4.流星群に願いを
飛行盤に戻った一行は、ひとまずシャワーを浴びなければならなかった。
3人とも大蜘蛛の体液まみれなのだ。粘つく白濁色の体液はまるでアレのようで、ゴハンはゲロをぶっかけられたかのように元気がない。悪態をつくゴハンを横目、パンはけろりとしたものだった。
カブルは飛行盤に着くやいなや、エレナの身を離れデスクに移動した。そして、静かに固くなる。一方エレナは下着まで染み込んだ体液に顔をしかめていた。
「ううっ気持ち悪い……ぬるぬるしてるし、なんだか漂白剤みたいなにおい。体、溶けちゃわない?」
そうボヤくエレナをゴハンとパンが見る。下着姿のエレナは白濁液まみれだ。
「漂白剤か……どうかそのままの君でいてくれ」とパン。
「エレナちゃん、……大事な話があるんだ」
ゴハンが真剣な顔でエレナを見た。エレナははたとゴハンを見た。いつになく真剣な面持ちだ。
「何……? どうかしたの?」とエレナ。
ゴハンは静かに、銃の防水カバーを開封した。半透明なピンク色の中身を広げ、エレナに手渡す。ピンクのそれは柔らかく、オブラートのようにとても薄い。
「銃の防水カバーが何なの……?」
「ああ。それを胸元に置いて、もう片手を俺に伸ばしてみてくれないか?」
ゴハンは至極真剣だ。エレナは戸惑いつつ、言われたとおりにしてみた。ゴハンは携帯を構え、間髪入れず撮った。激しい連射音に振り返ったパンが、すぐさまゴハンの頭を叩いた。そのパンの呆れた様子にエレナが気付く。
「ちょっとゴハン!! 何? よくわかんないけどデータを消して!」
「せっかくだしご褒美くらいもらってもいいじゃーん」
「ばか、そういうのは彼女にやってもらって!」
手を伸ばすエレナのジャンプに合わせて、ゴハンは携帯を高く掲げる。その目線はエレナの揺れる胸元にあった。
「フォフォフォ……絶景かな絶景かな」
ご満悦のゴハンの手から携帯を取り上げたパンが、手を伸ばすゴハンのジャンプを上手く避けつつ、携帯のデータを削除する。
「パン、ナイス!」
エレナがグッジョブに親指をたてた。
「おいおーい! ちょっとちょっと! あーぁ消しちゃった、とほほ」
ゴハンが大きく肩を落とし、噛み付くように携帯を奪い返す。パンは事ともせず両手をあげてみせた。そんな賑やかな3人を、カブルは静かに見ていた。点字のような穴が次々に開き、幾何学模様が次々と無数に出ては消える。群れを知らないカブルは、3人の様子がとても輝いて見えたのだった。
……・……
それからは早かった。シャワーを終えた一行は、カブルを返還するため、レンズで得たカブルの示す座標に降り立った。
皆、空を見上げていた。綺麗な流星群の雨にまぎれ、1つの光が大きくなる。なった一瞬のうちに、夜空に大きな黒い穴が開いた。
エレナはそれが穴ではなく、大きな黒いUFOであることに気付いた。よく見れば星のようなライトが小さく光っている。おそろしいほどの無音に、エレナは思わず腕の中のカブルを抱きしめた。
そして深呼吸ひとつ。エレナはパンに言われたとおり、カブルを高々と掲げた。
しばらく間があった。UFOの真ん中がパッと口を開いた時、周囲の色が青白く変わった。真っ白な光の柱がエレナを照らす。風がざわめき、石が転がり……エレナは、手のカブルがゆっくり浮き上がるのを感じた。
ふと光が消え、同様にカブルも瞬時に消える。上空のUFOはしばらく静止していたが、TVを消したかのように消え失せた。
そして、静寂。エレナは呆然と、空を見上げていた。
「行ったようだな」とパン。
「……本物のUFO初めてみた……TVで観たことはあるけど……」
呆然と空に呟くエレナに、パンが言った。
「ああ、あれが本物だ。TVで流れてるのは、ほとんど地球産の飛行盤だからな」
その言葉にエレナにみるみる笑顔が宿る。
「うん、……うん! UFOよね、パン……! すっごーい! UFO見ちゃった!」
はしゃぐエレナにパンが微笑ましげに目を細めた。
「地球産でよければ、いつでも乗せよう」
ゴハンがやれやれに背伸びひとつ。
「カブルは母星に返還できたし、これで地球を焦土にされることもなくなって、めでたしってわけだ」
言って、ふと光る携帯を耳に当てる。
「マイケルか、なんだ?」
『サンキュー! お前ら最ッ高にクールでイカしてるぜ! フッフゥ! ヤッハァ!可愛いキティ(子猫チャン)に伝言だ、ピーターパン(俺)がベガスの夜景をティアラにし』
ゴハンはいつものように、ハイハイ言い押さえ遠慮なく途中で電話を切った。
「電話?」とエレナ。
ゴハンはウィンクひとつ
「ああ。マイケルから。カブルを返還してくれてありがとうってよ!」
★
ゴハンが飛行盤の明かりを消すと、夜空はいっそう星を瞬かせた。星明りの明るさが静かにあたりを照らす。
「わあ! 星がとってもきれい……すごいね、星がおちてきそう」
エレナが澄んだ空気を胸いっぱいに、感動のため息をつく。
「今日は流星群の日か」
パンが言って、うっとり見上げるエレナの肩にコートをかけてやった。そのまま軽く肩を抱いて、静かにキャンプ用の椅子に座らせる。
「!ありがとう、パン」
思わず頬を桃色に染めるエレナの隣で、ゆったり足を組み肘をつき、星空を見る。
「コーヒー淹れたぜ、ブルマン! もうここで晩飯にしちゃおう」
飛行盤から顔を出したゴハンが言って、挽きたてのコーヒーをキャンプ用のデスクに配る。いい香りが広がった。コーヒーのあまりのおいしさにエレナが感動の声をあげる。
「ありがとうゴハン。わぁっおいしい! こんなコーヒー初めて!」
ブルマンだからね、と得意げに笑んだゴハンが、シェフのごとく食事の乗った木製皿を次々とデスクに配る。
「ついでにハーブチキンと~ウィンナーも焼いといたぜ! あとチーズに、デザートにアイスケーキも」
エレナは外で食事をするのも初めてだった。ゴハンとパンに遭ってから、エレナは初めての連続だ。最初こそ戸惑ったものの、2人との生活はこれまでの人生で最高のひとときだ。満天の星空の下で、エレナは賑やかな食事に笑いつつ、心のうちで2人に感謝したのだった。
食後のココアを両手で包み、エレナは星空を見上げた。命の危険を感じたのは怖かったが、こうして皆でゆっくり夜空を眺めるとそんなの全部吹き飛んでしまう。
「……宇宙の真ん中にいるみたい……」
「ああ」
「だな、すっげー綺麗」
3人並んでみる星は、都会の夜景よりもずっと野生的で、ずっと神秘的で、ずっと美しかった。流れ星がきらきらと空に軌跡を残す。エレナは目を閉じ、心から願った。
(どうか皆と一緒の毎日が、これからもずっと続きますように……)
満天の夜空の星々は、応えるように煌いていた。




