を顎でさす。
「こいつは水死体を食う、多細胞生物だよ。
死体のDNAを取り込み複製する。それを陸に放して囮にし、かかった獲物をまた水に引きずり込んでエサにすんの。
ラリーだったこの肉袋は、あんたを食うための囮だったんだよ」
静かな間があった。
車のドアが閉まる音がして、クーラーボックスを抱えたパンが警備員に寄り添う。
「狩りの途中で、ラリーは遭遇してしまったんだろう。
都会ではまあ稀有な例だ、こいつはコンクリートを破れないし、陸では行動がかなり鈍くなる。
それでもこれは貴方を食うために、水脈をゆっくりと漂って、その機会を伺っていた。
その矢先、昨夜の地震で割れ目ができて地下倉庫に現れたというわけだ」
警備員はわずかに揺れるように頷いた。諦めたかのように落ちる涙を拭う背は痛ましい。
パンはそっと肩を抱いてやった。
「……今回は、不慮の事故だったんだ。さっさと狩り場を離れたから、運よく貴方は生きている。
エレナのように立ち止まっていればたちまちポイントされ、貴方は今頃この胎盤の中だった」
そう言って、クーラーボックスを親指で指した。
ゴハンが、胎盤が入った特殊なクーラーボックスを開けた。
「こいつが本体だぜ。見てな」
ボックスを横に倒すと、胎盤がつきたての餅のように芝生に転がる。
胎盤にナイフを入れると薄皮はあっというまに弾け、赤黒い液体が溢れ広がった。えもいわれぬ悪臭も一気に広がる。
そこから流れ転がったものに、エレナは思わずパンの背に隠れ、気持ちの悪さにえづいた。
骨がいくつかと、首輪が1つ。グリーンの首輪には、金色のドッグメダルが光っていた。
「ノー! ラリー!!」
警備員はすがるように跪いて、骨と首輪をかきあつめ、声をあげて泣いた。
…
ラリーの骨を埋めたお墓に、警備員がそっと花を添える。
あたたかな太陽が、花の雫をきらりと光らせた。
「ありがとうよパン先生、ゴハンくんにモーガンさん。おかげでラリーは家にかえることができた……」
鼻をすすった警備員は目を赤くはらしていた。悲しみが癒えるには、時間が必要だろう。
エレナも思わず涙をぬぐう。
「警備員さんのそばに戻れて、ラリーもきっと安心してるよ」
「それでは我々は引き上げるとしよう」
スコップを木に立てかけたパンが、流れるように1本の太いペンを突き出す。例のオプジェネティック・レーザーだ。
警備員は、磁石に引き付けられたかのように釘付けになった。
パンは静かに告げた。
「ラリーは山で熊に襲われた。貴方は我々が家に来たことを覚えていない……」
それにエレナが告げ足した。
「天国のラリーはとても幸せだよ、大好きな警備員さんの幸せをずっと願ってるからね」
ゴハンは涙ぐむエレナを横目見て、軽く頭を撫でてやった。
…
エレナは流れる景色を見ていた。
警備員の大切な家族である、ラリーは死んでしまったのだ。もう帰ってこない。それが悲しかった。
2人のように死に分かれたものたちは、いったいどれほどいるのだろうと……。
しょげるエレナをバックミラーで見たパンは、それとなく口火を切った。
「警備員が食われる前でよかった。ラリーもエレナに感謝しているだろう。よくやった」
エレナは小さく頷いた。
やがてぽつぽつと家が増え、見慣れたトリプリシティへと変わっていく。
ふと助手席のゴハンが振り返った。
「今日は水難日だったねー、全員ぬれねずみ! 厄払いに、帰ったら風呂で遊ぼうせ」
それにエレナががんと首を振った。
「えっ、一緒にってこと? イヤ」
「違う違う、温水プールだよ。水着を着て、あったかいプールで遊ぶやつ! バスルームすっごく広いからさ、バブルバスにしたら絶対楽しいぜ。
みんなで超でっかいシャボン玉作ったり、ウォーターガンやビーチボールで遊んだりね」
トークショーのホスト並の口車に、エレナはちょっと考えて、素直に頷いた。
「……そっか、プールと同じなら問題ないか。楽しそう!」
ちょろいエレナに、パンが内心オイオイとつっこむ。
ちょっとでも勘繰りがあれば女らしいものだが、エレナはガキんちょ丸出しで楽しさに目が移っている。
悪い男にホイホイひっかかりそうだなと思った。それも、ゴハンのようなちょっとアホな部類の男に。
ちょっとアホな部類のゴハンは、酒呑みのように陽気に両手をあげた。
「じゃあ決ッまり~! ついでに昼飯はナクドナルドのドライブスルーだ、せっかくの休校だ、がんがんやっちまおうぜ!」
「やったー! 私、温水プールでアイス食べたいっ! チョコと生クリームの!」
パンはちょっと笑って、ハンドルを握り直したのだった。
穏やかな風がカーテンを揺らす。
警備員は夢をみた。元気いっぱい庭を走るラリーの夢だ。
ラリーは警備員に飛びついて、めいっぱい顔を舐めた。いっぱいの大好きをこめて、いっぱいのありがとうをこめて。
そして尻尾をめいっぱい振って、空から伸びる虹色の梯子へ走っていった。
眠る警備員の目に、幸せそうな涙がうかぶ。
その手のグリーンの首輪は、金色のドッグメダルがきらりと光っていた。




