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十二刻のクロノス ~時間魔法から始まる時々~  作者: 鏡花
第一章「青き目覚め」

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第12話「封印の間」

翌朝、目を覚ますと、ユキはすでに起きていた。


焚き火の残り火に、新しい枝をくべながら、彼女は小さく鼻歌のようなものを口ずさんでいた。旅の中で、そんな彼女の姿を見るのは初めてだった。


「おはようございます、クロさん。……あ、朝ご飯、あと少しです」


差し出された干し肉と、湯気の立つ薬草茶。慣れない野営の中でも、彼女はいつも、何かしら手を動かしていた。


「悪いな、任せっきりで」


「いいんです。私にできることは、これくらいですから」


そう言いながらも、その口調には、以前のような卑屈さはなかった。ただ淡々と、自分にできることをこなしているという、静かな自負のようなものが感じられた。


薬草茶を一口含むと、体の芯に、じんわりとした温かさが広がっていく。凍えるような朝の空気の中、その温もりだけが、ひどく心強かった。


朝食を済ませ、俺たちは再び遺跡の奥へと向かった。


昨日崩落で行き止まりになっていた場所まで戻ると、ユキが周囲をぐるりと見回した。


迂回(うかい)できそうな道、探してみましょう」


「そうだな。真正面からここを突破するのは、さすがに無理がある」


周囲を見渡しながら、俺は道具袋の中身を確認した。使えそうな道具は、そう多くは残っていない。


崩れた壁の隙間を縫うように歩くと、案の定、別の通路への入り口が見つかった。狭く、(ほこり)っぽい道だったが、天井が崩れている様子はない。壁伝いに指を這わせながら、慎重に足を進めた。


「こっちなら、行けそうだ」


「はい」


狭い通路を進むにつれ、空気はさらに冷たく、重くなっていった。壁の彫刻も、これまで見てきたものとは、どこか雰囲気が違う。白い巫女の姿はもう描かれておらず、代わりに、渦を巻くような紋様だけが、延々と続いている。


途中、いくつか脇道に分かれている箇所もあったが、そのどれもが、数歩進んだだけで行き止まりになっていた。まるで、この通路自体が、正しい道以外を選ばせないように作られているかのようだった。


「なんだか、ここだけ空気が違いますね」


ユキが、腕をさすりながら呟いた。声には、隠しきれない緊張があった。


「ああ。……悪い意味で、な」


軽口のつもりだったが、うまく笑えなかった。肌に触れる空気そのものが、拒絶しているような感覚があった。


通路の先に、扉があった。石造りの、両開きの重厚な扉だ。表面には、あの十二の紋様と、それを取り囲むように、無数の文字が刻まれている。


「開けられそうか」


試しに押してみるが、びくともしない。鍵らしきものも見当たらない。表面はひんやりと冷たく、指先から、感覚が徐々に薄れていく。


「クロさん、これ」


ユキが、扉の中央、紋様の真上を指差した。そこには、小さな(くぼ)みがあった。ちょうど、あの円盤状の遺物がはまりそうな形をしている。窪みの縁には、細かな傷のようなものが幾つも刻まれていた。長い年月の間に、何度も何かが差し込まれた痕跡なのかもしれない。


「……試してみるか」


荷物から円盤を取り出し、窪みにそっと当てる。かちり、と小さな音を立てて、円盤は吸い込まれるように()まり込んだ。手のひらに、微かな振動が伝わってきた。


一瞬、静寂が満ちた。


呼吸すら忘れて、二人でその場に立ち尽くす。


それから、地の底から響くような重い音と共に、扉がゆっくりと動き始めた。土埃が舞い上がり、長年閉ざされていた空気が、外へと流れ出してくる。


「――開いた」


(きし)みながら開いていく扉の奥、そこには、これまでの通路とはまるで違う、円形の広間が広がっていた。天井は高く、中央には、大きな石の台座がある。台座の周囲には、十二本の柱が円を描くように並び、それぞれに、一つずつ異なる紋様が刻まれていた。灯りのないはずのその場所は、なぜか、うっすらと青白い光に満ちていた。


「これが……」


言葉が続かなかった。柱の紋様は、俺の中にある十二の力と、明らかに対応していた。加速、減速、停止、巻き戻し――一つ一つが、まるで俺自身の力を映す鏡のようだった。目にした瞬間から、鳥肌が引かなかった。


足を踏み入れた瞬間、頭の奥に、鋭い痛みが走った。


「――ッ!」


膝をつきそうになるのを、なんとか堪える。頭の中に、断片的な映像が奔流のように流れ込んできた。


崩れる世界。狂った時間。そして――何人もの「刻むもの」と「封じるもの」が、共に何かに立ち向かう光景。彼らの表情までは判別できなかったが、そこに滲む決意のようなものだけは、なぜかはっきりと伝わってきた。かつて、同じように立ち向かった誰かたちがいた。その事実だけが、(まぶた)の裏に焼き付いて離れなかった。


気づけば、ユキが俺の腕を掴んでいた。細い指なのに、驚くほど強い力だった。


「クロさん、大丈夫ですか。……顔、真っ青です」


その手の温度で、ようやく現実に引き戻された。膝に手をつき、呼吸が整うまで、彼女は黙って腕を支えたままでいてくれた。


「大丈夫、だ……ここに入った瞬間、何か、流れ込んできた」


「精霊の記憶、みたいなものですか」


「わからない。でも、似たようなものだと思う」


台座に近づくと、その表面には、これまで見てきたどの石板よりも詳細な文字が刻まれていた。


『この間に立つ者、刻むものと封じるもの、両輪揃いて初めて開く扉あり』

『片翼のみにては、力は制御を失い、いずれ全てを飲み込む』


読み上げながら、背筋が冷たくなった。「力は制御を失い、いずれ全てを飲み込む」――その一文が、喉の奥に小骨のように引っかかっていた。声に出して読んだことで、その重みが、より生々しく胸に迫ってきた。


「これって……」


ユキも、同じ箇所を見つめたまま、言葉を失っていた。


「まだ、断定はできない」


自分に言い聞かせるように、そう口にした。断片的な情報だけで、結論を急ぐのは危険だ。それでも、この場所が示している何かが、これまで漠然と抱えていた不安の輪郭を、少しずつ濃くしていくのを感じていた。


「クロさん、あそこ」


ユキが指差した先、台座の奥の壁に、もう一つの彫刻があった。今度は、白い巫女と、もう一人――黒髪、あるいは青みがかった髪を持つ人物が、並んで立っている構図だった。二人の間には、渦巻く光のようなものが描かれ、それを共に押さえ込んでいるように見えた。壁一面を使った、これまでで最も大きな彫刻だった。


「二人で、一つの力を制御してる、みたいですね」


ユキの声には、緊張の中にも、微かな期待のようなものが滲んでいた。彫刻に描かれた二人の姿を、食い入るように見つめている。


「そうだな。……一人で抱え込むもんじゃない、ってことなのかもな」


自分の口から出た言葉に、少し遅れて気づく。何気ない一言のはずが、これまで俺自身とユキが辿ってきた道のりと、そのまま重なっていた。


そう言うと、ユキは少し驚いたように目を見開き、それから、ふっと表情を緩めた。


「クロさんらしい解釈ですね」


「悪いか」


「いいえ。……好きです、そういうところ」


さらりと零れた言葉に、思わず言葉に詰まった。ユキ自身も、自分の発言に少し遅れて気づいたのか、頬をほんのり赤くして俯いた。


「あ……今のは、その、深い意味は」


「わかってる」


わかっている、と口では言いながらも、内心は決して平静ではなかった。心臓が、いつもより少しだけ速い。


こそばゆい沈黙が、しばらく広間に満ちた。それを誤魔化すように、俺は咳払いをして、再び台座に視線を戻した。


「とにかく、ここでの情報を整理しよう」


「はい」


気を取り直し、俺たちは順番に情報を確認していった。


一つ、この遺跡は「刻むもの」と「封じるもの」が共に力を制御するための場所だったらしいこと。二つ、片方の力だけでは、いずれ制御を失う危険があるらしいこと。三つ、白い巫女とその対となる者が、共に何らかの脅威に立ち向かっていた形跡があること。


台座の周囲をもう一度見て回りながら、俺は他にも手がかりがないか探した。柱に刻まれた紋様の一つ一つには、それぞれ小さな文字が添えられていたが、ほとんどが風化して読み取れない。それでも、いくつかは辛うじて単語程度なら拾うことができた。「代償」「継承」「両輪」――断片的な言葉の羅列が、これまで集めてきた情報の輪郭を、少しずつ補強していくようだった。


「これだけでも、大きな収穫だな」


「はい。……でも」


ユキが、少し不安げに続けた。


「片方だけでは制御を失うって、クロさんの力のことですよね。もし私が、ちゃんと対の役目を果たせなかったら」


視線を落とすユキの声は、それまでの落ち着いた口調とは違い、微かに揺れていた。


「果たせるかどうかは、これから考えればいい」


即答すると、ユキは驚いたように顔を上げた。


「今できることを、今やる。それだけだ。まだ何もわかってないことに、今から怯えても仕方ない」


口にしてから、自分自身がその言葉に一番驚いていた。これまで積み重ねてきた小さな覚悟が、いつの間にか、こういう形になっていたのかもしれない。


「……クロさんは、本当に強いですね」


「強くはないよ。ただ、怖がってるだけじゃ、前に進めないってわかっただけだ」


それは、決して謙遜ではなかった。今も昔も、怖いものは怖い。ただ、その怖さの隣に立つ勇気を、少しずつ覚えてきただけだった。


広間の探索を終える頃には、外の光が再び傾き始めていた。円盤を扉から取り外し、来た道を戻る。


「今日で、この遺跡でわかることは、大体わかった気がするな」


「はい。次は、どこに向かいますか」


「王都の学院に、行ってみようと思う。ここで見た情報を、もっと詳しく調べられる場所があるとしたら、あそこしかないだろう」


「学院、ですか」


「才能のある人間が集まる場所だって、聞いたことがある。時渡りの民についても、何か記録が残ってるかもしれない」


ユキは、少し緊張した面持ちで頷いた。


「大きな町ですね。……人目には、気をつけないと」


「ああ。だが、いつまでもこの山奥に隠れているわけにもいかない」


正直に言えば、王都に向かうことには、不安がないわけではなかった。人が多い場所は、それだけ目立つ危険も増える。だが、この遺跡だけでは、これ以上の手がかりは得られそうにない。前に進むためには、リスクを取らざるを得ない場面もある。


「食料の方も、そろそろ厳しくなってきましたし。町があるなら、ちょうどいいかもしれません」


ユキの現実的な指摘に、苦笑が漏れた。


「そうだな。腹が減っては、戦もできない、か」


「格好つけた台詞のあとに、それは締まらないですよ」


くすりと笑うユキに、こちらの緊張も、いくらか和らいだ。


遺跡を出ると、澄んだ夕焼けが、雪景色をどこまでも赤く染めていた。しばらく無言でその光景を眺めた後、俺たちは、明日からの新しい行き先について、言葉少なに語り合いながら、野営の準備に取り掛かった。


焚き火の準備をしながら、ユキが、ふと空を見上げた。


「王都って、どんな場所なんでしょうね」


「さあな。行ったことないから、俺にもわからない」


「クロさんも、初めてなんですね。ちょっと安心しました」


「なんでだよ」


「一人だけ何も知らないより、二人とも同じくらい知らない方が、心強い気がして」


その理屈に、堪えきれず吹き出した。


「変な理屈だな、それ」


「変じゃないです。……そうやって、一つ一つ、初めてを一緒に経験していけたらいいなって、思うんです」


素直な言葉に、一瞬、返す言葉に詰まった。それから、なんとか小さく頷く。


「ああ、そうだな」


まだ何も終わっていない。むしろ、知れば知るほど、この先に待つものの大きさが増していくようだった。追手のこと、白い巫女の役目のこと、そして俺自身の力の正体――解けていない謎は、まだ山ほど残っている。


だが、隣にユキがいるという事実だけが、これから向かう道のりを、少しだけ歩きやすいものにしてくれていた。雪の積もった山道の向こう、遠く霞んで見える稜線(りょうせん)の先に、まだ見ぬ王都が待っている。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

遺跡での旅も一区切り、次回からは舞台が王都へ移ります。

新しい環境で、二人がどう動いていくのか、

楽しみにしていただけたら嬉しいです。


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