表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十二刻のクロノス ~時間魔法から始まる時々~  作者: 鏡花
第二章「消えぬ影」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/30

第27話「学院の門」

サナの「行商の伝手(つて)」は、口先だけではなかった。


大通りから二本外れた通りの商人宿。口の堅さが看板だという、その二階の一室が、俺たちの当面の拠点になった。相場より安く、飯がつき、何より、宿帳の名前をいちいち詮索(せんさく)しない。


「ここの女将(おかみ)とは、里の干し肉の(おろし)で、もう五年の付き合いでね。……ま、あたしの素性も半分くらいしか知らないだろうけど、そういう間柄が、一番信用できるのさ」


夕餉(ゆうげ)は、具だくさんの豆の煮込みだった。三人で膳を囲むと、緊張続きの一日の疲れが、湯気と一緒に、少しだけほどけていく。


「キオネ、あんた、箸が進んでないね。緊張が抜けてないのかい」


「あ……いえ。その、美味しいです。ただ……」


ユキは、(さじ)を置いて、窓の外の夕闇に、目をやった。


「レムのおじいさんは、今頃、どこで、夕飯を食べているのかなって……」


誰も、すぐには答えられなかった。休業札の几帳面な文字と、音の消えた店内が、全員の頭の中に、まだ居座っていた。


「……生きてるよ、あの(じい)さんは」


サナが、豆を頬張りながら、断言した。


「四十年、塔のお膝元でしたたかに生き延びてきた古狸(ふるだぬき)だ。時計を全部止めて、示し合わせたみたいな謎かけまで残して消える爺さんが、そう簡単にくたばるもんかい」


「……そうですね。はい。……そう、思います」


ユキの顔に、ようやく少しだけ、血の色が戻った。


その夜。夕餉の膳を片づけた後、俺たちは車座になって、昼間の「あれ」の話をした。


「で、だ。あんたの見立てを聞かせてもらおうか。……四と、十一。あれが、ただの偶然じゃないって顔をしてたろ」


サナが、切り出した。ごまかしても無駄な目だった。俺は、一つ息を吸ってから、二人に打ち明けた。


「俺の中の十二の刻には、番号ごとに、力の中身がある。1時が加速で、3時が停止……って具合に。で、四と十一にも、あるんだ」


「四の刻は――《巻き戻し》。十一の刻は――《未来観測》」


口にした瞬間、部屋の空気が、変わった。


「時間を、巻き戻す……?」


「未来を、視る……」


「ああ。……そして、この二つは、俺が自分の意志で、一度も使ったことのない刻だ」


「使えない、じゃなくて?」


「使わない、だ」


サナの問いに、はっきりと答えた。


「《巻き戻し》は……怖すぎる。起きたことを、なかったことにする力だ。そんなもの、どれだけの対価を持っていかれるか、想像もつかない。器を超えるどころの話じゃないと思う」


「《未来観測》は……」


言葉に詰まった。隣で、ユキが、そっと俺の袖に触れた。彼女は、知っている。俺が一度だけ、意志とは関係なく「視て」しまったものを。


「……継承の、前の夜に視た、あの滅びの光景。あれが、たぶん、この刻の力だ。俺は――二度と、あんなものを視たくない」


沈黙が、落ちた。


「……で、だ。問題はここからだ。レムじいさんは、俺の刻の番号なんて、知るはずがない。俺自身、里の誰にも、番号までは話してない」


「なのに、店の時計は、全部、四と十一を指して止まってた」


「偶然……にしては、出来すぎだよね」


「じいさんは、時を扱う奴の勘所ってやつを、四十年分、持ってた人だ。俺の力の正体も、たぶん、初日から半分は察してた。……あの人なら、俺にだけ通じる言伝を、時計の針で残すことも、できたのかもしれない」


「なら、意味は? 『四と十一を使え』? それとも『四と十一に気をつけろ』?」


「……わからない」


わからない。それが、正直なところだった。使えと言われても、使わないと決めた刻だ。気をつけろと言われても、何にどう気をつければいいのか。


ふと、(ふところ)の重みを、思い出した。


じいさんの、懐中時計。


――もし、どうにもならんくなったら、裏蓋を開けてみるといい。


あの言葉が、今になって、別の重さで響いてくる。指が、無意識に、懐の蓋の縁をなぞった。


「……開けてみるのかい」


サナが、目ざとく、俺の手元を見ていた。


しばらく、迷った。それから、俺は手を離した。


「いや。……やめとく」


「なんでさ」


「『どうにもならんくなったら』って言われたんだ。……まだ、どうにもなってない。俺たちにはまだ、打てる手が残ってる。それを全部打つ前に、切り札を切るのは、じいさんとの約束が違う気がする」


サナは、少しの間、俺の顔をじっと見て――それから、ふっと笑った。


「……いい顔するようになったね、あんた」


「なんだよ、急に」


「なんでもないさ。ほら、明日は早いよ。願書の提出、朝一番に行くんだろ」


翌朝。俺たちは、学院の正門前にいた。


ふた月ぶりに間近で見る石造りの門柱は、記憶のままに(いか)めしかった。だが、門前の光景は、あの日とはまるで違った。


志願者の列が、門から大通りまで、延々と続いていたのだ。


「すごい数……」


「春の名物らしいよ。学院の門が、平民にも開く、年に一度の日ってね」


俺たちも、列の最後尾に並んだ。前に並ぶのは、上等な外套の商家の子息もいれば、俺たちと同じような、継ぎの当たった旅装の田舎者もいる。誰もが、緊張と期待の入り混じった顔で、順番を待っていた。


「見ろよ、あの制服。かっこいいよなあ……」


「兄ちゃん、絶対受かってよね。母ちゃん、畑売って試験料作ってくれたんだから」


「あたし、水の魔法なら村で一番だったんだから。絶対、大丈夫」


列のあちこちから、そんな声が聞こえてくる。夢と、家族の期待と、なけなしの銭を抱えて、この門の前に立つ者たち。俺たちのように、偽りの名と、別の目的を抱えて並んでいる人間は、たぶん、この列にはいない。


少しだけ、胸の奥が、ちくりとした。


去年の冬、俺とユキは、この門の前で門前払いを食った。資格も、紹介状もない、ただの逃亡者だったから。


今日は、違う。偽りの名前ではあるけれど、俺たちは「志願者」として、正面から、この門に並んでいる。


「――次。名前と、出身を」


受付の席に着いた事務官が、顔も上げずに言った。


「サヌス。東部、トーレ村から」


「キオネです。同じく、トーレ村から」


「姉弟か。……ふん、東部からとは、また遠くから来たな。適性検査と実技試験は十日後。この番号札を失くすな。宿と身元の保証人は」


「王都で行商をしている、遠縁の者が」


「結構。――次!」


あっけないほど、事務的に、手続きは終わった。(てのひら)の中の木の番号札が、やけに重く感じられた。


十日後。この札一枚が、学院の中への、正規の入り口になる。


「さて、と。願書も出したことだし……次は、あの爺さんだね」


サナの言葉に、頷いた。二つ目の目的。ヴォルフ。


あのとき、何の見返りもなく、俺たちに禁書を見せてくれた老学者。学院に潜り込むにも、内部の情報を得るにも、あの人との線を(つな)ぎ直すことが、何よりの近道だった。


資料室のある棟の場所は、覚えていた。志願者は書類手続きの間、敷地の一部に立ち入れる。その動線から、するりと外れて、俺とユキは、あの古い棟へと向かった。サナは正門の外で、見張りを兼ねて待機だ。


古い木の扉を、控えめに叩く。


「……開いておるよ」


しわがれた、記憶のままの声がした。


書物の壁に囲まれた部屋の奥、山積みの資料の向こうで、白髪の老学者が、顔を上げた。


丸眼鏡の奥の目が、俺を捉え――それから、隣のユキの、頭巾の陰の面差(おもざ)しを捉えた。


老人の動きが、止まった。


たっぷり五つ数えるほどの沈黙の後、ヴォルフは、ゆっくりと眼鏡を外し、深い、深いため息をついた。


「……驚いた。てっきり、二度とこの町には戻らんと思うておったが」


「ご無沙汰しています。……その節は、世話になりました」


「名前は、聞かんでおこう」


ヴォルフは、片手を上げて、俺の言葉を(さえぎ)った。


「代わりに、こちらから聞こう。――東部から来た、志願者の姉弟君。(わし)に、何の用かな」


あのときと同じ、食えない老獪(ろうかい)さだった。偽名も、事情も、何も言っていないのに、この老人は、全部を察した上で、話の枠組みを作ってくれている。


「あの、その前に……一つだけ、確かめさせてください。どうして、私たちを、通報しないんですか」


ユキが、まっすぐに問うた。ヴォルフは、少しだけ目を(みは)って、それから、(しわ)だらけの顔で、苦く笑った。


「三十年前にな。門前で『時渡りの民』と口にする若者を、儂は初めて見た。……それが、儂の恩師の、最後の教え子じゃった。その子がどうなったかは、前に話した通りじゃ」


老人の目が、遠くなった。


「二度目の若者を、儂はもう、見捨てんと決めておる。……それだけの話じゃよ」


「……ありがとう、ございます」


「礼はいらん。それで、用向きは」


「学院を、受験します。それと……あのときの続きが、知りたい。時渡りの民のこと。『塔』のこと」


ヴォルフの目が、すっと細くなった。老人は立ち上がり、扉の外の廊下を確かめてから、錠を下ろした。


「……いいか、若いの。前に会うたときとは、状況が違う」


声が、一段、低くなった。


「あれから、時渡り関連の資料は、残っておった分も含めて、すべて封鎖された。禁書区画は施錠が二重になり、鍵は学院長ですら持っておらん。管理しておるのは――『時の管理局』じゃ」


「管理局が、学院の中まで……」


「それだけではない。近頃は、妙なことが続いておる」


ヴォルフは、窓の外――敷地の奥の、禁書区画のある古い塔屋へと、目をやった。


「夜な夜な、あの閉じた区画に、灯りがともるのじゃよ。誰も入れんはずの場所に、な。……それと、時を同じくして、町では人が消え始めた。ひと月で、五人」


行方不明者。掲示板の、五枚の似顔絵。


「関係が、あると?」


「わからん。わからんが……儂の勘は、この学院の中に、ろくでもないものが()みついておると言うておる。君らが探りに来たものは、確かにこの中にある。じゃが、それを守っておるものも、この中におる。……それだけは、忘れるな」


「……肝に、銘じます」


「うむ。……それとな、姉弟君。受験の話じゃが」


ヴォルフは、声の調子を、少しだけ緩めた。


「適性検査では、魔力の(たち)を視られる。妙な力は、間違っても覗かせるでないぞ。試験官の中には、管理局の息のかかった者もおると聞く。……使うのは、ありふれた属性の魔法だけにしておけ」


「氷なら、あります。物心ついた頃から使ってるやつが」


「上等じゃ。氷は、東部の生まれという筋書きにも合う。……それと君は」


「は、はい」


「試験では魔法を使えるのかな」


ユキが、言葉に詰まった。封じの力は、属性魔法とはまるで別物だ。人前で使えば、一発で正体が知れる。


「……座学と、薬草学なら。里で、教わりました」


「なら、学科で稼ぐことじゃな。学院には、魔法の実技より学識を買われて入る者も、毎年おる。恥じることはない」


老人の助言は、具体的で、実際的だった。三十年、この学院で生き抜いてきた者の知恵だった。


帰り道、俺とユキは、無言で、志願者の動線へと戻った。


胸の中で、ヴォルフの言葉が、渦を巻いていた。夜の禁書区画の灯り。消える人々。学院の中に棲みつく、ろくでもないもの。


長い渡り廊下に差しかかったところで、前から、一人の生徒が歩いてきた。


上等な学院の制服を、一分の隙もなく着こなした、俺と同じ年頃の生徒だった。伏し目がちに、分厚い本を小脇に抱えて、静かな足取りで、すれ違っていく。


なんの、変哲もない光景のはずだった。


なのに――すれ違う、その一瞬。


俺の中の十二の刻が、ざわり、と(うごめ)いた。


時計塔で感じた、あの(うず)きに似た――けれど、もっと小さく、もっと鋭い、(とげ)のような感覚。


弾かれるように、振り返る。遠ざかっていく、生徒の背中。歩調は、少しも乱れていない。こちらを振り返る素振りも、ない。


だが、見えた。


その襟元で、小さな銀の意匠が、廊下の光を受けて、(ひらめ)いた。


丸い、盤のかたち。


針の、ない――時計盤。


「……クロ、さん」


隣で、ユキが、(かす)れた声で囁いた。偽名を忘れるほどに、彼女もまた、あれを見ていた。


学院の中に、ろくでもないものが棲みついている。


ヴォルフの言葉が、たった今、輪郭を持った。


ここまで読んでくださりありがとうございます!

面白かったら ↓の☆☆☆☆☆ をポチッと評価&ブクマしていただけると、とても励みになります(^^)             

         ☆⬇️⬇️⬇️⬇️⬇️☆


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ