表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十二刻のクロノス ~時間魔法から始まる時々~  作者: 鏡花
第一章「青き目覚め」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/26

第2話「消えゆく精霊」

決意を固めたはずだった。


「絶対に、あんな未来にはさせない」――昨夜、確かにそう誓った。だが、朝を迎えてみると、あの覚悟は驚くほど脆く、あっさりと揺らいでいた。


俺に、何ができる。


十二歳の、村人以外の何者でもない子供。使える力といえば、井戸を凍らせる程度の氷魔法と、まだ半分も制御できていない得体の知れない時間の力だけ。国を、いや世界を滅ぼすほどの何かに、こんな自分がどうやって立ち向かうというのか。


昨夜の自分が、ひどく滑稽に思えた。あんな大それた誓いを立てて、いったい何が変わるというのだろう。


布団の中で、何度も同じ問いを繰り返した。俺に何ができる。何を変えられる。答えの出ない自問が、頭の中をぐるぐると回り続け、気づけば夜が明けていた。


朝食も、いつもの半分ほどしか喉を通らなかった。母が心配そうにこちらを見ていることに気づいていたが、うまく笑い返す気力さえ湧かなかった。


「クロ、今日はもう休んでていいよ」


「……大丈夫。少し、森を歩いてくる」


「あんまり遠くに行くんじゃないよ」


母の声を背に、俺は家を出た。行く当てなどなかった。ただ、狭い部屋の中で、あの光景――割れた空、崩れる町、そして瓦礫(がれき)の中で泣いていた白い髪の少女――を思い返し続けることに、耐えられなかっただけだ。


森の中を歩きながら、俺はずっと自分に問いかけていた。


なぜ、あんな未来を見せられた。なぜ、他の誰でもない俺が。こんな重すぎるものを背負わされる理由が、どこにあるというのか。


答えは出なかった。当然だ。誰も、俺にその理由を教えてはくれない。


足取りは重かった。それなのに、体だけが勝手に、森の奥へ奥へと進んでいく。十二歳の子供の足では心許(こころもと)ない距離を、気づけばずいぶんと歩いていた。理由はわからない。ただ、「行かなければ」という感覚だけが、胸の奥から確かに突き上げてくる。


やがて、木々が開けた場所に出た。


そこには、燃え尽きる寸前の焚き火のような、儚い光を纏った「何か」がいた。人の形をしているが、輪郭は絶えず揺らぎ、今にも消えてしまいそうだ。


「精霊……?」


思わず呟いた声に、その存在がゆっくりとこちらを向いた。表情はない。けれど、纏う気配だけで、深く傷ついていることが伝わってくる。


――ああ、この気配には覚えがある。


昨日、あの未来視の中で見た、崩れゆく世界そのものが放っていた気配と、どこか似ている。絶望に染まりきった、それでもまだ完全には諦めきれていない、ひどく(いびつ)な気配だ。


『……子供が、こんな場所に』


声は頭の中に直接響いた。同時に、彼女の周囲の空間が歪んでいることに気づく。何か――目に見えない「敵」と、ずっと戦い続けてきた跡だ。地面には、俺の知らない紋様が幾つも刻まれ、その一つ一つが、焼け焦げたように黒ずんでいた。


「あんた、大丈夫なのか」


そう尋ねた自分の声が、思いのほか(かす)れていることに気づいた。目の前の存在の弱々しさが、昨夜からずっと抱えていた自分自身の不安と、どこかで重なって見えたのかもしれない。


『大丈夫、なんて言えるはずがないでしょう』


精霊は、微かに――笑ったような気配を纏った。


『わたしは、もう長くない。何百年も、この力を守ってきたけれど……ここまでのようね』


「守ってきた力って……」


『時間を()べる、十二の(ことわり)。……本来、誰かに背負わせていい重さじゃない。わたし自身、何度もこの力に押し潰されそうになった。何百年もの間、ずっと』


その言葉に、胸の奥が冷たくなった。


『昔、わたしにも守りたいものがあった。小さな集落、そこで暮らす人々。この力を使えば、彼らを苦しめる災いから守れると信じていた。……でも、守れば守るほど、何かを失っていった。時間を捻じ曲げる代償は、いつだって残酷なものよ』


精霊の声には、感情の起伏こそなかったが、その言葉の端々に、何百年分もの疲弊が滲んでいた。


『助けられなかった者たちの顔を、今でも覚えている。何度巻き戻しても、何度未来を覗いても、救えない運命があった。それでも、わたしはこの力を手放さなかった。手放せば、次に犠牲になるのが、また別の誰かだと知っていたから』


「……それでも、あんたは戦い続けたのか」


『他に、選べる道がなかっただけよ』


その言葉が、やけに重く胸に響いた。何百年も、押し潰されそうになりながら、それでも守り続けてきた。そんな重さを、今からたった十二歳の子供に――俺に、押し付けようとしている。


『でも』


彼女の輪郭が、また薄くなる。蝋燭(ろうそく)の火が、消える直前のように。


『あなたに、託してもいいかしら』


「え……」


思わず、後ずさりそうになった。昨夜、あれほど強い決意を固めたはずなのに、いざ目の前に「本物の重さ」を突きつけられると、足が(すく)む。この力を受け継いだ先に、何百年も精霊を苦しめ続けた「何か」が、俺の前にも立ちはだかるということだ。


それでも――戸惑いの中で、ずっと引っかかっていた疑問だけが、口をついて出た。


「待ってくれ。俺は、そんな……それに、その力なら、もう使えるんだ。少しだけだけど。去年の冬から、勝手に」


『……ええ、知ってるわ』


精霊の声に、驚いた様子はなかった。


『あなたの中にあるのは、まだ「芽」のようなもの。器だけが、先に出来上がっていたの。誰の中にでも起きることじゃない。……おそらく、あなたには、その芽を宿すだけの何かが、生まれつき備わっていたんでしょうね』


「芽……?」


『わたしが渡すのは、その芽を実らせ、制御するための理。芽だけでは、いずれ制御を失って、あなた自身を(むしば)んでいくだけだったはず。……ちょうどよかった、とさえ思うわ。渡す相手が、無関係な誰かじゃなくて』


その言葉に、これまで感じてきた小さな違和感の答えを、一つだけ与えられた気がした。なぜ自分だけが、あの熱に浮かされた夜に、十二の刻を知ったのか。理由はまだわからない。それでも、この力が完全に降って湧いたものではなく、もっと前から、俺自身の中に根を張っていたのだと知り、奇妙な納得感があった。


けれど――納得することと、覚悟を決めることは、別ものだった。


怖い。芽のままでも蝕まれ、受け継いでも、あの「何か」と戦うことになる。どちらを選んでも、もう後戻りできない場所に、俺は最初から立っていたのだ。


俺なんかが、耐えられるはずがない。


『継承には、対価がいる。でも今は、選んでいる余裕がないの。ごめんなさいね』


謝る必要なんてないと言おうとした。だが、そんな言葉すら、今の俺には迷いだらけで、うまく紡げなかった。


けれど、声が出るよりも早く、彼女の体から光の粒が溢れ出し、俺の胸の中へと吸い込まれていった。


熱い。焼けるように、凍えるように、時間そのものが体の中を駆け巡る感覚。


「――ぐ、あああッ!」


膝が折れ、地面に突っ伏す。全身の血管という血管に、燃える炭を直接流し込まれているような激痛だった。頭の中に、見たこともない光景が奔流のように流れ込んでくる。


崩れる町。逃げ惑う人々。誰かの絶叫。そして――幾度も幾度も繰り返される、同じ絶望の光景。精霊自身が生きてきた何百年もの記憶が、そのまま俺の中に叩き込まれていた。


苦しい。痛い。怖い。


やめてくれ、と叫びたかった。こんな重さ、俺には抱えきれない。今すぐにでも、この力を投げ捨ててしまいたい。そんな弱い自分が、確かに心の奥底にいた。


けれど――その痛みの奔流の中に、ふと、小さな光のような感覚が混じっていることに気づいた。


それは、精霊が守り続けてきた、何百年もの中で、確かに救えた誰かの記憶だった。助かった命。守り抜いた小さな村。絶望の中でも、決して消えなかった、小さな希望の灯り。


――ああ、そうか。


この重さは、ただの罰じゃない。何百年もの間、確かに誰かを守ってきた証でもあるんだ。


痛みは消えなかった。恐怖も消えなかった。それでも、歯を食いしばり、地面に爪を立てながら、俺はその奔流を受け止め続けた。


「――ありがとう」


最後にそう聞こえた気がした。光が完全に消えたとき、そこにはもう誰もいなかった。


しばらくの間、俺はその場に倒れ込んだまま、荒い呼吸を繰り返していた。全身が鉛のように重い。頭の芯には、まだ鈍い痛みが渦巻いている。


それでも――不思議と、心のどこかは、さっきよりも()いでいた。


静寂の中、ゆっくりと体を起こし、俺は自分の前髪を一房、震える指で摘まんだ。


黒かったはずのそれは、深い青色に変わっていた。


あの精霊が最後まで抱えていた、深い悲しみと覚悟の色を、そのまま受け継いだかのような色だった。


「……重い、な」


小さく呟いた声は、自分でも驚くほど掠れていた。だが、その言葉には、昨日の夜とは違う響きがあった。


怖くないわけじゃない。この力の重さに、押し潰されそうな予感は、今もまだ胸の奥に居座っている。


それでも――もう、逃げるという選択肢は、俺の中にはなかった。


何百年もの間、たった一人でこの重さを背負い続けた精霊がいた。その果てに、最後の力を、見ず知らずの子供にすら託さねばならないほど、追い詰められていた。


だったら、せめて。


「あんたが守ってきたものを、無駄にはしない」


誰もいない森の中、俺は静かにそう誓った。


それは、昨夜の勢いだけの決意とは、少し違うものだった。恐怖も、迷いも、消えないままそこにある。それでも、その痛みごと抱えて、前に進もうとする――そんな、不格好で、けれど確かな一歩だった。


木々の隙間から差し込む光が、青くなった前髪を淡く照らしている。


俺はゆっくりと立ち上がり、重い足取りで、村へと続く道を歩き出した。


途中、小川の(ほとり)で足を止め、水面を覗き込んだ。映った自分の顔は、記憶にあるものより少しやつれていたが、それ以上に目を引いたのは、やはり青く染まった前髪だった。


「……これ、どう説明すればいいんだ」


呟いてはみたものの、答えは出なかった。氷魔法のように誰かに見せて喜ばれるものでもなければ、簡単に隠せるものでもない。だが今は、この見た目の変化よりも、体の中に流れ込んできた「何か」の方が、ずっと重くのしかかっていた。


村の入り口が見えてきた頃、頭巾を目深に被り、前髪をできる限り隠しながら歩いた。幸い、畑仕事に忙しい時間帯だったこともあり、誰ともすれ違わずに家まで戻ることができた。


「クロ、思ったより早かったね」


出迎えた母の声に、俺は俯き気味に頷いた。


「ちょっと、疲れた……先に部屋で休んでもいいか」


「あら、顔色悪いね。ちゃんと休みな」


怪訝(けげん)そうにしながらも、母はそれ以上追及しなかった。階段を上がりながら、俺は小さく息を吐いた。


部屋に戻り、扉を閉めてから、ようやく頭巾を外す。鏡代わりの水盆に映る自分の顔は、やはりどこか他人のもののように見えた。


けれど、不思議と、それを嫌だとは思わなかった。


この青は、あの精霊が何百年も背負い続けた重さの色だ。だとすれば――この色を纏って生きるということは、あの精霊の想いごと、俺が引き継いだということでもある。


「……上等じゃないか」


強がり半分に、そう口にしてみる。まだ怖い。まだ、この重さに押し潰されそうになる夜が、これから何度も来るのだろう。それでも、今日この瞬間だけは、一歩前に進めた気がした。


寝台に腰を下ろし、窓の外を眺める。傾き始めた西日が、村の屋根々をゆっくりと橙色(だいだいいろ)に染めていた。その景色をぼんやりと目で追いながら、俺は今日あったことを、ひとつずつ胸の中で確かめていった。


――と。


瞬きを、ひとつしただけのはずだった。


窓の外が、暗かった。


「……え?」


思わず立ち上がる。さっきまで、確かに西日が差していた。屋根が橙色に染まるのを、この目で見ていた。それが今、窓の外にはもう星が瞬き、階下からは夕食の支度をする音が聞こえてくる。


眠っていた? いや、違う。横になってすらいない。寝台に腰掛けた、その姿勢のままだ。夢を見ていた感覚も、うたた寝から覚めた気怠さもない。


ただ――俺の中から、夕暮れのひとときが、丸ごと抜け落ちていた。


『継承には、対価がいる』


あの声が、急に冷たい実感を伴って蘇った。


あのとき、精霊は続きを言わなかった。対価が「何」なのか。選んでいる余裕がないと、謝りながら光になった。


まさか。


震える手で、自分の胸を押さえる。心臓は、いつも通りに動いている。体もある。記憶も――たぶん、ある。ただ、ほんの一刻ほどの時間だけが、どこにも見当たらない。


「……俺は、何を支払ってるんだ」


暗い窓に映る、青い前髪の自分に問いかける。


答えは、返ってこなかった。


ここまで読んでくださりありがとうございます!

面白かったら ↓の☆☆☆☆☆ をポチッと評価&ブクマしていただけると、とても励みになります(^^)             

         ☆⬇️⬇️⬇️⬇️⬇️☆


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
前回からの決意から冒頭の子どもらしい無力感。 そして守るために何百年も耐えてきた消えそうな精霊との出会い。 精霊の想いとともに引き継いだ青。 精霊からから継承した力の対価がなんなのか続きが非常に気にな…
中世ぽい世界の辺境の子らしく大人びてますね。
第二話も読ませていただきました。 第一話よりもクロの心情が丁寧に描かれていて、物語に入り込みやすかったです。世界を救うと誓った翌日に迷い、自分の無力さに苦しむ姿は、十二歳らしい等身大の主人公として共…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ