1.デート
通学バスから降りたエレナとゴハンは、セリオン学園へと続く黄金街道を歩いていた。
朝日に照らされた金色の街道眩しく、緑に歌う小鳥達の可愛らしい鳴き声が響く。
喋らせ上手・聞き上手のパンと違い、ゴハンの会話はツッコミ・ツッコまれのオンパレードだ。
腹を抱えて笑う日もあれば、鞄を振り回して追いまわす日もある。だが今日は、そのどちらでもなかった。
ゴハンからもらったボールガムを口に放り込んだエレナが、街路樹の影でふとスマホを開く。
「あ、今日はジュリアがお休みなの。サムソン先生は休日が少ないから、デートなんだって」
言って、画面をゴハンに向けた。
海の見える海岸線で、ジュリアがサムソンと映っている画像だ。まるで映画のワンシーンのようなそれに、ゴハンは小馬鹿に片眉を上げる。
「う~わ、白のベントレー最新モデル! いつの時代も医者はお金持ちだね~」
対してエレナが手を腰に、軽くスマホを振ってみせた。
「も~、車じゃなくってデ・エ・ト! 大人だよね、ジュリアって」
エレナは口の中でガム風船を割った。舌にザラつくガム風船が、カエルの腹のように弾ける。
ジュリアはきっとこんなカラフルなボールガムは食べないだろうとエレナは思った。ガム風船を膨らませて遊んだりもしないだろうと。
「あーあ……みーんな彼氏いるんだもん。大学生の彼氏がいる子もいるのよ、ドライブデートとかしてるんだって」
その異世界を語るような口調に、ゴハンは軽く笑ってみせた。
「エレナちゃんくらいの年頃は、年上ならアホ男でもミステリアスに感じちゃうもんだよ」
軽く言いもって、すれ違う生徒に陽気な挨拶を返す。さてとエレナに肩をすくめて、軽く両手を広げてみせた。
「ま……この世にゃ、そんな多感で無防備な時期の子猫チャン達を狙うスケベ野郎もい~っぱいいるわけ。男はオオカミなのよん」
今度はエレナが小馬鹿に片眉を下げた。
「あーら、まるで自分はそうじゃないみたいな口ぶり」と。
しかしゴハンは当然至極にしっかりと頷く。
「そりゃもう! 俺チャンすこぶる紳士。お試しで放課後、俺チャンとデートしちゃう?」
ゴハンのウィンクにどきりとしたエレナは、鞄をかつぎ直し、さっさと黄金街道を行く。
「もう。ゴハンとじゃ普通に遊びになっちゃうじゃん。デートってのはそんなんじゃないの。……よく知らないけど」
エレナはお姉さんぶってそう言ったものの、デートというのはどういうものなのか頭を巡らせていた。
一緒に食事をしたり映画をみたりする印象だが、どれもパンやゴハンとの日常風景だ。
昨夜だってソファに3人並んで映画を観たし、今朝だって一緒に朝ご飯も食べた。あれをデートとは言い難いだろうと。
そしてはたとし、釘を刺すように横目見る。
「あ、ちゅーとか絶対ヤだからね! おぇっ」
可愛いエグッ面に笑ったゴハンが、エレナの肩に軽く当たる。
そのままちょっと屈んで目線を合わせ、秘密の呪文を教えるようにエレナに囁いた。
「じゃあ放課後、教えてやるよ」
そう言って、エレナの頭を軽く撫でる。いつもの軽いそれではなく、男らしい声色にエレナは思わず赤くなった。
ゴハンは普段おちゃらけてはいるものの、時折うんと大人っぽいというか、男らしいのだ。
「へぇ~、随分な自信ね。期待はしないでおいてあげる」
エレナは赤くなった頬をゴハンに見られないよう、ツンとそっぽを向いたのだった。
……・……
木々をすく風がさわやかに香る。
サンセット通りのカフェテラスで、サムソンとジュリアは朝食をとっていた。
シックな色合いのテラス脇に、小さな花壇が季節の小花を咲かせている。
食後のコーヒーを置いたサムソンは、ジュリアの話に耳を傾けていた。
チビのこと、エレナのこと……ジュリアの会話に花が咲いた事が嬉しかった。サムソンの手を握ったジュリアが、可憐に頬を染める。
その様子を奇異な目で見た客達の視線に、サムソンはそっと握り返したあと、静かに手を引っ込めた。
親子とも兄妹ともつかない2人の外見差は、どこに行っても視線を集める。ジュリアは少し目をふせ、手を膝に置いた。
「そろそろ出ようか」とサムソン。
ジュリアは小さく頷き、その背に続く。
その時、ふいに窓際の席の老夫婦がジュリアの手を掴んだ。
「お嬢ちゃん、もっと自分を大切にしなきゃいけないよ。お兄さん、あんたこの子の何なんだ?」
正義感あふれる目をしたおじいさんに続き、眉毛をハの字にしたおばあさんがジュリアに続ける。
「もう大丈夫よ、お父さんやお母さんはどこか、言える?」
悪気の無いその言葉に、ジュリアが眉をひそめ睨み返す。とたんサムソンが間に入って、ジュリアの手を引いた。
「姪っ子です、お気遣いどうも」
大きな手がジュリアの小さな手を包む。店を出るまで、いぶかしげな視線は続いた。
「そんなにしょげないで、僕まで悲しくなっちゃうよ」
ハンドルを握るサムソンが横目ふる。
ジュリアは静かにつま先を見ていた。20センチもない小さな足に、ぴったり合った子ども靴が憎かった。
「ごめんね、先生……」
それにサムソンは承知に応えなかった。ウィンカーを点け、流れるように公園の駐車場に停車する。
「……ジュリア、顔を上げて?」
サムソンは言って、ポケットから小さな箱を取り出した。手にすっぽり入るほどのそれは、猫の形をしたジュエリーケースだ。
「大したものじゃないけど」とサムソン。
ジュリアが驚きままに、ケースを見てサムソンを見る。頷くサムソンに応えるように、ジュリアはそっとジュエリーケースを開けた。
中には、小さな猫の可愛らしいイヤリングが光っていた。銀色の猫の首元は、リボンを思わせる小さな赤い石が飾られてある。
「可愛い……」ジュリアが目をきらめかせ顔を上げる。「……もしかしてこの猫、チビ?」
サムソンは頷き、ジュリアの耳にそっとイヤリングをつけた。
「ジュリアに似合うと思って、合間に作ってたんだ。ちょっと不恰好だけど」
小さな耳に、きらりとイヤリングが光る。ジュリアは綿毛に触れるかのように、そっと両耳を包み込んだ。
「……先生、ありがとう。一生大事にするわ」
まぶしいほどの満面のその笑顔に、サムソンは歯を見せ少年のように笑ったのだった。




