90話 メシアの新時代
アーロンを連れ出し、監禁場所から少し離れた草むらに身を潜めた。
「はい、これでとりあえず大丈夫だと思う。ごめん、今の私にはこれが精一杯」
「もうなんともねぇ。大丈夫だ。ありがとう」
そう言ってアーロンは笑顔を作り、腕をぐるぐると回して見せた。
元気アピールのつもりなんだろうけど、動きはぎこちなく、顔色も悪い。
どう見ても無理をしている。
メシアシステムがあれば、完璧に治療できただろう。
今の私は、せいぜい腕のいい魔術医師より少し上程度。
完全回復までには、一日はかかる。
メシアシステムを破壊した結果、
メシアとしての浄化の力は残っているものの、補助系回復系は半減してしまった。どうやら私はまだメシアだけれど、戦闘中護りし戦士を一人で援護するにはきつい。そもそも私はこれから前線で戦うつもりでいる。
そうなると後方援護を一人追加……いや、その前に叩けば済む話か。
「ところでアーロン。どうしてネイロの戦闘に合わせたの?」
魔術特化のくせに、どうして真正面から殴り合い。
素早さだってあるのに、わざわざ不利な土俵に乗る必要はなかった。
「……男のロマンだと思ったんだ」
「は? バカじゃない? それで全滅したらどうするの。ふざけないで」
思った以上に強い声が出てしまう。しゅんと肩を落とすアーロン。
ガキ大将で、単細胞。
ここ最近はそういうことは少なくなり、成長しているんだなと思ってたのに。
「それに、護りし戦士だからって命を懸けてメシアを護るのはやめて。そんなことされても嬉しくない」
「……すまない。だけど勘違いするな」
珍しく、真っ直ぐな声。
「オレはお前がメシアだからじゃない。お前だから命を懸けて護りたい。そう思ったんだ」
一瞬、意味が入ってこなかった。
お前だから。
……は?
頭が止まる。
お前だから命を懸けて護りたい?
いやいやいや。 落ち着け。
そんなことない。
いくらなんでもそれは考えすぎ。
……仲間って意味だよね? それ以上じゃないよね?
「撫子はオレの大切な仲間だから」
……やっぱりそうだよね?
心の奥底で、残念だと思う私がいる。
だけどホッとしたのも事実だ。
「そうだね。私もアーロンのこと大切な仲間だって思ってるよ」
今はそれでいい。
それ以上は、考えない。
「それでこれからどうする? 旅館に戻るにしても、ここがどこかわからねぇ」
「そうなんだよね。それに私たちがいなくなってしばらく経っているから、きっと騒ぎになってると思う」
傾きかけた太陽を見上げ、深呼吸してから状況を整理する。
きっとみんなで、私たちを血眼になって探していると思う。
どこまで正確な情報を掴めているか分からないけれど、クロさんとエルヴィスさんだったら助けに向かっているかもしれない。
そしたら下手に動かない方がいいのかも?
「だったらさっさと合流するか」
しかしアーロンは簡単そうに呟く。
「どうやって?」
通信機はない。
目印もない。
派手なことをすれば、デュークに見つかってしまう。
「昔、エルヴィスから逃げるために、半径三百メートル以内に近づいたら分かる魔術を開発したんだ」
「……なにそれ」
奇妙な魔術に首をかしげる。
「最初は使えた。でも一週間も経たないうちにバレて雷が堕ちた」
いかにもアーロンらしい結末に、思わず吹き出しそうになる。
教師と問題児。
この二人のエピソードは、どうしてこんなにも面白いんだろう。
すべてが終わったら。
私はまた、あの輪の中に戻りたい。
今度は優等生としてじゃなく、
ありのままの自分で。
「でも今回は役立つね」
「ああ。近づけばエルヴィスも気づくはずだ」
アーロンが魔術を発動させる。
薄く広がる感知の波。
そして私たちは歩き出す。
当然のように、私はアーロンの歩幅に合わせる。
怪我人なのに、私より一歩前を歩く。
本当に格好付けたがりなんだから。
でも。
この方向で、合ってる?
弱冠の疑問を飲み込み、黙ったまま後を追う。
数十分後。
「……エルヴィスだ」
アーロンが小さく呟いた。
視線の先に、いくつかの人影。
小さかった影が、次第にはっきりしてくる。
途端に、胸がフッと軽くなり
無意識にアーロンの手を取り、駆け出していた。




