91話 戻って来た二人
「……アーロン?」
エルヴィスさんがフッと足を止め、遠くを見回し、そして一点を見つめる。私もその方向に視線を合わせ目を細めても、二つの影が見えるだけだった。
「さすが旦那。よくわかったな」
クロさんにも分かったのか、何かを見つめながら感心する。
「昔、あいつが俺から逃げるために開発した探査を応用した魔術だ。すぐに気づいたが、しばらくは泳がせておいた」
『なるほど』
いかにも二人ならではの秘話に、大人組は口を揃えて頷いた。その結末は聞かなくても予想はつく。
シャインとマスカットが失笑しているあたり、一枚噛んでいたのだろう。
まったく。
「心配かけて、すみませんでした」
「迷惑をかけて、本当にすまない」
合流するなり、二人は深々と土下座をする。反省していることがよく分かったから、もう怒る気も失せてしまう。
確かに夜中に黙って抜け出したのは悪いことだけれど、やむ終えない事情があったかも知れない。もしかしたら、ハーメルンのバイオリンひきみたいな感じ?
そう思ったら、逆にいたわるべきなんじゃ?
それによく見ればアーロンの服はかなり血に染まっていて、いつもの元気がない。
撫子さんの服もところどころ汚れていた。顔色はスッキリしてる?
「反省はあとでいい。それよりどうやって抜け出してきた?」
厳しい姿勢のまま眉間にシワを寄せ追及するエルヴィスさんだが、内心ホッとしているんだと思う。
ほんの少しだけ目元が優しくなっている。
「え~と、ネイロを殴り倒して来ました」
「は? ネイロはパパが認めた武道家なのよ? あんたみたいなチビに倒せるはずないでしょ?」
しどろもどろに答える撫子さんに、ルシちゃんアは目を丸くして前に飛び出し、声をあらげる。
「私も元の世界では武道家だったから。これからは武道家メシアになろうと思います」
開き直るしかないと思ったらしく、迷いなく宣言する。
ついにこの時が来たか。
本性を知っていた私は笑みを浮かべ、隣ではエルヴィスさんが困惑の表情を見せる。
気づいてなかった?
「確かにお前に武道家としての素質を感じてはいたが、偽ってたのか?」
「はい。メシアには不要だったので、やむを得なく。でもやっぱり性に合わなくて」
「そうか。なら好きにしたらいい」
あっけらかんとした返答に、エルヴィスさんはそれ以上追及せず一任する。
「さすがメシア。面白い」
一方、勘づいていたクロさんは豪快に笑いだす。
「……そうか。ネイロの奴、やられちゃったのか」
もっと感情的になるかと思いきや、ルシアちゃんは肩を落とし塞ぎ込んでしまった。
小声で「意外にいい奴だったのよね」と呟くあたり、兄のような存在だったんだろう。
そしてやっぱり戦争の厳しさを、私より理解している。
だからなのか、誰もルシアを励まさない。
「ところでなんで敵が馴染んでんだよ?」
「な、馴染んでないわよ。私は捕虜よ」
怪訝そうに問うアーロンに、気持ちいいくらいに噛みつくルシアちゃん。
なんだかこの二人、似てないか?
「捕虜? その割には態度がでかいな」
「うっさいわね!! それがあたしよ!!」
「だったら少しは猫を被れ」
「イヤよ」
子供の喧嘩だ。
なんでこうなるんだろう。
「二人ともいい加減にしろ」
エルヴィスさんの一喝で、ピタッと止まる。
ルシアちゃんの顔は青ざめ、全身を震わせ、涙目になりながら私の後ろに隠れた。
よっぽど怖かったんだろう。
そんなルシアちゃんが愛しくなり、頭を優しく撫でて涙を拭いてあげる。
もちろん変質者にならないよう、表情には最大限の注意を払う。
「あいかわらずだな」
「見かけと違ってずいぶん元気そうだね」
怒られ慣れて屁でもないアーロンに、シャインとマスカットがニヤニヤと声をかける。
しかしアーロンは眉を細め、警戒する。
?
「偽物じゃねぇよな?」
「は、偽物?」
「親友を疑うなんて酷いよ」
「違うの。私たちは二人の偽物に捕まったから、疑心暗鬼になってるだけ」
疑われて怒り出す双子だったが、すかさず撫子さんが加勢してくれ、すぐに嫌悪ムードは収まる。
――が。
「どうやら我々は、まだ結界に閉じ込められているようですね」
テキサス様の一言で、一同は今の状況を理解し、空気がピリついた。




